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令和5年(ワ)第70114号「自動二輪車のブレーキ制御装置及び挙動解析装置」事件

名称:「自動二輪車のブレーキ制御装置及び挙動解析装置」事件
不当利得返還等請求事件
東京地方裁判所:令和5年(ワ)第70114号 判決日:令和6年3月27日
判決:請求棄却
特許法36条第6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/866/092866_hanrei.pdf

[概要]
本件発明は当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものでないためサポート要件を欠き、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものといえるから、原告は権利を行使することができない、と判断された事例。

[本件発明1]
1A 所謂自動二輪車であり少なくても2つの車輪を有する車両に用いられるブレーキ制御装置であって、
1B 該ブレーキ制御装置は、車体速検出装置と、車両挙動検出装置と、ECU(コントロールユニット)と、制動装置と、で構成され、
1C 車体速検出装置は、車輪速センサーであって、検出された信号より車両走行速度を得て、
1D 車両挙動検出装置は、進行方向に対して左右ロール方向と左右横方向の状態を検出するセンサーであって、該検出された信号により傾斜角速度(Ψ)と横加速度(Gken)を得て、
1E ECUは、検出された信号演算と車両挙動に応じた目標制動力演算及び制動装置へ制動指令を行うものであって、
1F 前記信号演算として、横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った補正後の横G(Ghosei)の導出方法を少なくとも有し、
1G1 制動装置は、前記ECUからの制動指令により車両を減速させる機構であって、
1G2 エンジンブレーキとブレーキディスクへの加圧減圧の手段を有し、
1H 当該車両において、前記傾斜角速度(Ψ)と前記補正後の横G(Ghosei)の組合わせにより、車両挙動が判断され、
1I 該車両挙動に応じた目標制動力が決定され、前記車輪で制動がされ、制動によりロール方向の挙動の抑制が図られること、を特徴とする車両ブレーキ制御装置。

[主な争点]
本件発明に係る特許に無効理由があるか(争点4)
・サポート要件違反があるか(争点4-1)

[裁判所の判断]
『2 サポート要件違反があるか(争点4-1)について
本件発明1について
ア 本件発明1の構成要件1Fは、「前記信号演算として、横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った補正後の横G(Ghosei)の導出方法を少なくとも有し、」というものであり、構成要件1Hは、「当該車両において、前記傾斜角速度(Ψ)と前記補正後の横G(Ghosei)の組合せにより、車両挙動が判断され、・・・」というものであり、本件発明1は、算出された補正後の横G(Ghosei)を利用するECUによって車輪を適切に制動し・・・(略)・・・。
そして、本件発明1は、前記1のとおり、自動二輪車等の制御装置について、従来は、正確な傾斜角の検出ができなかったという課題を解決して、車両の走行状態での正確な横Gを検出できるようにしたというものである。これらからすると、構成要件1F及び1Hの「横G(Ghosei)」は、従来はできなかった正確な傾斜角の検出を行うなどした上で算出された、車両の傾斜走行状態での正確な横Gであると認められる。
ここで、制動指令の前提となる「横G(Ghosei)」は、「横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った」(構成要件1F)ものであるとされていることから、「横G(Ghosei)」は、横加速度を検出する加速度センサーの検出値を基に、これに補正をかけて得られる値であると理解できる。もっとも、本件発明1の特許請求の範囲には、「横G(Ghosei)」について、単に加速度センサーの値から「ロールによる影響を取り除く演算を行った」(構成要件1F)と記載するのみで、どのような演算をするかは明示されていない。そうすると、特許請求の範囲には、従来の課題を解決するものを用いることのみが記載され、その解決のための構成は記載されていないといえる。
・・・(略)・・・
他方、本件明細書には、センサーによる検出結果を補正して横Gを算出する方法として、
Ghosei = Gken - (Ψ・Rhsen) (式A)
との記載がある(【0073】)。本件明細書の【0073】では、「Gken」は、実際の走行傾斜時に検出される検出横Gであるとされ、「Ψ」は傾斜角速度、「Ghosei」はΨを用いたGkenの補正後の横Gであるとされていて(なお、「Rhsen」について、・・・(略)・・・「Rhsen」車体を垂直にしたときのセンサ取り付け位置の高さであることを一応推測できる。)、その「Ghosei」は、本件発明の課題として言及されている「正確な横G」であると理解することができる。そして、式Aは、その体裁から、本件発明の意義(前記1参照)として記載されている、「横Gセンサー」で検出されたGkenと「角速度センサー」で検出されたΨを用いて「正確な横G」を算出する方法を記載した式であると理解できる。
しかしながら、「Ψ・Rhsen」からは、傾斜角は算出されないし、式Aから、傾斜角を算出することなく「正確な傾斜角の検出ができなかった諸問題」が解決されていると理解することもできない。さらに、Ghosei及びGkenは、加速度の次元(長さ/時間2)を有し、Ψ・Rhsenは速度の次元(長さ/時間)の次元を有していることから、式Aは物理学上、明らかに意味を持たない式である(弁論の全趣旨)。
そして、本件明細書には、式Aの他に、センサーによる測定値を基に「正確な横G」を算出する方法についての記載はない。
ウ 本件明細書によれば、本件発明は、車両制御のためには「正確な横G」の取得が必要であるところ、横加速度を検出する加速度センサーの値をそのまま用いることができないこと、当該値から正確な横Gを算出するためには傾斜角度を取得することが必要だがそれができないことが課題として記載され、本件発明はその課題に対して、車両の傾斜走行状態での正確な横Gを算出したものであるとされており、「横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った」という「横G(Ghosei)」についての、当該演算が、本件発明の課題解決の根幹に当たる部分であるといえるといえる。
しかしながら、特許請求の範囲には、その演算について、従来の課題を解決するに足りる構成は記載されていない。また、本件明細書の発明の詳細な説明をみても、関係する記載は前記イのとおりである。本件明細書の式A(【0073】)が、一応、上記の演算であると理解することはできるが、他に、関係する記載はない。そして、前記イのとおり、式Aは本件発明の課題とされている傾斜角を算出しない上、そもそも物理学上意味をなさない式であり、当業者はおよそ式Aを用いて車両制御に利用可能な横G(Ghosei)が算出できると理解できるものではない。
エ(ア) 原告は、本件明細書の記載は、別紙対比表のとおり誤記があり、正しくは同表の「訂正後」欄記載のとおりであると主張する。・・・(略)・・・しかし、次元を整える目的のみであれば、その訂正の方法は式A´とすることに限られるものではないのであり、他に解消方法を考え得るのであり、その考え得る解消方法が物理法則やそれを踏まえた技術常識等に照らして不合理であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、式Aの記載のみから、どのような誤記であるかのかが一義的に定まるものであるとはいえない。
・・・(略)・・・
(エ) 以上のとおり、当業者は、式Aに含まれる項の次元が異なることから何らかの誤りがあることは理解できるものの、次元の違いによる問題を解消する方法は原告が主張する訂正に限られるものではなく、また、式Aの内容等から、次元の違いによる問題を解消するためには、式A´に訂正する以外の方法はないと当業者が理解できると認めるに足りる証拠はない。さらに、式Aの訂正と整合するように、本件明細書の式Aに関する記載部分を訂正していくと、それまで問題なかった明細書の記載の趣旨が理解できなくなったり、整合しなくなってしまうことが認められる。
これらの事情からすると、本件明細書の記載から、式Aが式A´の誤記であると理解できるとはいえない。よって、式Aについて式A´の誤記であると理解できることを前提とする原告の主張はその前提を欠く。
オ 本件発明1の意義は前記1のとおりである。そして、本件発明1の構成要件1Fには、従来の課題を解決するものを用いることのみが記載され、その解決のための構成は記載されていないといえるところ、前記ウのとおり、その課題の解決のための構成について、本件明細書に記載があるとはいえない。また、その記載がないにも関わらず、当該課題について、当業者がそれを解決できると認識できることを認めるに足りない。そうすると、本件発明1は、本件明細書に記載された説明で、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないし、当業者が技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。よって、本件発明1は、本件明細書に記載された発明であるとはいえない。』

[コメント]
本件発明1では、従来の課題を解決するものを用いることのみが記載され、その解決のための構成は記載されておらず、またその解決のための構成について、本件明細書にも記載がないと判断された。本件発明は、車両制御のために「正確な横G」を取得することを従来の課題として挙げており、「横G(Ghosei)」についての演算が、本件発明の課題解決の根幹に当たるといえるから、裁判所の判断は妥当と考えられる。
また、原告による誤記訂正の主張に対して、裁判所は、当業者が明細書の記載になんらかの誤りがあることは理解できても、当該誤りを解消するのに、原告が主張する訂正以外の方法はないと当業者が理解できるとはいえないと認定した。審査基準においても、“「誤記の訂正」とは、「本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを、その意味内容の字句・語句に正す」こと”とされており、裁判所の判断は妥当である。
以上
(担当弁理士:廣田 武士)

令和5年(ワ)第70114号「自動二輪車のブレーキ制御装置及び挙動解析装置」事件

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