IP case studies判例研究

令和6年(行ケ)第10005号「電子患者介護用のシステム、方法および装置」事件

名称:「電子患者介護用のシステム、方法および装置」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10005号 判決日:令和6年11月27日
判決:審決取消
特許法36条6項2号
キーワード:明確性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/571/093571_hanrei.pdf

[概要]
複数の公知文献に基づく出願当時における技術常識を踏まえると、本願発明の「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」が、本願明細書においてこれらの用語の具体的な説明がされていなかったとしても、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないとして、明確性要件違反とした審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
電子患者介護用のシステムであって、
ウェブ・サービスと、ルーティング機能および医療デバイスソフトウェア更新の無しまたは少なくとも1つと、を提供するように構成されたゲートウェイ;および
前記ウェブ・サービスを使用して前記ゲートウェイと動作可能に通信するように構成された医療デバイス
を備えるとともに、前記ウェブ・サービスがトランザクション・ベースのウェブ・サービスである、システム。

[主な争点]
明確性要件に関する判断の誤り(取消事由1)

[原告の主張]
本願各発明の「ウェブ・サービス」とは、HTTPなどのインターネット関連技術を応用して、分散コンピューティングを実現したものを指し、1998年にXMLを基盤とした分散コンピューティングの新技術として登場して現在に至っている(甲2)。
本願明細書には、ウェブ・サービスを構築する要素や仕組みに関する記載や、ウェブ・サービスの利用を前提とした記載が多数存在している。
本願各発明の「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」とは、「マシンツーマシン通信(コンピュータネットワークに繋がれた機械同士が人間を介在せずに相互に情報交換し、自動的に最適な制御が行われるシステム)専用のウェブ・サービス」を指し(甲3)、複数のステップでデータをやり取りし、これらの処理が完全に成功するかどうかを保証するタイプのウェブ・サービスであり、すべての操作が成功した場合にのみ処理が確定されるため、原子性、一貫性、独立性、耐久性(ACID特性)を持つことが特徴である。
例えば、オンラインストアで商品を購入する際に、複数の操作(商品をカートに入れる、支払いを処理する、注文を確認するなど)が一つの取引としてまとめられ、いずれかの操作が失敗した場合、全体の取引が取り消され、データの整合性が保たれるものが、これに当たる。
「ウェブ・サービス」、「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」とも、人々にとって身近な周知技術であるため(甲4~9、11、13~17)、発明の詳細な説明に定義や具体的説明がなくとも、当業者は解釈・理解が可能である。

[被告の主張]
本願明細書には、段落【0678】に特許請求の範囲と同様の記載があるのみで、原告も自認するように、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の具体的な説明は一切ないから、本願の添付書類ではなく、本願との関係が明らかではない文献の記載をいくら参照したとしても、本願における用語の技術的な意味が明確であるということはならない。
したがって、原告の提出した各証拠(甲2~9、11、13~17)に上記の用語の説明が記載されていたとしても、これらは本願の添付書類ではなく、本願とは関係がないから、その記載をもって、本願各発明の「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の技術的な意味が明確であるということはできない。
当業者の技術常識を踏まえて用語の技術的意味を把握するとしても、本願明細書には、上記のとおり「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」について特許請求の範囲の記載と同様の記載しかなく、具体的な実施例は一切示されていないから、技術常識を考慮して用語の技術的な意味を把握しようとしても、本願明細書にはその手掛かりさえない。
このような状況において、本願とは関係がない証拠を後から提出し、特許請求の範囲に記載された用語の技術的な意味を自由に変更することができるとすれば、用語の技術的な意味を、本願明細書の開示を超えて変更することができることになってしまう。
したがって、原告の主張は、特許請求の範囲に記載された発明の独占権が及ぶ範囲を何の制限もなしに自由に拡張したり、変更したりすることを可能にし、独占権の予測可能性を第三者から奪うことにほかならないから、明確性要件の判断規範に照らし、失当である。
原告は、審判段階において、「ウェブ・サービス」について「インターネットを介したサービス」を意味していると主張するなど、本件訴訟におけるものとは異なる主張をしており、その主張は変遷している。」「このような主張の変遷を可能とする本願の特許請求の範囲の記載は、本願明細書、図面の記載及び技術常識を考慮しても、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるといわざるを得ない。

[裁判所の判断]
『上記アの各刊行物(甲5、6、11、13、16、17)の各記載によれば、「ウェブ・サービス」という用語は、「インターネット上に分散した複数のウェブアプリケーションシステムをシステム同士で連携させる技術であり、XML、UDDI、WSDL及びSOAPの規格に適合したもの」という意味で用いられ、本願の国際出願日の当時、技術常識となっていたと認められる。
また、この「ウェブ・サービス」との関係において、「トランザクション」という用語は、「複数の処理をひとまとまりにしたものであって、同時にアクセスされる基礎データの一貫性を確保することができるもの」という意味で用いられると認められ、そうすると、「トランザクショ
ン・ベースのウェブ・サービス」とは、この「トランザクション」を基礎とした「ウェブ・サービス」という意味の用語であって、これも、本願の国際出願日(平成25年12月20日)の当時、技術常識となっていたと認められる。
したがって、出願当時における技術常識を踏まえると、本願各発明の「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」は、それぞれ、上記の意味で用いられているといえるから、本願明細書において、これらの用語の具体的な説明がされていなかったとしても、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。』
『明確性要件の判断は、当業者の出願当時における技術常識を基礎とすべきところ、「ウェブ・サービス」及びウェブサービスに関係する「トランザクション」という用語自体の意味が技術常識であったと認められるから、本願明細書に具体的な説明がなくとも、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の技術的意味が不明確であるということはできない。
また、このように解することは、技術常識の認定の問題であって、原告が特許請求の範囲に記載された用語の意味を自由に変更することができることを意味するものではない。』
『ウ 被告は、審判段階からの原告の主張に変遷があることや、関連出願における原告の主張が本件訴訟における主張と異なることを指摘する。
しかし、特許法36条6項2号該当性の判断は、審判段階からの原告の主張の変遷や、関連出願における原告の主張内容如何にかかわらず、前記⑴のとおり、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者である当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から客観的に判断されるべきである。被告の主張する点は、本願の特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない旨の前記判断を左右するに足りる事情とはならない。』

[コメント]
本判決では、特許請求の範囲に記載される情報処理分野の技術用語である、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」について、本願明細書には当該技術用語についての具体的な説明が一切ない中で、当業者の出願当時における技術常識に基づいて当該技術用語の技術的意味を認定できるか否かが争点となった。本判決では、用語自体の意味が出願当時において技術常識であったと認定されたため、当該技術用語は明確であると判断された。結論として、本判決は妥当であると感じる。
しかしながら、仮に、これらの技術用語が単一の意味を構成し、かつ、具体的な概念を示すものでないとすれば、当業者の出願当時における技術常識に基づく技術的意味を明確に認定できなかったおそれもあった。少なくとも、特許請求の範囲で使用される技術用語については、技術常識であると考えられる用語であっても、できる限りその技術的意味又は定義を明細書に記載しておきたい。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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