IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和6年(行ケ)第10023号「情報処理端末」事件
名称:「情報処理端末」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10023号 判決日:令和6年11月13日
判決:審決取消
特許法17条の2第5項2号、36条6項2号
キーワード:特許請求の範囲の減縮、明確性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/556/093556_hanrei.pdf
[概要]
本件補正前の請求項の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項を削除する補正事項は、当該補正事項により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならないことから、当該補正事項は特許請求の範囲の減縮に当たると判断されたことによって、減縮に当たらないして補正却下した審決が取り消された事例。
[本件補正の却下前の本件補正発明における特許請求の範囲]
【請求項1】(下線部は補正箇所を示し、〇付き数字は本件審決にいう「補正事項1」等の数字に対応する。)。
①決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、
情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、
②前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、
前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、
③前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、
前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、④(「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除)前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又⑤(「は」を削除。ただし、手続補正書の誤記と思われる。)前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。
[審決]
1 特許請求の範囲を減縮するものであることについて
本件補正のうち、本件補正前の請求項1から「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項を削除する補正事項4は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様を限定する事項を削除するものである。
例えば、本件補正前の請求項1では、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「決済に関する情報の入力」が無い場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」しない一方、「決済に関する情報の入力」が有る場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様が排除されていたが、本件補正後の請求項1では排除されないことになる。
したがって、補正事項4は、特許請求の範囲を減縮するものではない。
その他、補正事項4を含む本件補正は、特許法17条の2第5項各号に規定する補正要件を満たしていない。
2 本件補正発明が明確であることについて
仮に本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとしても、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」(補正事項1)との記載は、“決済以外の用途においてのみ適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか、“決済以外の用途においても適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか不明であり、本願明細書の記載を参酌しても同様である。
したがって、本件補正発明は明確でないから、特許法36条6項2号の要件を欠き、独立特許要件(同法17条の2第6項、126条7項)を満たしていない。
[主な争点]
本件補正を却下した判断の誤り(取消事由1)
・ 特許請求の範囲を減縮するものであること
・ 本件補正発明が明確であること
[被告の主張]
1 特許請求の範囲を減縮するものであることについて
本願発明は、決済に関する情報が入力されてもされなくても待ち受け状態に維持することができることが規定されていたのに対し、本件補正(補正事項4)は「決済に関する情報の入力の有無に関係なく」との条件を削除することにより、「待ち受け状態に維持」する条件を何ら特定しないものとなった。
そのため、本件補正発明は、例えば、本件補正前には含まれていなかった、情報処理部が決済に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となって、決済用媒体を読み取り可能な、非決済及び決済用媒体兼用の情報処理装置(すなわち、決済に関する情報の入力がない限り待ち受け状態とはならない情報処理装置)が、本件補正後は、発明の技術的範囲に包含されることになっている。
その結果、本件補正前の本願発明では、決済に関する情報の入力の有無に関係なく、すべての媒体を読み取り部の選択なしに読み取ることができるとの技術的意義を有するのに対し、本件補正により「決済に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となる態様」が包含されることによって、上記の技術的意義が失われている。
2 本件補正発明が明確であることについて
仮に本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとしても、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」(補正事項1)との記載は、“決済以外の用途においてのみ適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか、“決済以外の用途においても適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか不明であり、本願明細書の記載を参酌しても同様である。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 特許請求の範囲を減縮するものであるかについて
『イ その上で、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除する補正事項4についてみると、文言上は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様(以下「本件態様」という。)を限定していた事項を削除するものであるから、「『決済に関する情報の入力』の有無が本件態様に関係する情報処理端末」は、本願発明の範囲には含まれていなかったが、本件補正発明の範囲には含まれることになったと解釈する余地がある。
しかし、本願発明は、決済に関する情報(金額情報、支払方法、決済に使用されるカードブランドの情報など)をユーザが入力してから決済に使用されるカードの読み取り操作を促す処理及び表示を行うという従来技術の構成では、決済以外の用途への適用が難しいという課題を解決するため、決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、接触型・非接触型の別を問わず、情報記憶媒体から短時間で必要な情報を読み取り可能な情報処理端末を提供するものであり(【0004】~【0007】)、この点は、本件補正発明においても同様である。』
『補正事項4を含む本件補正後の発明が、これらの「決済に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」をその技術的範囲に含むと解することは、合理的な解釈とはいい難い。むしろ、本願発明及び本件補正発明の技術的範囲の内容について、本願明細書の内容を考慮して解釈するならば、本件補正の前後を通じ、本件態様となるために「決済に関する情報の入力」が不要であることに変わりはなく、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言は、決済以外の用途において適用可能であることを特定していたにすぎないものと解するのが相当であるから、補正事項4により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならない。
ウ 補正事項1及び3が特許請求の範囲の減縮に当たることは前記のとおりであり、補正事項4が新たな事項を追加するものではない以上、結局、本件補正は、全体として特許請求の範囲を減縮するものに当たる。』
2 本件補正発明が明確であることについて
『前記のとおり、本件補正発明の「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」との記載は、非決済専用端末のみならず決済・非決済共用端末を含むものと解される。
このことは、本願明細書において、発明の課題及び効果は「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末」の提供であるとされた上で(【0005】、【0007】)、最初の実施例として決済・非決済共用端末の例が記載されていること(【0011】以下)及びほかの実施例として非決済専用端末の例が記載されていること(【0072】)を参酌すれば、さらに明らかであり、少なくとも、本件補正後の特許請求の範囲の記載が第三者の利益を不当に害すほどに不明確ということはできない。』
[コメント]
本判決では、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言は、決済以外の用途において適用可能であることを特定していたにすぎないものと解するのが相当であるから、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」という発明特定事項を削除することが減縮に当たると判断された。この判断は、比較的自然な解釈に基づいた判断との印象を受ける。
一方で、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」という発明特定事項の削除により、「決済に関する情報の入力の有無に関係」してもよいことになることを踏まえると、「決済・非決済共用端末」において、「決済に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となる態様」が包含されるようになるという被告(特許庁)の主張は、完全に誤った解釈であるとまではいえない、と感じる。
筆者としては、裁判所の判断が妥当であると考えるものの、議論の余地が残る微妙な裁判例のようにも思う。実務では、発明特定事項の削除は限縮に当たらないと判断されるリスクが多分にある、と認識したうえで慎重に対応すべきと考える。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)
令和6年(行ケ)第10023号「情報処理端末」事件
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