IP case studies判例研究

令和4年(ネ)第10061号「マグネットスクリーン装置」事件

名称:「マグネットスクリーン装置」事件
特許権侵害行為差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和4年(ネ)第10061号 判決日:令和5年2月9日
判決:控訴棄却
特許法70条、29条の2
キーワード:文言侵害、拡大先願
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/775/091775_hanrei.pdf

[概要]
本件発明1においては、本件発明1と引用発明1-1との相違点が出願当時、周知・慣用手段であり、引用発明1-1において当該周知・慣用手段とすることは、当業者が適宜選択する範囲のものに過ぎないと認めるのが相当であるとして、本件発明1は、拡大先願要件に違反すると判断され、また、本件発明2においては、出願経過を参酌し、被控訴人製品の構成が、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外されたものというべきとして、被控訴人製品は、本件発明2の技術的範囲に属さないと判断され、控訴を棄却した事例。

[本件発明1(判決文においては「本件再訂正後発明1」)]
1A 可搬式のマグネットスクリーン装置であって、
1B-1 投影面と該投影面に対向するマグネット面とを備えたスクリーンシート、および
1B-2 スクリーンシートを巻き取るためのロール部材を有して成り、
1C 非使用時ではマグネット面が投影面に対して相対的に内側となるようにスクリーンシートがロール部材に巻き取られており、
1D-1 巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートと接するように設けられた長尺部材、並びに、スクリーンシート、ロール部材および長尺部材を収納するケーシングを更に有して成り、非使用時並びに巻き出し時および巻き取り時において、前記ロール部材および前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており、
1D-2 スクリーンシートの巻き出し時又は巻き取り時において長尺部材が投影面と直接的に接し、
1D-3 ケーシングはスクリーンシートの巻き出しおよび巻き取りのための開口部を有し、および
1D-4-1 長尺部材が、該開口部に位置付けられており、かつ、マグネットスクリーン装置が設けられる設置面に対して相対的に近い側に位置付けられるロール部材の下側ロール胴部分に隣接して設けられており、
1D-4-2 前記長尺部材が、巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートとの摺動接触に起因して回転可能となっており、
1D-4-3 前記ケーシングは、取手部と、前記マグネットスクリーン装置の設置時に前記設置面に接するケーシング裏面に設けられたケーシング・マグネットとを有し、前記スクリーンシートの短手端部には、裏面にマグネットを有する操作バーが設けられていることを特徴とする、
1E 可搬式のマグネットスクリーン装置。

[本件発明2]
2A マグネットスクリーン装置であって、
2B 開口部を有するケーシングと、該ケーシング内に回転自在に設けられたロールと、収納時に前記ロールに巻き取られ、使用時に前記ケーシングの前記開口部から巻き出されて設置面に貼り付けされるマグネットスクリーンとを備え、
2C 前記開口部の形成領域に設けられた棒部材を更に有して成り、
2D 前記ケーシングは該ケーシングの表面に磁石を備えており、前記棒部材が断面視にて該磁石と同一平面上に位置付けられており、および
2E 前記棒部材は、前記開口部の前記形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触し、それによって、該マグネットスクリーンが前記設置面に接触可能と成っている、
2F マグネットスクリーン装置。

[主な争点]
・本件発明1の技術的範囲への属否(争点1)
・本件発明2の技術的範囲への属否(争点2)
・引用発明1-1に基づく本件発明1の拡大先願要件違反の有無(争点3-1)

[裁判所の判断](筆者にて抜粋、原判決からの引用を転載、書改め)
1 本件発明1の技術的範囲への属否
結論:被控訴人製品が本件発明1の技術的範囲に属する。
『(ア) 「収納」の意義について
・・・(略)・・・「収納」は、長尺部材の全部がケーシング内に完全に収まることを要するものではなく、ケーシングと長尺部材の位置関係として、ケーシングにしまわれている状態(整然と入れられた状態)を意味し、少なくとも、ケーシングの開口部を含めたケーシングの内部に長尺部材の大部分が入れられている状態はこれに当たると解するのが相当である。』

2 本件発明2の技術的範囲への属否
結論:被控訴人製品が本件発明2の技術的範囲に属さない。
『・・・(略)・・・次に、棒部材が磁石と「同一平面上に位置付けられ」ていることの技術的意義について検討する。』
『・・・(略)・・・本件発明2において、磁石はホワイトボード等の設置面に磁着すること、マグネットスクリーンは設置面と棒部材の間に位置付けられ、棒部材はマグネットスクリーンに接触し、棒部材がマグネットスクリーンと接触するとき、マグネットスクリーンの棒部材が接触している部分の裏面が設置面に接することが想定されているものと認められ、本件明細書2の記載からは、磁石は直接に、棒部材はマグネットスクリーンを介して、設置面に接するものであるものと理解される。そうすると、本件発明2において、棒部材と磁石は、マグネットスクリーンを介するか否かという違いはあるものの、いずれも、設置面という同一の平面上に位置するものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・本件明細書2の【図4】(iv)における第1磁石81Cと棒部材60Cが「略同一平面上」にある旨の説明がされているところ、【図4】(iv)を子細にみると、棒部材及びスクリーンシートと設置面との間に僅かな隙間があり、ケーシング表面に備えられた磁石と棒部材が、完全な同一平面上にあるものではないところ、本件明細書2においては、磁石と棒部材がこのような位置関係にある場合を「略同一平面上」と呼んでいるものと認められるから、構成要件2Dの「同一平面上」は、「略同一平面上」とは異なるものを指すものと理解するのが自然である。そうすると、構成要件2Dの、棒部材が断面視にて磁石と「同一平面上に位置付けられて」いるとは、棒部材及びスクリーンシートと設置面との間に隙間がない場合を指すと理解するのが相当である。』
『・・・(略)・・・出願経過において、出願人である控訴人によって、乙11公報の図2(a)のように、磁石と棒部材が設置面に対して同一平面上にない場合は、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外されたものというべきである。』
『・・・(略)・・・被告製品は、磁石が設置面に磁着した状態において、押さえローラーの設置面側とマグネットスクリーンは接触しているものの、押さえローラーの直下において、マグネットスクリーンが設置面に接触していないことが認められる。したがって、被控訴人製品の押さえローラーは、磁石と同一平面上に位置付けられているとはいえない。』

3 引用発明1-1(乙10に記載された発明)に基づく本件発明1の拡大先願要件違反の有無
結論:拡大先願要件違反である。
『・・・(略)・・・①構成1d-1に関し、引用発明1-1においては、収納ケース(ケーシング)に、押さえ部(長尺部材)が収納されるか否かが明らかではなく、また、非使用時並びに巻き出し時及び巻き取り時において巻取ロール(ロール部材)及び押さえ部(長尺部材)が収納ケース(ケーシング)に収納されているか否かが明らかではなく、②引用発明1-1が構成要件1D-4-2及び1D-4-3を具備するか否かも明らかではないので、以下検討する。』
『(ア) 構成要件1D-1について
・・・(略)・・・即ち、前記収納ケース2に、取付具10を介して押さえ部5が取り付けられている。」(【0040】)との記載があり、また、図1~3には、押さえ部5が、収納ケース2の内部に位置する構成が記載されているから、引用発明1-1において、押さえ部(長尺部材)が収納ケース(ケーシング)に収納されているものと認められる。』
『イ 構成要件1D-4-2について
・・・(略)・・・
(イ) 乙39(特開平5-150366号公報)・・・(略)・・・、乙40(特開平6-222462号公報)・・・(略)・・・、乙41(特開平10-291397号公報)・・・(略)・・・、乙42(特開2009-122177号公報)・・・(略)・・・。これらによると、移動するシート状のものと接触する部分をローラーすなわち横断面視が円弧面となる回転可能なものとすること、及び、シートとの摺動接触に起因してローラーが回転するものとすることは、本件特許1の出願当時、周知・慣用手段であり、これは本件特許1のようなマグネットスクリーン装置の分野においても同様であったものと認めることができる。
(ウ) ところで、・・・(略)・・・引用発明1-1において、押さえ部の横断面視の形状を円弧面としているのは、引き出し操作及び巻き取り操作の際に、スクリーン本体が傷付くことを防止するためであるものと認められる。乙10公報には、押さえ部の構成を工夫することによって、引き出し操作及び巻き取り操作の際にスクリーン本体が傷付くことを防止することが開示されているといえる。
(エ) そして、シートと接触する部分を回転可能とすることによる効果も、シートの移動時にシートが傷付くことを防止するというものである。
そうすると、引用発明1-1において、横断面視の形状が円弧面である押さえ部を回転可能とし、その結果、押さえ部に接触しながら巻き出され又は巻き取られるスクリーンの摺動接触に起因して押さえ部が回転するものとすることは、当業者が押さえ部の構成の工夫として適宜選択する範囲のものにすぎないと認めるのが相当である。』
『ウ 構成要件1D-4-3について
(ア) ・・・(略)・・・乙10公報には、・・・(略)・・・ケーシングに相当する「収納ケース」に取手がある旨の記載はない。
(イ) 乙31(平成24年12月18日付けの株式会社ケイアイシーの商品カタログ)、乙32(特開2006-178916号公報)及び乙33公報には、ケースから巻き出す形態のスクリーン装置において、ケースに取手が設けられているものが開示されており、本件特許1の出願当時、本件再訂正後発明1のようなマグネットスクリーン装置の技術分野において、ケースに取手を設けることは周知・慣用手段であったと認められる。そして、引用発明1-1において収納ケースに取手を設けることは、当業者が、運搬の便宜等のため、必要に応じて適宜選択できることであると認められる。』

[コメント]
本件発明2の技術的範囲への属否の判断においては、本件発明2の「同一平面上」の意義について、出願経過を参酌して判断しており、補正により乙11の構成(ローラと設置面との間に隙間がある構成)を除外したものであると認定した。そして、被控訴人製品が補正により除外された構成(ローラと設置面との間に隙間がある構成)であるので、本件発明2の技術的範囲に属さないと判断したことは妥当と考える。
本件発明1の無効理由(拡大先願要件違反)の判断においては、①ローラーが回転可能であるか不明であること、②ケースに取手部があるか不明であること、が相違点であるものの、これら相違点が出願当初、周知・慣用手段であったと認められ、本件発明1が乙10に記載された発明と実質的に同一と認められた。本判決の当該判断は、拡大先願要件違反の判断に対して進歩性の判断手法(課題の認定と、その課題解決のための周知、慣用手段の採用)が採用されているようにも思える。本判決の判断の妥当性について、周知・慣用手段であれば実質同一とみなされる範囲について議論の余地があると考える。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

[参考] 特許・実用新案審査基準 第III部 第3章 拡大先願
3.2 本願の請求項に係る発明と引用発明とが同一か否かの判断
審査官は、本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比した結果、以下の(i)又は(ii)の場合は、両者をこの章でいう「同一」と判断する。
(i) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がない場合
(ii) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合
ここでの実質同一とは、本願の請求項に係る発明と引用発明との間の相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術(注)の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいう。

令和4年(ネ)第10061号「マグネットスクリーン装置」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ