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令和2年(ワ)第3473号「照明器具」事件

名称:「照明器具」事件
特許権侵害行為差止等請求事件
大阪地方裁判所:令和2年(ワ)第3473号 判決日:令和5年1月23日
判決:請求認容
特許法70条
キーワード:明細書の記載の参酌、出願経過の参酌
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/850/091850_hanrei.pdf

[概要]
明細書の記載、出願経過等を参酌して特許発明の技術的範囲を定めた場合であっても、被告製品は、原告の特許権に係る特許発明の構成要件を充足するとして、原告の特許権を侵害するとされた事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
A 基板に配置された発光素子を有する光源部と、
B 前記光源部の熱を空気中へ発散させる放熱部と、
C 前記放熱部の少なくとも一部を覆う外装部と、
D 一部が被固定部に固定されるブラケットと、を具備し、
E 前記外装部の側部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され、
F 前記ブラケットは、前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ、
G 前記外装部は、前記放熱部とは別体に形成され、前記放熱部から取り外し可能であり、
H 前記放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の少なくとも一部を覆うこと
I を特徴とする照明器具。

[主な争点]
1 構成要件Eの充足性(争点2)
2 構成要件Fの充足性(争点3)

[裁判所の判断]
1 本件各発明について
『(2) 本件各発明の技術的意義
以上のような本件明細書の記載を踏まえると、本件各発明は、主に光源部、放熱部、外装部及びブラケットから構成されるスポットライト型の照明器具において、光の照射方向を変更可能とする回動及び回転自在のブラケットを外装部に取り付けると、ユーザーが照射方向を変更しようとしたときに、外装部に大きな荷重がかかり、外装部が変形したり破損したりする恐れがあるという課題に対して、ブラケットを外装部以外の部材、具体的には放熱部に取り付けることにより、外装部が変形及び破損しない作用効果を有する照明器具を提供することを目的とした発明である。すなわち、本件各発明は、外装部の変形及び破損防止のため、ブラケットを外装部ではなく放熱部に取り付けた点に、技術的意義を有するものであると認められる(本件意義1)。』
2 争点2(構成要件Eの充足性)について
『(1) 「開口部」の意義
・・・(略)・・・
ウ 出願経過
原告は、本件特許の出願中、出願当初の請求項1ないし3について、本件各引用文献等を理由に新規性又は進歩性を欠くとした特許庁審査官からの拒絶理由通知を受け、前記請求項1に、「前記外装部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され、前記ブラケットは、前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられる」旨の内容を加え、新たな請求項1とする形で特許請求の範囲及び明細書の補正を行った(本件補正)。なお、本件補正前の請求項3は「前記ブラケットは、前記外装部に設けられた貫通孔を介して前記放熱部に取り付けられる、ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の照明器具」との記載であった(公知の事実)。
原告は、本件補正と同時に特許庁審判官に提出した本件意見書において、本件各引用文献には、「ブラケットが外装部を介して外装部の貫通孔を通るネジによって放熱部に取り付けられる」構成が開示されているものの、本件補正後の請求項1記載の発明のように「ブラケットが放熱部における開口部から露出する部分に取り付けられる」構成とは異なるものである旨、及び「補正の根拠」の項目に、「なお、補正前の「貫通孔」との記載は、その大きさから「孔」と表現するのは妥当でなく、補正後は「開口部」との記載に変更したものである。」と記載した。なお、前記の拒絶理由通知書が指摘した本件各引用文献記載の図には、次のとおりの図がある。
エ 検討
前記アのとおり、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件各発明の「開口部」は、形成される位置が「外装部の側部」であること、及びその形状が「放熱部が露出する」ものであり、かつ当該放熱部が露出する部分に、ブラケットを回転自在に取り付けることに支障のない形状であることが理解できる(「露出する」の意義については後記(3)で詳述する。)。一方、前記特許請求の範囲には、それ以上に開口部の大きさ及び形状並びに形成位置について限定する旨の記載はない。また、開口部は、本件各発明の課題の解決手段との関係でいうと、ブラケットを外装部ではなくその内方に配置される放熱部に取り付けるために外装部に設けられるものであって、このような目的からすると、ブラケットが取り付け可能かつ放熱部が露出する空間であればよいのであって、これ以上に特定の形状である必要はないものと解される。
以上より、本件各発明における「開口部」とは、形成される位置が「外装部の側部」であり、その形状が「放熱部が露出する」ものであり、かつ当該放熱部が露出する部分に、ブラケットを回転自在に取り付けることに支障のない形状であれば足り、それ以上に大きさや形状が限定されるものではないと解される。
(2) 被告の主張について
被告は、本件補正の経緯に照らせば、本件各発明の「開口部」とは、本件明細書の貫通孔3hbを指すこと、本件意見書で原告が記載した「その大きさ」とは貫通孔3hbの大きさを意味し、「貫通孔」から補正された「開口部」もこれと同程度の大きさの「穴」又は「窓」といえる形状を意味する旨主張する。
この点、前記ウのとおりの本件補正の経緯に照らせば、原告は、貫通孔3hbを念頭に「貫通孔」を「開口部」と補正し、かつ当該開口部から露出する部分にブラケットを取り付ける旨の補正を行ったものと認められ、その意味で、本件意見書の「その大きさ」とは、貫通孔3hbを念頭に置いていたものと認められる。もっとも、当該記載の主眼は、本件各引用文献に記載された技術との差異の明確化、具体的には、本件各引用文献に記載された、ブラケットが外装部に設けられた貫通孔(ネジ孔)を通ってネジ等により放熱部に取り付けられる構成を除外する目的で、ネジ孔のような小さなあなと理解できる「孔」の表現を「開口部」へ変更したと認められ、本件補正に際し、原告が、「開口部」の大きさ及び形状を、実施例の一つである3hbに限定する意図や、「貫通孔」である3haのような形状を「開口部」から除外する意図を有していたとは認められない。
したがって、この点に係る被告の主張は採用できない。
・・・(略)・・・
(3) 被告製品について
被告製品の側周カバー12は、円筒状で、後端部から側面にかけて開放された部分が形成されている(争いがない。)。すなわち、被告製品の側周カバー12は、側周カバーを光軸方向Yが上下方向Xに対して垂直となる姿勢にした際に略上側となる部分が、後端部から前方にかけて、側周カバーの長さ3分の2程度の位置まで欠けた形状である。当該欠けた部分からヒートシンク11の一部が露出しており、また、当該露出したヒートシンク11の部分に、アーム22を回転自在に取り付けるのに支障のない形状である(別紙被告製品説明書記載図1、図3及び図4)。
したがって、被告製品は、「前記外装部の側部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され」ているといえ、構成要件Eを充足する。』
3 争点3(構成要件Fの充足性)について
『(1) 「放熱部における前記開口部から露出する部分」の意義
・・・(略)・・・
イ 本件明細書には、実施例において「開口部」に相当する貫通孔3hbと放熱部に関して、「放熱フィン22の一部は、…貫通孔3hbから視認できる。」と記載され(【0028】)、当該記載以外に、放熱部の「開口部から露出する部分」に関する具体的な記載はない。そうすると、開口部から視認できる部分をもって「開口部から露出する部分」と解することができる。
さらに、本件意義1を踏まえると、本件各発明においては、ブラケットが、外装部ではなく放熱部に取り付けられる点が重要であり、そのために、外装部の側部に放熱部が露出する開口部を形成する構成(構成要件E)を採用し、外装部にこのような開口部が設けられた以上、構成要件Fにおいて、ブラケットが、当該「開口部から露出する部分」に「回転自在に取り付けられる」と規定されていると解される。したがって、ブラケットは、外装部の側部に設けられた開口部を通じて露出した放熱部に回転自在に取り付けられていれば足り、「露出」の程度について、ブラケットの取付部位が全て露出している必要がある等厳密に解する必要はないと解される。
ウ 以上によれば、放熱部における「開口部から露出する部分」とは、照明器具をいずれかの方向から見た場合、外装部に形成された開口部から視認できる部分をいい、ブラケットが取り付けられる放熱部の部位は、開口部を通じて現れ出ていれば足りると解することができる。
(2) 被告製品について
被告製品は、ヒートシンク11が側周カバーの側部に設けられた開口部から露出し、アーム22は当該開口部を通じて放熱部に取り付けられており、斜め上から見た場合、アーム22のヒートシンク11における取付部位を当該開口部から視認することができる。また、アーム22は、本体部10に対して90度の範囲内で自在に回転する(別紙被告製品説明書図3及び図4)。
したがって、被告製品のアーム22は、「前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ」る構成を有しており、構成要件Fを充足する。
(3) 被告の主張について
被告は、本件発明に係る照明器具のメンテナンス作業について言及した本件明細書の段落において、最初にブラケット4と放熱部2の連結部に係るボス21に固定されたボルト41を外した上で、ブラケット4から本体部分を取り外す旨の記載があることを根拠として、当該ボルト41を取り付けるボス21が開口部から露出していることが必要である旨を主張する。
この点、本件明細書には、実施例の特徴点と効果を説明する段落において、メンテナンス作業の方法として、まずブラケットと放熱部を取り付けているボルト41を取り外し、このようにブラケットから本体部分を取り外さなければ外装部を取り外すことができない形態とすることで、メンテナンス時の安全性を向上させることが可能となる旨の記載がある。また、同段落の記載は、照明器具をいずれの方面から視認した場合でも、貫通孔3hbから、ボス21が完全に露出している実施例を前提としていると理解できる(【0030】、【0033】、【0034】、【0038】、図1)。
しかし、当該記載は、本件各発明の実施例の1つの特徴及び効果として説明されており、本件意義1と照明器具のメンテナンス時の安全性の向上という作用効果との関連性も明確でないことから、本件各発明に係る全ての実施形態において当該特徴及び効果が奏することが求められるものとは理解できない。よって、かかる本件明細書の記載をもって、ボス21が開口部から露出することが必要であるとの被告の主張は採用できない。』

[コメント]
構成要件E及びFの「開口部」は、当初明細書で記載されていた「貫通孔」から補正されたものである(なお、当初明細書には「開口部」の表現はない)。被告は、出願経過を参酌すると、本件発明の「開口部」とは、当初明細書の貫通孔3hbと同程度の大きさの「穴」又は「窓」といえる形状を意味すると主張した。
しかしながら、本件発明の「開口部」とは、引用文献に記載された貫通孔(ネジ孔)との差異を明確とするために、ネジ孔のような小さな孔と理解できる「貫通孔」の表現を「開口部」へ補正したものである。裁判所は、『本件補正に際し、原告が、「開口部」の大きさ及び形状を、実施例の一つである3hbに限定する意図や、「貫通孔」である3haのような形状を「開口部」から除外する意図を有していたとは認められない。』として、被告の主張を退けた。
大原則として、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法第70条1項)。そのうえで、特許発明の技術的範囲を定める際、明細書の記載、図面、出願経過等などが参酌される。本件では、特許請求の範囲の記載に加え、明細書の記載、出願経過を参酌しても、裁判所の判断は妥当であろう。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

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