IP case studies判例研究

令和3年(行ケ)第10152号「永久磁石の樹脂封止方法」事件

名称:「永久磁石の樹脂封止方法」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10152号 判決日:令和5年9月20日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/382/092382_hanrei.pdf

[概要]
本件発明には、搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、発明の詳細な説明の記載から、当業者が、本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえないため、本件発明はサポート要件に適合しないとして、本件発明がサポート要件に適合するとした審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】(本件発明1)
複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法において、
前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。

[主な争点]
サポート要件の判断の誤り(取消事由6)

[裁判所の判断]
取消事由6(サポート要件の判断の誤り)について
『(1) 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2) 本件発明の特許請求の範囲について
・・・(略)・・・。他方、本件発明1の特許請求の範囲は、上型や下型の形状及び構造や「上型及び下型による回転子積層鉄心の押圧時」以外における回転子積層鉄心の配置や状態等を特定するものではなく、例えば、下型に載置する回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを構成としているものではないから、本件発明1の回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを構成に含む発明のみならず、この搬送トレイを構成に含まない発明を含むものと認められる。
・・・(略)・・・
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明が解決しようとする課題及びその課題の解決手段について
ア 前記1(2)のとおり、従来技術の問題1及び2があったことを前提に、本件発明は「生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供することを目的とする」ことを発明が解決しようとする課題(本件発明の課題)とするものと認められる。
・・・(略)・・・
(4) 本件発明についてのサポート要件の検討
ア 従来技術の問題2を解決するための手段として、本件発明1は、前記2(2)アのとおり、回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置及び上型と下型との位置関係又は状態を特定する発明であるのに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、前記2(3)ウのとおり「回転子積層鉄心12の下面25が当接する矩形板状のトレイ部26と、トレイ部26の中心部に立設され、回転子積層鉄心12の軸孔11に嵌入する直径固定型で棒状のガイド部材27とを有している搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送し」、「搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外される」ものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、搬送トレイを不可欠の構成としているものと解される。そうすると、本件発明1には、回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、上記発明の詳細な説明の記載から、当業者が、積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿し、加熱後、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業は、人手又は機械によっても、時間を要するもので、作業性が極めて悪いこと(従来技術の問題2)を解決して、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供するという本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。そして、この点は本件発明2及び本件発明3も搬送トレイを構成に含まない発明を含むため、同様であるといえる。
イ また、段落【0010】には、「本発明に係る永久磁石の樹脂封止方法において、前記回転子積層鉄心は中央に軸孔を有し、前記回転子積層鉄心を前記軸孔に嵌入するガイド部材を備えた搬送トレイに載せて、前記上型及び前記下型の間に配置してもよい。」との記載があり、搬送トレイを不可欠の構成とはしていないことを前提とした発明の詳細な説明の記載があるが、前記2(4)アのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、従来技術の問題2を解決するために搬送トレイを不可欠の構成としているから、搬送トレイを用いずに本件発明の課題を解決するためには搬送トレイに代わる構成が必要となるものと解されるところ、本件明細書の記載によっても搬送トレイの具体的構造に関する記載(【0047】【0048】)はあるものの搬送トレイに代わる構成を具体的に示唆する記載はなく、これに代わる構成が当業者にとって明らかであることを認めるに足りる証拠もないから、当業者が出願時の技術常識に照らしてみたとしても、発明の詳細な説明に具体的な記載がないまま、回転子積層鉄心を下型上に固定し、また下型から取り外す工程に係る課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。この点、本件発明2及び本件発明3も同様である。
ウ そうすると、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含むから、特許法36条6項1号の要件を満たさない。
エ この点、本件審決は、本件発明の課題は、本件発明1に係る特許請求の範囲に記載された「前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し・・・前記永久磁石を樹脂封止する」ことにより、解決すると認識できるから、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであると判断し、被告も、搬送トレイを備えなくとも、サポート要件を満たすとした本件審決の認定に誤りはないと主張する。
しかしながら、上記判断の前提は、本件明細書において、「このような課題を解決する発明の実施の形態として、「(a)前工程から送られてきた、永久磁石14が磁石挿入孔13に挿入され搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を別途搬送手段等を用いて下型17上に搬送し、上型21(以下、キャビティブロック74も含む)に対して位置決めして固定」(【0039】)し、「(b)下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を少し上昇し、回転子積層鉄心12とキャビティブロック74とを密着させ・・・」(【0040】)、「(c)原料18が加熱されて粘度が下がると、更に、下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を上昇して、搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を上型21に押し付け」(【0041】、熱硬化性樹脂によって永久磁石を磁石挿入口に固定させた上で、「下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を下降させ」(【0044】)、「その後、搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外され、搬送トレイ16は別途搬送手段により後工程に送」(【0044】)ることが記載されており、これにより、「複数の鉄心片が積層された回転子積層鉄心に形成された複数の磁石挿入孔に挿入された永久磁石を、樹脂部材を磁石挿入孔に注入して固定する際、上型及び下型により回転子積層鉄心を押圧し、樹脂部材を磁石挿入孔に充填することによって、・・・簡単な工程で、短時間に行うことができ、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる」(【0011】)との効果を奏する発明が記載されている。」といえるものであるから、本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された上記工程からなる本件発明の実施の形態が課題を解決できることを判断しているものと認められる。
そうすると、本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態について、当業者が課題を解決できると認識できることをいうにとどまり、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断したものとはいえない。
したがって、本件審決は、特許法36条6項1号に規定される「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を判断したものとはいえない。
(5) 小括
よって、本件発明はいずれもサポート要件に適合しないから、本件発明がサポート要件に適合するとした本件審決の判断には誤りがある。』

[コメント]
本件出願は、最初の親出願から複数回分割された第7世代の出願である。最初の親出願の出願時の請求項1に係る発明には、搬送トレイが含まれていたが、本件出願の原出願(第6世代の出願)の出願時の請求項1に係る発明には、すでに搬送トレイが含まれておらず、より広い範囲での権利取得の意図が見てとれる。
審決は、本件発明の課題は、本件発明1に係る特許請求の範囲に記載された「前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し・・・前記永久磁石を樹脂封止する」ことにより、解決すると認識できるから、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであると判断した。
しかしながら、本判決は、発明の詳細な説明の記載によると、本件発明の課題を解決するためには搬送トレイは不可欠の構成であり、搬送トレイを含まない構成も含む請求項1は、本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえないと判断した。すなわち、本件は、審査基準におけるサポート要件違反の類型の一つである「(4)請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」に該当すると判断された。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

令和3年(行ケ)第10152号「永久磁石の樹脂封止方法」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ