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令和5年(ネ)第10090号「徐放性塩酸アンブロキソール口腔内崩壊錠」事件

名称:「徐放性塩酸アンブロキソール口腔内崩壊錠」事件
職務発明対価相当請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10090号 判決日:令和6年3月25日
(原審・大阪地方裁判所令和2年(ワ)第12107号)
判決:地裁原告の控訴棄却、地裁被告の控訴認容
特許法2条1項
キーワード:職務発明、発明者
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/926/092926_hanrei.pdf

[概要]
原告は、本件特許2の特許公報に発明者として記載されているが、本件発明2の特徴的部分の完成に創作的に寄与したということはできず、本件発明2に係る共同発明者であると認めることはできないと判断された事例。

[本件特許2]
【請求項1】
各自塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子および速放性微粒子の混合物へ、少なくとも崩壊剤および滑沢剤を加えて圧縮成形してなる口腔内崩壊錠であって、
前記制御放出微粒子は、
(1)塩酸アンブロキソールおよび結合剤を含有するコア粒子、
(2)該コア粒子を被覆する、水不溶性高分子と水溶性高分子のブレンドよりなる放出制御層、
(3)該放出制御層を被覆する、水溶性ロウ状高分子を含んでいるプロテクト層、および
(4)該プロテクト層の外側の、水不溶性高分子および/または水に溶解も膨潤もしない粉末を含む粘着防止層からなり、
前記速放性微粒子は、塩酸アンブロキソールおよび結合剤を含有するコア粒子に、少なくとも塩酸アンブロキソールの一部が胃内で放出されるように水不溶性高分子単独または水溶性高分子とのブレンドで被覆されており、
前記制御放出微粒子および速放性微粒子は300μm以下の平均粒子径を有することを特徴とする塩酸アンブロキソール口腔内崩壊錠。

[主な争点]
原告が本件発明2の発明者であるか(争点2-1)

[裁判所の判断]
『争点2-1(原告が発明者であるか)について
ア 判断枠組み
特許法2条1項は、「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち、技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該技術が属する技術分野における当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であるから(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決(昭和49年(行ツ)第107号)民集31巻6号805頁)、発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当業者が当該技術的思想を実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すというべきである。そして、ある者が発明者であるというためには、必ずしも発明に至る全ての過程に一人で関与することを要するものではなく、当該過程に共同で関与することでも足りるというべきであるが、当該者が共同発明者であるというためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要するものと解される。この場合において、発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち従来技術にはみられない部分、すなわち、当該発明に特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解するのが相当である。』
『イ 本件発明2の特徴的部分
・・・(略)・・・
すなわち、本件発明2は、塩酸アンブロキソールの長時間持続型(1日1回投与型等)の口腔内崩壊錠(OD錠)の技術分野に属する。従来から、塩酸アンブロキソールは、急性気管支炎等における去痰に使用されてきたところ、それまで市販されてきた塩酸アンブロキソールの剤形は、錠剤、細粒、ドライシロップ剤等(1日3回投与型)及びカプセル剤(1日1回投与型)であった。患者の服用コンプライアンスの観点からは1日1回投与型が望ましいが、市販されていたカプセル剤は、高齢者や小児のような嚥下力の弱い患者には不向きであった。しかしながら、水なしで容易に服用することができる1日1回型の徐放性の塩酸アンブロキソールのOD錠は、それまで知られていなかった。そのような状況を踏まえ、薬物含有粒子の平均粒子径が比較的小さく、1回の投与で長時間にわたってシグモイド型の薬物放出を続けるという従来の塩酸アンブロキソールの徐放性カプセル剤の溶出規格に合致する溶出特性を示す塩酸アンブロキソールのOD錠を開発することが課題とされた。そして、当該課題を解決するためには、次の①から③までの構成をとることが重要であるとされた。
①塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子及び速放性微粒子(以下、この2種類の微粒子を併せて「制御放出微粒子等」という。)の混合物を配合すること(以下「構成①」という。)、
②口腔内におけるザラツキ感を少なくし、水なしで嚥下することができるようにするため、制御放出微粒子等の平均粒子径を300μm以下とすること(以下「構成②」という。)、
③OD錠が従来のカプセル剤の溶出規格に合致する溶出特性(シグモイド型溶出)を示すように、制御放出微粒子等及びこれらを配合したOD錠の各成分や構造を設定すること(以下「構成③」という。)
(イ) 認定事実2ウ(ア)c及びdのとおり、平成19年当時、徐放性のLカプセルにつき、これが2種類の顆粒(アンブロキソール塩酸塩を含有する速放性顆粒及び徐放性顆粒)から構成されていることや、OD錠に配合される微粒子の粒子径を300μmとすることにより、服用時の口腔内でのザラツキ感を抑えられることは、従来技術として知られていた。したがって、同年当時、構成①及び②は、いずれも当業者に知られていたものと認められる。
以上に加え、原告において、④錠剤を製造する過程の加圧圧縮操作に対し割れにくいプロテクト層を形成したこと(以下「構成④」という。)も本件発明2の特徴的部分であると主張し、被告において、これを特には争っていないことも併せ考慮すると、本件発明2の特徴的部分(本件発明2に特有の課題解決手段を基礎付ける部分(従来技術にはみられない部分))は、構成①及び②を満たした上で、構成③及び構成④を実現したこと(以下、構成③と構成④を併せて「本件各部分」という。)であると認めるのが相当である。
(ウ) 原告は、構成①及び構成②も、本件発明2の特徴的部分であると主張するが、前記(イ)のとおり、これらの構成は、従来技術にみられた構成であるから、本件発明2に特有の課題解決手段であるということはできず、本件発明2の特徴的部分ではない。』
『ウ 本件各部分に対する原告の関与
(ア) 原告が本件発明2に係る発明者(又は共同発明者)であるというためには、前記アのとおり、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、本件各部分の完成に創作的に寄与することを要するところ、当該着想は、具体的な発明の完成に向けられたものである以上、単に課題を抽象的に想起するだけでは足りず、課題及びその解決のための手段又は方法を具体的に認識することを要するものと解するのが相当である。』
『a 前記(ウ)のうち、市場調査等に基づいて本件OD錠化を提案するなどした原告の行為は、その内容に照らし、新製剤の企画や方向性に関する提案であり、経営判断に資するものではあっても、課題及びその解決のための手段又は方法に関する具体的提案ではないから、構成③・・・(略)・・・又は構成④・・・(略)・・・のいずれに対する関与であるとも認めることはできない・・・(略)・・・。
b また、前記(ウ)のうち、本件OD錠化に関して瀬踏み実験を行った原告の行為についてみるに、当該瀬踏み実験は、「徐放顆粒の粒子径を200μm以下として溶出実験を行ったところ、既存のカプセル剤の溶出に近い徐放顆粒が得られた」というものにすぎず、原告において、制御放出微粒子等及びこれらを配合したOD錠の各成分や構造を設定するための具体的な方法を認識するなどしたとはいえないから、当該瀬踏み実験の実施をもって、原告が構成③に係る着想及びその具体化の過程において創作的な寄与をしたものと認めることはできない。』
『c さらに、前記(ウ)のうち、「今後、徐放顆粒に他の原料を混合して打錠し、錠剤化した場合に溶出に変化が生じるかを検討する」などと発言した原告の行為も、その発言の内容に照らし、原告において、制御放出微粒子等及びこれらを配合したOD錠の各成分や構造を設定するための具体的な方法を認識するなどしたとはいえないから、当該発言をもって、原告が構成③に係る着想及びその具体化の過程において創作的な寄与をしたものと認めることはできない。その他、当該発言の内容に照らし、当該発言を行った原告の行為が本件各部分に対する関与であると認めることはできない。
d なお、本件発明2に係る特許出願をすることを考えている旨の発言をした原告の行為(前記(ウ)f)及び当該特許出願をするよう提案した原告の行為(認定事実2エ(オ))が本件各部分に対する原告の関与であると認められないことは明らかであるし、当該特許出願に係る明細書の案を作成した原告の行為(認定事実2エ(オ))についても、当該行為のみをもって直ちに、本件各部分に対する原告の関与があったものと認めることはできない。
e その他、原告が本件チームの行う試験・実験に関与していたことを認めるに足りる主張立証はなく、原告が本件各部分に対して関与をしたものと認めるに足りる的確な証拠はない。』
『(カ) 小括
以上のとおりであるから、原告が本件各部分に対して関与をしたということはできず、その他、原告が本件各部分に対して関与をしたものと認めるに足りる証拠はない。
エ 争点2-1についての結論
以上によると、原告が本件発明2に係る発明者又は共同発明者であると認めることはできない。』

[コメント]
1.判断枠組みについて
本判決で示されている判断枠組みは、発明者の認定に関する過去の判断(例えば、知財高裁平成18年(行ケ)第10048号、同平成19年(行ケ)第10278号等)に則ったものと言える。

2.地裁の判断との違い
地裁では下記のように、原告は本件発明2の発明者であると判断された。
『原告は、先発医薬品であるLカプセル等の服用上の問題点を認識し、カプセル錠よりOD錠の需要が多いことを調査した上で、アンブロキソール塩酸塩の口腔内崩壊錠であるOD錠の開発を発想し、他社製品の調査や技術的検討を行った上で、その開発をPJ会議で提案し、平成20年2月29日の次期開発品目選定会議までの間のPJ会議にすべて出席し、OD錠化に関する瀬踏み実験にも関与して、微粒子コーティングの実現可能性を一定程度具体化させ、同選定会議において正式な開発承認を獲得するに至っている。そうすると、原告は、少なくとも上記アの①の本件発明2の特徴的部分の着想をしたといえる。
したがって、原告は、この点のみをもっても、本件発明2の発明者であると認められる。』
一方、本判決では『市場調査等に基づいて本件OD錠化を提案するなどした原告の行為は、その内容に照らし、新製剤の企画や方向性に関する提案であり、経営判断に資するものではあっても、課題及びその解決のための手段又は方法に関する具体的提案ではない』と判断された。
本判決では、『発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した』のかどうかが考慮されたが地裁ではこの点は考慮されなかった。この点が本判決と地裁との判断の違いに繋がったと考えられる。

3.願書の記載
被告は、原告は本件発明2の発明者ではないと主張し、本判決ではそれが認められた。しかし、原告の名は本件発明2の発明者として願書に記載されており、この本件発明2に係る特許出願の出願人は他ならぬ被告である。原告が発明者ではないと主張するのであれば、なぜ被告は原告を発明者として記載したのか。
本判決や知財高裁平成18年(行ケ)第10048号等の判断枠組みに基づけば特許出願の願書では発明者とされている(出願人が発明者と認定した)者が実はそうではないということは現実にはよくあるのではないか。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

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