IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和2年(ワ)第29523号「凹凸素材の遮熱構造」事件
名称:「凹凸素材の遮熱構造」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和2年(ワ)第29523号 判決日:令和5年11月15日
判決:請求認容
特許法70条
キーワード:明細書の記載の参酌
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/673/092673_hanrei.pdf
[概要]
本件発明の構成要件は、その文言上、「凹凸のある素材」の全ての「凸部」に対し、アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を取り付けなければならないことまでは規定していないし、他の特許請求の範囲及び本件明細書の記載においても、そのような限定はされておらず、被告遮熱構造は、本件発明の構成要件を充足するとして、原告の特許権を侵害すると判断された事例。
[本件発明]
A 表面が熱源側を向いており、該熱源側に位置する凹部と非熱源側に位置する凸部とが交互に設けられた凹凸のある素材と、
B 該凹凸のある素材の裏面側に位置するアルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材とからなり、
C 前記凹凸のある素材の凸部の裏面に対してのみ前記アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を接着手段により取り付けた遮熱構造であって、
D 前記凹部とアルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材との間に空間を存在させている
E ことを特徴とする凹凸素材の遮熱構造。
[主な争点]
被告遮熱構造が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 構成要件Cの充足性(争点1-1)
イ 構成要件Dの充足性(争点1-2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 本件明細書の記載事項等
『(2) 前記(1)の記載事項によれば、本件明細書には、本件発明に関し、以下のとおりの開示があると認められる。
ア 工場や倉庫等の建物は、金属製折板屋根材やスレート屋根材が殆どであるが、これらの素材は放射率が高く室内に大量の輻射熱が放射されていることから、スレート屋根に薄い結露防止層を設けているものはあるが、断熱施工は殆ど施されていない状況にあるため、夏場の室内は非常に暑く、逆に冬場は寒い劣悪な作業環境におかれていて、屋根の下側に軽天材にて天井を作り、その天井に遮熱材を貼る施工法もあるが、軽天材による天井を作る費用が大きく費用対効果を見ても大きなメリットを生み出す事は難しく、折板屋根材等凹凸のある素材の室内側に、凹凸面に沿って遮熱材を直接貼る方法は、放射率が低下させるので大きな省エネ効果をもたらす事が可能であるものの、この場合凹凸のある全ての面に連続的に密着して遮熱材を貼る必要があるため、必要面積例えば水平面での屋根面積と遮熱施工面積では大きな差ができ大幅なコストアップとなり、また、新築用の屋根材や外壁材等は工場にて施工するので問題はないが、既設の建物でしかも凹凸の大きいものは、凹部の奥まで器具が届かず施工不可能であった(【0006】ないし【0008】)。
イ 「本発明」は、前記アの問題を解決することを目的として、表面が熱源側を向いており、該熱源側に位置する凹部と非熱源側に位置する凸部とが交互に設けられた凹凸のある素材と、該凹凸のある素材の裏面側に位置するアルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材とからなり、前記凹凸のある素材の凸部の裏面に対してのみ前記アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を接着手段により取り付けた遮熱構造であって、前記凹部とアルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材との間に空間を存在させていることを特徴とする凹凸素材の遮熱構造を採用したものであり、これによって、誰でも簡単に施工でき、軽天材等の下地も、余分な金具等も一切必要としないため、施工コストが大幅に削減できる上、あらゆる素材に使用でき、広範囲かつ多くの分野での使用を可能とするとの効果を奏する(【0009】、【0016】ないし【0019】)。』
2 争点1-1(構成要件Cの充足性)について
『(1) 構成要件Cの「前記凹凸のある素材の凸部の裏面に対してのみ前記アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を接着手段により取り付けた」の意義
ア 本件発明の技術的意義について
構成要件Cの前記文言を解釈する前提として、本件発明の技術的意義について検討する。
本件明細書の【0008】、【0009】、【0016】及び【0017】の各記載によれば、本件発明によって解決すべき従来技術における課題は、「凹凸面に沿って」「全ての面に連続的に密着して遮熱材を貼る」と、「水平面での屋根面積と遮熱施工面積では大きな差が出来」ることから「大幅なコストアップとなる」こと(課題①)及び「既設の建物でしかも凹凸の大きいものは、凹部の奥まで器具が届かず施工不可能であ」ること(課題②)であって、これらの課題を本件発明に係る構成により解決するものと理解できる。
そうすると、構成要件Cの「前記凹凸のある素材の凸部の裏面に対してのみ前記アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を接着手段により取り付け」ること及び構成要件Dの「前記凹部とアルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材との間に空間を存在させている」ことという構成は、これらを採用することによって、輻射熱に対して高反射率の素材を、凹凸面に沿って全ての面に連続的に密着させることなく、凹部と素材との間に空間を存在させるように凸部の裏面に対してのみ取り付け、遮熱材を平面的に配置して、水平面での屋根面積と遮熱施工面積の差を小さくすると共に、輻射熱に対して高反射率の素材を凹部の奥へ取り付ける作業をなくし、課題①及び②を解決しようとするものであることが理解できる。
イ 全ての凸部の裏面と遮熱シートとを接着することの要否について
(ア) 構成要件AないしCの記載によれば、本件発明の「遮熱構造」が「凹凸のある素材」と「アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材」により構成されており、「アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材」が、「凹凸のある素材の凸部の裏面に対してのみ」、「接着手段により取り付け」られていると理解できる。
一方、構成要件Cは、その文言上、「凹凸のある素材」の全ての「凸部」に対し、アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を取り付けなければならないことまでは規定していないし、他の特許請求の範囲及び本件明細書の記載においても、そのような限定はされていない。
むしろ、構成要件Cは、前記アのとおり、アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を、凹凸面に沿って全ての面に連続的に密着させることなく、凸部の裏面に対してのみ取り付けることにより、水平面での屋根面積と遮熱施工面積の差を小さくすると共に、輻射熱に対して高反射率の素材を凹部の奥へ取り付ける作業をなくすことで課題①及び②を解決するものであると理解でき、輻射熱に対して高反射率の素材が接着手段によって取り付けられていない凸部が存在することにより、上記の課題解決が妨げられるとは認められないから、その存在を許容していると認めるのが相当である。
(イ) 被告は、本件明細書の【0034】の記載を指摘して、全ての凸部の裏面と遮熱シートを接着することが必要であると主張するが、この記載は、凸部に輻射熱に対して高反射率の素材が接着手段によって取り付けられている箇所において、空気を含ませないことが大切であると述べているにとどまり、輻射熱に対して高反射率の素材が接着手段によって取り付けられていない凸部が存在することを排除しているものと理解することはできない。
また、被告は、本件明細書の実施例を上記主張の根拠として挙げるが、本件明細書の実施例1ないし8は、いずれも空気層の有無による影響について検証しているものと認められるものの、凸部と遮熱シートとを接着させない構成が前記アの課題解決を妨げることを示すものとはいえない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
ウ 「接着手段により」の意義について
(ア) 構成要件Cは、二つの「素材」の「取り付け」について規定する一方、その文言上、「取り付け」の手段に関し、「接着手段」によってのみ取り付けなければならないとは規定していないし、他の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載においても、そのような限定はされていない。
むしろ、構成要件Cは、前記アのとおり、アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材を、凹凸面に沿って全ての面に連続的に密着させることなく、凸部の裏面に対してのみ取り付けることにより、水平面での屋根面積と遮熱施工面積の差を小さくすると共に、輻射熱に対して高反射率の素材を凹部の奥へ取り付ける作業をなくすことで課題①及び②を解決していることが理解でき、取付手段として「接着手段」以外の手段を用いたとしても、上記の課題解決が妨げられるとは認められないから、そのような手段を排除しているとはいえない。
(イ) 被告は、本件明細書の【0001】、【0016】及び【0017】の記載を指摘して、遮熱シートを屋根材に取り付けるに当たってビス等の金具を使用することは否定されていると主張するが、これらの記載は、屋根等の素材に遮熱材をボンド等の接着剤で直接貼れば良く、遮熱材を取り付ける下地や余分な金具等を必要としないと述べているにとどまり、取付手段として「接着手段」以外の手段を排除しているものと理解することはできない。そうすると、凸部の裏面に輻射熱に対して高反射率の素材が少なくとも接着手段によって取り付けられていれば足りると解するのが相当である。
また、被告は、金具を用いることなく、長期間にわたって接着した状態のままで遮熱構造を維持できないようなものは、本件発明が企図する「遮熱構造」といえないから、施工工事の最中に遮熱シートが落下することを防止する程度の仮留めは、遮熱シートを取り付ける「接着手段」として想定されていないと主張する。しかし、前記アの本件発明の技術的意義に照らせば、本件発明は、輻射熱に対して高反射率の素材を凸部の裏面に対してのみ取り付けることによって作用効果を奏するものであり、この作用効果を実現するため、上記の取付方法として少なくとも「接着手段」によるべきことが特定されているにすぎないと認められるから、「接着手段」と他の取付手段とを併用することによって長時間剥がれないようにする構造を排除しているとはいえない。
したがって、被告の上記各主張を採用することはできない。
(2) あてはめ
前提事実(6)のとおり、被告遮熱構造構成cは、アルミ遮熱シートは、凹凸のあるスレート素材で成る屋根材の凸部の4列に対して1列の割合で凸部の裏面に貼り付けられている両面テープを用いて、当該遮熱シートを仮留めした上、当該遮熱シートの両端部分を、当該屋根に設置されている母屋材にビス留めすることによって、固定されているというものである。
前記(1)イのとおり、構成要件Cは、輻射熱に対して高反射率の素材が接着手段によって取り付けられていない凸部が存在することを許容していると認められる。また、前記(1)ウのとおり、凸部の裏面に輻射熱に対して高反射率の素材が、少なくとも「接着手段」によって取り付けられていれば足り、「接着手段」と他の取付手段とを併用することによって長時間剥がれない構造を排除しているとはいえない。
したがって、被告遮熱構造構成cは、構成要件Cを充足すると認められる。』
3 争点1-2(構成要件Dの充足性)について
『(1) 構成要件Dの「空間」の意義について
構成要件AないしDの記載によれば、「凹凸のある素材」の「凹部」と同「素材」の「凸部」の裏面に取り付けた「アルミホイル等輻射熱に対して高反射率の素材」との間に「空間」が存在していると理解できる一方、構成要件Dは、文言上、その「空間」が「凸部」と「凸部」の間で独立したものでなければならないとは規定していないし、他の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載においても、そのような限定はされていない。
この点に関し、被告は、構成要件Cについて、全ての「凸部」の裏面と遮熱シートとを接着させる必要があるとの主張を前提として、構成要件Dの「空間」は、「凸部」と「凸部」の間で独立したものでなければならず、「凸部」を跨いで隣とつながっているものは、構成要件Dの「空間」に当たらないと主張する。しかし、前記2(1)イにおいて説示したとおり、構成要件Cは、輻射熱に対して高反射率の素材が接着手段によって取り付けられていない「凸部」が存在することを許容していると認められるから、被告の主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。
(2) あてはめ
前提事実(6)のとおり、被告遮熱構造dは、凹凸のあるスレート素材とアルミ遮熱シートとの間に、凸部と凸部との間を跨いでつながっている空間が存在するというものである(別紙被告遮熱構造図面目録参照)。
したがって、被告遮熱構造構成dは、構成要件Dを充足すると認められる。』
[コメント]
本件発明の構成要件Cに関し、被告は、本件明細書の記載を指摘して、凹凸素材の全ての凸部と遮熱シートを接着することが必要であると主張した。また、被告は、本件明細書の記載を指摘して、遮熱シートを屋根材に取り付けるに当たって、「接着手段」以外の手段(ビス等の金具)を使用することは否定されていると主張した。
しかし、裁判所が指摘するように、構成要件Cは、その文言上、そのような規定はなく、本件明細書には、被告が主張するような限定解釈に繋がるおそれのある記載も見当たらない。よって、被告遮熱構造が構成要件C及びDを充足するという裁判所の判断は妥当であろう。
ところで、本件明細書には、限定解釈を避けるための記載、例えば「一部の凸部のみに遮熱シートを取り付けてもよい」、又は「全ての凸部に遮熱シートを取り付ける必要はない」といった記載も無いようである。権利化後の無用な争いを避けるためにも、明細書作成時には、限定解釈を避けるような記載も意識すべきであろう。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
令和2年(ワ)第29523号「凹凸素材の遮熱構造」事件
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