IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10107号「誘導加熱コイルユニット」事件

名称:「誘導加熱コイルユニット」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10107号 判決日:令和6年8月28日
判決:一部審決取消
特許法29条2項
キーワード:本件発明の認定
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/344/093344_hanrei.pdf

[概要]
本件特許クレームの記載によれば、本件発明1の「ケース」が「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂『のみ』で構成される」と限定して解することはできず、また、複数の副引例に基づいて、主引用発明の「ケース」の一部を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される」ようにすることは、当業者にとって容易想到であったとして、本件発明1の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1(本件発明1)】
加熱対象物を誘導加熱により加熱する加熱コイルと、
電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケースと、を備え、
前記ケースは、前記ケースの内部と外部とを連通し前記ケースの外部から供給される冷却用気体を前記ケース内に供給するためのものであって供給側のエア配管が接続される供給口と、前記ケースの内部と外部とを連通し前記供給口から前記ケースの内に供給された前記冷却用気体を前記ケースの外部へ排出するためのものであって排出側のエア配管が接続される排出口と、前記ケースと前記加熱コイルとの間に形成され前記供給口と前記排出口とを繋ぐ冷却経路と、を有し、
前記冷却経路は、前記加熱コイルにおける前記加熱対象物側の面と前記ケースとの間に形成され前記加熱コイルの表面及び前記ケースの内面を冷却するための第1冷却経路と、前記加熱コイルの外周部と前記ケースとの間にあって前記加熱コイルの外周部に沿って形成され前記加熱コイルの外周部を冷却するための第2冷却経路と、を含んでいる、
誘導加熱コイルユニット。
[審決]
1 本件発明1と甲1発明の対比
(1) 相違点1
「ケース」に関して、本件発明1では「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され」るのに対して、甲1発明では「フェライト材料または粉末鉄で作られたコア10と、ソールプレート26」である点。 (2) 相違点2~4
省略

2 相違点1についての容易想到性の判断
甲1発明には、甲1発明のコア10を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成するような特段の事情も無く、そのようにする動機付けも存在しない。
甲1発明のコア10を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成した場合には、コイルアセンブリのインダクタンスを増加させるというコアとしての本来の機能を発揮できなくなることから、甲1発明のコア10を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成することには、阻害要因が存在するといえる。

[主な争点]
本件発明1に係る取消事由1-1-2(無効理由1-1-2の判断の誤り〔甲1発明を主引用発明とする本件発明1の進歩性欠如〕)について

[裁判所の判断]
『(1) ・・・(略)・・・本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては、ケースの構成につき「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケース」と記載されるにとどまり、ケースが電気絶縁性を有するセラミック又は樹脂という要素「のみ」により構成されることを表すような文言は記載されていない。なお、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、特許請求の範囲に記載されたケースが前記の要素のみから構成される趣旨であることを示唆するような記載は見当たらない。
そうすると、本件発明1のケースが前記の要素のみにより構成されるものに限定されるものと解することはできないから、本件発明1の「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケース」は、前記の要素を含む構成のものであれば足りると解するのが相当である。 ・・・(略)・・・
(4) 相違点1についての判断
・・・(略)・・・
イ 各文献の記載事項
甲41文献は、・・・(略)・・・。
甲42文献は、・・・(略)・・・。
甲43文献は、・・・(略)・・・。
すなわち、各文献には、誘導加熱の技術において、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてはセラミックや樹脂があったことが記載されている。
ウ 以上を踏まえ、相違点1について検討する。前記(2)のとおり、甲1発明において、「加熱コイルを収容するケース」は、「コア10とソールプレート26」から構成されるものと認められるところ、このうち「ソールプレート26」は、「アセンブリの底部に適用され、溶接されるべき非金属複合アセンブリに含まれる金属サセプタに、コイルによって発生した渦電流を印加するために設けられる」(甲1文献・訳文3頁)ものとされていることからすると、「ソールプレート26」は、コイルを収容するケースとしてコイルと加熱対象物との間に置かれ、コイルによって発生した磁束を加熱対象物である金属サセプタに届かせるため、当該磁束を通過させる材料で構成されているものと理解される。そして、前記の誘導加熱の原理からすると、電気絶縁性の非磁性材は、磁束に何ら影響を与えることなく、磁束を通過させる性質を有するものであり、前記各文献によれば、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてはセラミックや樹脂があったことが周知であったと認められる。
そうすると、甲1発明の「ケース」を構成する「コア10とソールプレート26」のうち「ソールプレート26」について、磁束を通過させる性質を有する電気絶縁性の非磁性材として周知のセラミック又は樹脂を選択し、「コア10と電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成される「ケース」とすることは、当業者にとって容易想到であったというべきである。
エ この点に関し、被告は、本件発明1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載によれば「ケースの全て」や「ケースの一部」などの解釈がされる余地はなく、本件審決は、フェライト材料又は粉末鉄で作られたコアを請求項1のケースの構成に置き換えられるかを判断しているだけであるなどと主張する。
しかしながら、前記(1)のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の請求項1には「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケース」と記載されているにとどまるから、ケースの構成が前記の要素「のみ」からなるものに限定されるものと解することは困難である。
よって、被告の主張は前提となる本件発明1の特許請求の範囲の解釈を異にしており、これを採用することはできない。
(5) 小括
以上によれば、本件発明1と甲1発明の相違点1については容易想到であったというべきであり・・・(略)・・・。』

[コメント]
本裁判例のように、特許クレームに記載されていない構成が限定されていないと判断されることは、妥当だと思う。
なお、詳細は不明であるが、本件発明の「ケース」が「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂『のみ』で構成される」と訂正できるのであれば、本件発明1の進歩性が肯定されるのではないだろうか。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

令和5年(行ケ)第10107号「誘導加熱コイルユニット」事件

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