IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和3年(行ケ)第10094号「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」事件
名称:「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」事件
審決(無効不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10094号 判決日:令和5年1月26日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/751/091751_hanrei.pdf
[概要]
「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」、「参照抗体と競合する」との発明特定事項を有する本件発明の技術的意義は、PCSK9との結合に関して参照抗体と競合する抗体であれば結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるというべきであるところ、参照抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれる等の点から、本件明細書にこの点が開示されていたということはできず、サポート要件を満たさないとして、特許維持の審決を取り消した事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項5】請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。
[審決]
(1)無効理由1(サポート要件違反)
本件発明の課題は、新規な抗体を提供し、これを含む医薬組成物を作製することで、PCSK9とLDLRとの結合を中和し、LDLRの量を増加させることにより、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスクを低減することにあると理解することができる。
本件明細書には、抗PCSK9モノクローナル抗体の作製方法、PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗体をスクリーニングする方法、31H4抗体と競合する抗体をスクリーニングする方法が具体的に記載されており、また、実施例には、・・・(略)・・・抗PCSK9モノクローナル抗体に対して「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができ」るものを選択するスクリーニング、「31H4抗体と競合する」ものを選択するスクリーニングの2回のスクリーニングをすることで十分に高い確率で本件発明の抗体をいくつも繰り返し同定することができることが具体的に示されている。そして、本件明細書には、PCSK9とLDLRとの結合を中和することにより、LDLRの量を増加させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらすという作用機序が記載されているから、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性を有する本件発明の抗体が、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の、上昇したコレステロールのレベルが関連する疾患を治療し、予防し、疾患のリスクを低減するという課題を解決できるものであることを合理的に認識できる。
[主な争点]
サポート要件違反の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
しかし、特許法167条は、「特許無効審判・・・の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と定めるところ、原告とサノフィ又はサノフィ株式会社が本件特許に関する係争に係る製剤等を共同で製品化する関係にあるからといって、原告は、サノフィと別法人であって、サノフィと親会社と子会社の関係であるとか、日本法人と外国法人の関係にあるといった、実質的にみれば同一当事者であると評価すべき特段の事情があると認められないから(もとより原告は別件無効審判の参加人でもない。)、そもそも同条の適用はないというべきである。』
『(5)ア ・・・(略)・・・
そして、前記(3)によれば、本件発明における「中和」とは、タンパク質結合部位を直接封鎖してPCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節する以外に、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものであるが、前記1(1)のとおり、参照抗体自体が、結晶構造上、LDLRのEGFaドメイン(PCSK9の触媒ドメインに結合するものであり、その領域内に存在するPCSK9残基のいずれかと相互作用し、又は遮断する抗体は、PCSK9とLDLRとの間の相互作用を阻害する抗体として有用であり得るとされるもの)の位置と部分的に重複する位置でPCSK9とLDLRタンパク質の結合を立体的に妨害し、その結合を強く遮断する中和抗体であると認められることを踏まえると、本件発明における「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する」との発明特定事項も、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLRのEGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)、PCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節することを明らかにする点に技術的意義があるものというべきであり、逆に言えば、参照抗体と競合する抗体は、このような位置で結合するからこそ、中和が可能になるということもできる。』
『本件明細書には、上記競合する抗体として同定された抗体の中で中和活性を有すると記載される抗体がPCSK9上へ結合する位置についての具体的な記載はなされておらず、31H4抗体とアミノ酸配列が異なるグループの抗体については、エピトープビニングのようなアッセイで競合すると評価されたことをもって、抗体がPCSK9上に結合する位置が明らかになるといった技術常識は認められない以上、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえない。
また、本件発明の「PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する」との性質を有する抗体には、上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載される数グループの抗体以外に非常に多種、多様な抗体が包含されることは自明であり、また、前記2(3)イのとおり、このような抗体には、被告が主張するように、31H4抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体にとどまらず、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、様々な程度で参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体をも包含するものである。そうすると、その中には、例えば、31H4抗体がPCSK9と結合する部位と異なり、かつ、結晶構造上、抗体がLDLRのEGFaドメインの位置とも異なる部位に結合し、31H4抗体に軽微な立体的障害をもたらして、31H4抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)もの等も含まれ得るところ、このような抗体がPCSK9に結合する部位は、抗体が結晶構造上、LDLRのEGFaドメインの位置と重複する位置ではないのであるから、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して、PCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものとはいえない。
なお、本件明細書には「例示された抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は、類似の機能的特性を示すと予想される。」(【0269】)との記載があるが、上記のとおり、「PCSK9との結合に関して31H4抗体と競合する」とは、31H4抗体と同じ位置でPCSK9と結合することを特定するものではないから、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質(抗体)であるとはいえず、このような抗体全般が31H4抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムにつき特段の説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」が31H4抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。』
『ウ 以上のとおり、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、31H4抗体と同様に、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLRのEGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)、PCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものであるとはいえないから、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、結合中和抗体としての機能的特性を有すると認めることもできない。』
[コメント]
1.本件にかかる特許は、サノフィが提起した先行の無効審判の審決に対する審決取消訴訟において、サポート要件を満たすと判断されていた。本件訴訟は、サノフィが販売する高コレステロール血症薬プラルエント(アリロクマブ)(日本では販売中止)を共同開発したリジェネロンが原告となり、サポート要件具備の判断において先行する判決と逆の結論となった。
2.審決では、抗PCSK9モノクローナル抗体の作製方法、結合中和抗体のスクリーニング方法、参照抗体と競合する抗体のスクリーニング方法が具体的に明細書に記載されているとして、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性を有する本件発明の抗体が、高コレステロール血症等の疾患を治療し、予防し、疾患のリスクを低減するという課題を解決できるものであるとしてサポート要件を満たすとしている。一方、本判決では、参照抗体と競合する抗体であれば、結合中和抗体としての機能的特性を有すると認めることもできないことから、サポート要件を満たさないと判断している。
3.本判決でのサポート要件の判断では、専門家による供述書の内容と先行文献の技術内容を踏まえた緻密な検討がなされていると考えられる。また、課題と解決手段の捉え方が審決とは異なっている。既に先行文献において、PCSK9とLDLRの結合をブロックするような抗体が高コレステロール血症の医薬として有望であることが知られていた中で、本発明の発明特定事項のうち、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」ることは課題であり、その解決手段として、もう一つの発明特定事項である、参照抗体と競合するという構成があるとして、参照抗体と競合する抗体において、中和できない抗体が相当程度存在していることは、本件発明に含まれる多用な抗体が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていたとは言えないと結論づけている。
4.モノクロ―ナル抗体に係る発明においては、実際に得られた抗体のみを特許請求の範囲に入れるだけでは極めて狭い権利となることから、出願人は、抗原によるプロダクトバイプロセスクレームや、機能的表現、CDR部分のアミノ酸配列等の相同性による規定などを用いて、出来る限り広い権利範囲を取得したいと考える。一方で、機能的に表現された場合に含まれる多数の抗体について、サポート要件を満たす為には、詳細なメカニズムの記載とその裏付けのデータや数値の規定も考慮する必要もあると考えられる。
5.なお、判決文の最後に記載されている通り、国際的状況は本件判断に直接関係なく、また特許請求の範囲の文言も異なるとはいえ、対応ファミリーの米国特許の最高裁判所における判断も注目されている。
以上
(担当弁理士:高山 周子)
令和3年(行ケ)第10094号「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」事件
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