IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和5年(行ケ)第10086号「皮膚刺激ブラシ」事件
名称:「皮膚刺激ブラシ」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10086号 判決日:令和6年6月5日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、2項
キーワード:引用発明の認定、適用阻害
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/071/093071_hanrei.pdf
[概要]
中国実用新案公報である甲1公報に係る発明の認定に争いがあることに対して、甲1公報の記載から甲1公報に係る発明を認定することによって、本件発明の新規性及び進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
柄及び該柄の一端に設けられてなるブラシ台を構成するハウジングと、
前記ハウジングに収容されてなる電気回路と、
前記ブラシ台に突設されてなる複数の皮膚刺激ブラシ用ピンと、を備えてなり、
前記皮膚刺激ブラシ用ピンは、
前記電気回路から導電可能に前記電気回路に接続された金属製の基底部材と、
細長の筒体であって、前記基底部材が基端部に配設されてなる胴部材と、
前記胴部材の先端側の開口に接続されて、先端が露出してなる電極部材と、
前記胴部材の筒内部に空隙を設けて挿通されて、前記基底部材と前記電極部材とを、前記胴部材の長さ方向に押し縮められた状態で連結する金属軸と、を有し、
前記金属軸は、径方向に屈曲可能な柔軟性を有してなり、
前記胴部材は、径方向に屈曲可能な弾性を有してなることを特徴とする皮膚刺激ブラシ。
[主な争点]
1 甲1発明に基づく新規性の判断の誤り
2 甲1発明に基づく進歩性の判断の誤り
[裁判所の判断]
1 取消事由1(甲1発明に基づく新規性の判断の誤り〔本件発明1~6、8、9〕)について
『(1) 原告は、本件発明1の「基底部材」、「胴部材」、「電極部材」、「金属軸」の各構成につき、本件審決は甲1発明との対比を誤り、存在しない相違点を認定した旨主張する(前記第3の1【原告の主張】(1))ところ、この点は、「甲1発明のリード線7が電流ガイドロッド3及び磁石6を貫通しているか」(同(2))の理解に関わっていると解されるので、最初にこの点を検討する。
ア 甲1公報には、リード線7に係る構成について、①「磁石6と電流ガイドロッド3の内部にリード線7が貫通され、リード線7の一端は本体2と櫛ハンドル1を順に貫通して電池ボックス18の左側に固定して接続され、リード線7の外部であって、ストッパー5と磁石6との間にばね8が設置され」([0022])、②「リード線7を利用して弱い電流を放電して頭皮細胞を刺激することで、頭皮細胞の活性化や活性維持に有利であり」([0022])、③「ボタンスイッチ21を押すと、リード線7がオンになって通電し、先端放電により離れ、リード線7の一端は頭皮に弱い電流を放電して頭皮細胞を刺激し、それと同時に、磁石6は頭皮に対して理学療法による健康維持の効果を奏することができ(る)」([0023])旨の記載がある。
イ ・・・(略)・・・上記①のとおり、「リード線7の一端は本体2と櫛ハンドル1を順に貫通して電池ボックス18の左側に固定して接続され」ているのであるから、リード線7の一端は、図示されていないものの、電池ボックス18の左側に固定して接続されていることが明らかである。
また、上記③の「ボタンスイッチ21を押すと、リード線7がオンになって通電し」との記載は、上記①の「リード線7の一端は…電池ボックス18の左側に固定して接続され」と同じ「リード線7」の説明であると解するのが自然であり、「リード線7の一端は頭皮に弱い電流を放電して頭皮細胞を刺激」するのであるから、図2に示されたリード線7の他端(電池ボックス18の左側に固定して接続されている上記「一端」とは反対側の一端)は、図示されていないものの、シリコンスリーブ9の底部の中心に開けられた放電孔から頭皮に弱い電流を放電可能な位置にあることが明らかである。
ウ これに対し、原告は、甲1公報の図2は図1のような「部分」断面図との説明がないから全体的な断面図であるとの前提で、リード線7が電流ガイドロッド3及び磁石6を貫通していないことは明らかである旨主張する。
しかし、図2は「本考案のシリコンスリーブ及びスライドスリーブの構造断面図である。」と説明されていること([0016]、下線は本判決の注記)、図2においてシリコンスリーブ9及びスライドスリーブ4のみがハッチングで表されていること(断面図において断面をハッチングで表すことは、機械図面において通常に用いられる図法である。)からすると、ハッチングが施されていない電流ガイドロッド3、ストッパー5及び磁石6の断面が図2に示されているとはいえない。現に図5をみても、同図面がハッチングされていない「ボタン電池20」の断面を示す図でないことは明らかであり(甲1)、原告の主張は採用し難い。
したがって、図2を電流ガイドロッド3、ストッパー5及び磁石6の断面を示す図とみるべき理由はないから、同図面は、リード線7が電流ガイドロッド3及び磁石6を貫通しているとの上記理解と矛盾しない。
・・・(略)・・・
(2) 以上のとおり、甲1発明のリード線7は電流ガイドロッド3及び磁石6を貫通していると認められるから、これと異なる前提に立って、本件発明1と甲1発明の対比(相違点の認定)の誤りをいう原告の主張は理由がない。
・・・(略)・・・
(3) なお、念のために、相違点5に関して、「スライドスリーブ4」及び「シリコンスリーブ9」が径方向に屈曲可能な弾性を有するかどうかについても、以下に検討する。
ア 甲1公報には、スライドスリーブ4と電流ガイドロッド3の部分を伸縮する構成について、①「本体2の底部に電流ガイドロッド3が固定して接続され、電流ガイドロッド3の外部にスライドスリーブ4が設置され、電流ガイドロッド3の底端にストッパー5が固定して接続され、且つスライドスリーブ4の内部にはストッパー5に適合するスライドスロットが開けられ、スライドスリーブ4の底部に磁石6が固定して接続され」([0022])、②「ストッパー5と磁石6との間にばね8が設置され、磁石6とスライドスリーブ4の外部にシリコンスリーブ9が設置され」([0022])、③・・・(略)・・・、④「ばね8の弾性力を利用して、スライドスリーブ4と電流ガイドロッド3の部分を伸縮可能にし、さらに頭部の曲率の変化に応じて、シリコンスリーブ9の底部が常に頭皮にフィットするように調整することができ」([0022])、⑤「動作する際には、通常の髪をとかすように髪をとかして、シリコンスリーブ9の底端が頭皮に接触すると、ばね8が圧縮され、スライドスリーブ4がシリコンスリーブ9を収縮させ、シリコンスリーブ9全体の底端が頭皮に接触(する)」([0023])との記載がある。
イ ・・・(略)・・・そうすると、スライドスリーブ4は電流ガイドロッド3に沿ってスライド可能に設けられており、シリコンスリーブ9の底端が頭皮に接触すると、別紙4「被告説明図」【図2】(b)のように磁石6がストッパー5に近づく方向へスライドスリーブ4がスライドしてばね8が圧縮され、シリコンスリーブ9の底端が頭皮に接触しなくなると、同【図2】(b)から(a)のように、ばね8の弾性力により磁石6がストッパー5から遠ざかる方向へスライドスリーブ4がスライドし、スライドスリーブ4の内部に開けられたスライドスロットにストッパー5が当接することでスライドが停止するように構成されているものと認めるのが相当である。
ウ 原告は、甲1公報の[0022]の「…スライドスリーブ4と電流ガイドロッド3の部分を伸縮可能にし…」との記載からスライドスリーブ4が伸縮可能であることが理解され、また、[0023]の「…スライドスリーブ4がシリコンスリーブ9を収縮させ…」との記載からスライドスリーブ4がシリコンスリーブ9を収縮させることが理解されるから、スライドスリーブ4及びシリコンスリーブ9はいずれも伸縮可能な部材である旨主張する。
しかしながら、上記アの記載④、⑤のとおり、原告の挙げる記載はそれぞれ「ばね8の弾性力を利用して」、「ばね8が圧縮され」との記載に続く部分であるから、スライドスリーブ4及びシリコンスリーブ9自体が伸縮可能であると解する根拠となるものではなく、甲1公報にスライドスリーブ4及びシリコンスリーブ9自体が伸縮可能な部材で構成される旨の記載もないから、原告の主張は採用できない。上記⑤の記載は、シリコンスリーブ9からなる櫛歯の全体が収縮することを意味していると解するのが相当である。
エ 以上のとおり、甲1発明のスライドスリーブ4及びシリコンスリーブ9は径方向に屈曲可能な弾性を有していないと認められ、この点においても、相違点5に関する本件審決の認定に誤りはない。
(4) 以上をまとめると、本件発明1と甲1発明には相違点1~5が存在し、これらは実質的な相違点というべきであるから、本件発明1及び本件発明1の発明特定事項を全て備える本件発明2~6、8、9は甲1発明ではないことになる。
したがって、本件審決の甲1発明に基づく新規性の判断に誤りはなく、原告が主張する取消事由1には理由がない。』
2 取消事由2(甲1発明に基づく進歩性の判断の誤り〔本件発明1~10〕)について
『(2) 原告は、仮に相違点5が認められるとしても、周知技術1(皮膚に電気刺激を与えるブラシ型の美容機器において、ブラシの櫛歯を肌の形状に合わせて屈曲できるようにすること)を考慮して相違点5に係る構成を採用することは容易であると主張する。
ア しかし、甲1公報の「動作する際には、通常の髪をとかすように髪をとかして、シリコンスリーブ9の底端が頭皮に接触すると、ばね8が圧縮され、スライドスリーブ4がシリコンスリーブ9を収縮させ、シリコンスリーブ9全体の底端が頭皮に接触し」([0023])の記載などから明らかなように、甲1発明では、櫛としての通常の使用により櫛歯の底端が頭皮に接触することで櫛歯がスムーズに伸縮することが前提とされているところ、スライドスリーブ4を径方向に屈曲する構成とすると、スライドスリーブ4と電流ガイドロッド3及びストッパー5との間の抵抗・摩擦の増大等により、スライドスリーブ4が電流ガイドロッド3に沿ってスムーズにスライドすることを妨げることは明らかである。そうすると、原告主張の周知技術1を甲1発明に適用することには阻害要因があるというべきである。
イ これに対し、原告は、電流ガイドロッド3及びストッパー5の摺動(スライド)とスライドスリーブ4及びシリコンスリーブ9が径方向に屈曲することは両立する旨主張するが、根拠を欠くものといわざるを得ない。すなわち、原告が挙げる甲2公報は、「電極41が配設された先端部40」が上下左右に動くことが可能な「育毛剤導入装置」に係るものであり、軸方向に摺動する構成を有するものとは認められない(甲2)。また、原告は、スライドスリーブ4が屈曲できない部材であればストッパー5と磁石6の位置を「固定」する必要がないと主張するが、本件審決が認定する甲1発明のとおり「電流ガイドロッド3の底端にストッパー5が固定して接続され」ていなければ、シリコンスリーブ9からなる櫛歯が電流ガイドロッド3から抜けることになるし、製造時の手間を考慮してもストッパー5を電流ガイドロッド3に、磁石6をスライドスリーブ9に固定する方が自然といえるから、スライドスリーブ4が屈曲することの根拠にはならない。
・・・(略)・・・
(3) したがって、本件発明1は、甲1発明及び原告主張の周知技術1に基づいて当業者が容易に想到できるものではないから、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に減縮したものである本件発明2~10についても同様であって、本件審決の甲1発明に基づく進歩性の判断の誤りはなく、原告が主張する取消事由2には理由がない。』
[コメント]
中国実用新案公報である甲1公報には、発明を十分に記載していない部分があったため、原告と被告との間で、甲1公報に係る発明の認定に争いがあった。それに対して、裁判所は、甲1公報の記載から客観的に甲1公報に係る発明を認定することによって、本件発明の新規性及び進歩性を肯定した。
新規性及び進歩性を適切に判断するためには、恣意的ではなく客観的に、引用発明を認定する必要がある。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)
令和5年(行ケ)第10086号「皮膚刺激ブラシ」事件
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