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令和3年(ワ)第33996号「トレーニング器具」事件

名称:「トレーニング器具」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地方裁判所:令和3年(ワ)第33996号 判決日:令和5年7月7日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:均等の第1要件、本質的部分
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/296/092296_hanrei.pdf

[概要]
本件発明の本質的部分を被告製品が共通に備えているとは認められないから、本件発明と被告製品の相違点(相違点B)が本質的部分ではないということはできず、均等の第1要件を満たさないとして、特許権侵害差止請求が棄却された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
A 着座部と、
B 負荷の大きさが調整自在の負荷付与部と、
C 前記着座部がその中央位置となるように所定の間隔をあけて鉛直方向に延びる2本の案内支柱と、
D 該2本の案内支柱にその一端側が上下動自在で且つ水平方向に回転自在にそれぞれ嵌合された2つの昇降揺動部材と、
E 該2つの昇降揺動部材の他端側に鉛直方向に軸支された軸と連結して該昇降揺動部材の下方に水平方向に回転自在に設けられた把持部と、
F 一端が前記負荷付与部に連結され、他端が前記昇降揺動部材の案内支柱の嵌合位置よりも他端側に連結され、方向転換案内車に巻回され、前記負荷付与部の負荷によって前記昇降揺動部を上方向に付勢する引張部材と、
G 前記昇降揺動部材内において前記引張部材の他端側と連結して前記負荷付与部により把持部の前記軸を中心とする回転に負荷を与えるように設けられ、前記把持部の前記軸を中心とする回転運動を伝達する回転伝達部と、該回転伝達部により伝達された回転運動を前記引張部材の他端側と連結している摺動軸の上下動に変換するクランク機構部と、を具備する負荷伝達部と、
H を具備したトレーニング器具。

[主な争点]
争点2 均等侵害の成否

[裁判所の判断]
2 争点2(均等侵害の成否)について
『(1) 均等の第1要件にいう特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
また、第1要件の判断、すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきである。
(2) 本件明細書には、「肩部や背部の筋肉等に対してトレーニングを行う際に用いるトレーニング器具として、プルダウンと呼ばれるトレーニング器具がある。このトレーニング器具は、座席に着座した使用者が上方に延ばした両手で1本の棒状の把持部を把持し、この把持部を引き下げて把持部に連結されたウェイトを引き上げることにより、肩部や背部の筋肉等に対して負荷を付与してトレーニングを行うものである。…このようなトレーニングは終動負荷トレーニングと呼ばれ、最後まで負荷を付与し各関節角度において大きな筋力を発揮させることにより、筋肉の強い緊張(硬化)を伴いながら筋肉を肥大化させるものである」(【0002】)、「終動負荷トレーニングにより獲得した筋肉は、柔軟性や弾力性に劣るため、実際の競技等に必要な身体動作をロスさせる要因となっている問題があった。又、終動負荷トレーニングは、…身体動作に違和感が生じる問題があった。又、…産出された乳酸等の疲労物質が蓄積され、筋肉痛や疲労など身体への負担が大きくなる問題があった。さらに、筋肉の硬化が故障の大きな原因となっている問題があった」(【0003】)、「本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、筋肉の硬化を伴うことなく、筋肉痛や疲労など身体への負担が少なく、柔軟で弾力性の富んだ肩部や背部の筋肉等を得ることができるトレーニング器具を提供することを目的とする。」(【0004】)、「請求項1に記載のトレーニング器具によれば、…弛緩-伸張-短縮の一連動作の促進が図られ、さらに共縮が防止されることによって、神経と筋肉の機能や協調性を高め、筋肉痛や疲労など身体への負担が少なく、筋肉の硬化を伴うことなく、柔軟で弾力性の富んだ筋肉を得ることができる。」(【0009】)、「使用者は、…各把持部60を…軸回転させて、各把持部60を把持した手の甲をそれぞれ正面方向より外側に向ける。この「かわし動作」のポジションをとることにより、屈筋と伸筋とが共に「弛緩」して肩や腕がリラックスした状態になる。又、負荷付与部30の負荷により把持部60が上方向に付勢されており、肩甲帯付近等の筋肉が適度に「伸張」される。」(【0030】)、「次に、使用者は、…負荷付与部30の負荷に抗して両腕を屈曲し筋肉を「短縮」させて…、さらに上腕を外側に捻る「弛緩」と「伸張」の動作を加えながら、両手で把持部60を引き下げる。この上腕を外側に捻る動作によって各把持部60を昇降揺動部材50に対してさらに外側水平方向に軸回転することにより、ウェイト31を引き上げることになり、両腕を引き下げる初動作における負荷が減少する。このように、…「弛緩」と「伸張」の動作を加えながら適切な「短縮」のタイミングを出現させることより、各筋肉群が「弛緩-伸張-短縮」のタイミングを得て、連動性よく動作を行うことができる。」(【0031】)、「又、使用者は、両腕を屈曲して把持部60を引き下げるとき、各昇降揺動部50が正面方向を向くように回転付勢される力に抗して、各昇降揺動部50がそれぞれ外側を向くように両腕を外側に漸次広げる。…両腕を屈曲させて把持部60を引き下げることに伴い、両腕を外側に広げることに対する抗力が減少する…ため、両腕を屈曲させて把持部60を引き下げるとき、使用者は両腕を外側に広げるように略一定の筋力を出力させることにより、把持部60を引き下げながら、両腕を漸次外側に広げる動作を滑らかに行うことができ、筋の共縮を防ぐことが可能となる。」(【0032】)との記載がある。
これらの記載に照らすと、本件発明は、把持部を水平方向に軸回転させて負荷付与部の負荷を引き上げ、把持部にかかる上方向に付勢する負荷を軽くすることを可能にする構成を採用することにより、使用者が、「弛緩」と「伸張」の動作を加えながら適切な「短縮」のタイミングを出現させることができ、各筋肉群が「弛緩-伸張-短縮」のタイミングを得て、連動性よく動作を行うことができることを可能にするとともに、両腕を屈曲させて把持部を引き下げることに伴い、両腕を外側に広げることに対する抗力が減少する構成を採用することにより、筋の「共縮」を防ぐことを可能にし、もって、筋肉の硬化を伴うことなく、筋肉痛や疲労など身体への負担が少なく、柔軟で弾力性の富んだ肩部や背部の筋肉等を得ることができるトレーニング器具を提供し、従来技術の課題を解決するものといえる。そうすると、これらの各構成については、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると認めることができる。
・・・(略)・・・
これらの記載に照らすと、本件発明の特許請求の範囲において、上記把持部を軸回転させて負荷付与部の負荷を引き上げ、把持部にかかる上方向に付勢する負荷を軽くすることを可能にする構成に対応する構成は、把持部の回転運動を伝達し、同伝達された回転運動を摺動軸の上下動に変換するクランク機構部を具備する負荷伝達部であり、構成要件Gの構成であると認められる。
本件においては、被告製品が構成要件Gに相当する構成を備えていないこと(相違点B)に争いがなく、本件発明の本質的部分を被告製品が共通に備えているとは認められないから、本件発明と被告製品の相違点Bが本質的部分ではないということはできず、被告製品は、均等の第1要件を満たさない。
その他にも原告はるる主張するが、いずれも上記結論を左右しない。
以上によれば、被告製品は、その余の要件を検討するまでもなく、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとはいえないから、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。』

[コメント]
本判決では「第1要件の判断、すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべき」という点が示されている。均等の第1要件を判断する際の考え方として参考になる。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)

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