IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ワ)第70607号「遠隔操縦無人ボート」事件
名称:「遠隔操縦無人ボート」事件
損害賠償請求事件
東京地方裁判所:令和5年(ワ)第70607号 判決日:令和6年10月22日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:発明が解決すべき課題、発明の作用効果、均等の第5要件(意識的除外)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/590/093590_hanrei.pdf
[概要]
複数の条件の各場合に所定の制御を行い得る構成をいずれも備えることが必要か否か明らかでない構成要件について、本件発明の課題や作用効果などに鑑みて限定的に解釈されるから被告製品は当該構成要件を充足せず、当該構成要件の文言非充足との関係においては均等の第5要件を欠くとして、侵害が成立しないと判断された事例。
[本件発明]
A 遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、
B 人工衛星から発信されている電波を受信するGPSアンテナと、
C 前記GPSアンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、
D 初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、
E 推進動力を発生する推進動力源と、
F 進行方向を自在に変更する操舵装置と、
G 前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第1送受信アンテナと、
H 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、
I 前記電源の残量を検出する残量検出装置と、
J 前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第1制御装置と、
K を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。
[主な争点]
被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
構成要件Jの充足性(争点1-4)
均等侵害の成否(争点1-5)
[裁判所の判断]
1 争点1-4(構成要件Jの充足性)について
『(1)本件特許の出願経過
証拠(甲2、乙2~4)によれば、本件特許の出願経過について、次の事実が認められる。
・・・(略)・・・
ウ 特許庁審査官は、平成18年5月19日を起案日とする拒絶理由通知書(乙3)により、原告に対し、本件特許の出願に対する拒絶理由を通知した。その拒絶理由には、「請求項1に記載された『所定の条件』とは何か、明確でない。また、『所定の条件』とは、実施例に記載されたものに比べて広い概念であり、実施例によって十分支持されていない。」との理由(明確性要件違反又はサポート要件違反)及び「請求項6に記載された『所定値』とは何か、明確でない。」との理由(明確性要件違反)が含まれる。
エ これに対し、原告は、平成18年7月10日に提出した手続補正書において、初期位置への回帰の条件に関する補正前請求項1発明に係る記載を、「所定の条件」から、「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合」に補正すると共に(以下、この補正を「本件補正」という。)、同日提出の意見書(乙4)において、本件補正により、「所定の条件」(補正前の請求項1)及び「所定値」(補正前の請求項6)については明確にした旨の意見を提出した。
・・・(略)・・・
(4)「第1制御装置」(構成要件J)が備えるべき構成
ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①(「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」)、又は、同②(「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」)のうち、「少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、本件発明の遠隔操縦無人ボートを、「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ものである(いずれも構成要件J)。
もっとも、この記載によっても、本件発明の「第1制御装置」は、自動回帰発動条件①及び②の各場合に自動回帰のための動作制御を行い得る構成をいずれも備えたものである必要があるか、いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りるかについては、必ずしも明らかでない。
イ そこで、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明は、・・・(略)・・・すなわち、遠隔操縦装置との通信途絶(前者)及び電源残量の不足(後者)という事態を具体例として示しつつ、そのような事態においてもなお紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを解決すべき課題とし(【0004】~【0007】)、本件発明の構成を備えることによって、「一定時間以上遠隔操縦装置地の間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合」に、「自動的にボートを初期位置に回帰させることができ」、「ボートを紛失してしまうことがない」として、この課題を解決する作用効果が得られるとするものである(【0008】、【0009】)。
ここで、自動回帰発動条件①の場合に初期位置に自動回帰させること及び同②の場合に初期位置に自動回帰させることは、前者が遠隔操縦装置との通信途絶、後者が電源残量の不足という相互に原因の異なる危機的状況への対処を想定したものである。このため、本件発明は、その作用効果を奏するために、いずれの危機的状況にも対処できるようにすることを要するものと理解される。そうすると、本件発明における「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。本件発明の実施例としてはこのような装置のみが開示され、いずれか一方の機構のみを備えるものが本件発明の技術的範囲に含まれることの明示的な記載も示唆もない。これに加え、このように解することは、本件発明に係るボートが電源の残量を検出する残量検出装置(構成要件I)を備えることを発明特定事項としていることによっても裏付けられる。仮に、自動回帰発動条件②に係る判断を行い得る機構がなく、同①が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う機構のみを備えた装置も本件発明の技術的範囲に含まれるものと解した場合、本件発明の発明特定事項として電源の残量を検出する残量検出装置を備える構成を採用したことの技術的意義が理解し難いものとなるからである。
ウ 小括
以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。これに反する原告の主張は採用できない。
(5)文言侵害の成否
ア 前記各認定事実(前記(2)、(3))によれば、被告製品は、・・・(略)・・・になる点で、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)のうち、自動回帰発動条件①に係る判断を行い得る機構を備えているとみることは可能である。
他方、被告製品においては、新品のバッテリーを搭載している状態において、自動航行中にホームポジションへの移動を開始する下限電圧として上限値49Vを設定したとしても、バッテリーの電圧が満充電圧57Vから下限電圧49Vまで低下したときの電力量の残量は、満充電時の電力量に対して20%台にまで低下していることが認められる。そうすると、被告製品は、バッテリーの電圧を監視することにより間接的に電力量の残量を監視する機能を備えるものといい得るとしても、電力量の残量が満充電時の電力量の半分以下となったことを条件としてホームポジションへの移動を開始させる機能を備えているとはいえない。
したがって、被告製品は、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)に、ボートを初期位置に自動回帰させるための動作制御を行うという構成を備えるものではなく、この点において、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)を充足しない。』
2 争点1-5(均等侵害の成否)について
『原告は、本件補正により、電源の残量に着目した自動回帰のための動作制御の条件につき、ボート10が通ってきた経路を戻るケースにも対応し得るものとする趣旨で、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)とする数値限定を行ったものとみるのが相当であり、「半分以下」とするもの以外は特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきである。』
3 まとめ
『以上のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件Jの文言を充足せず、均等侵害が成立するとも認められないから、本件発明の技術的範囲に属さない。』
[コメント]
裁判所は、『本件発明における「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される』と判断している。
この判断については、発明の課題について「ボートを紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供する」と記載されており、「必ず」との記載から自動回帰発動条件①及び②の双方が必須条件のように認識できること、請求項1には各自動回帰発動条件が「判断された場合」と記載され、それらを判断するための機構が構成要件Jに含まれるように認識できることなどから理解できる。
本件特許の出願当初の特許請求の範囲においては、自動回帰発動条件①が請求項4(請求項1の従属項)で特定され、同②が請求項6(請求項1の従属項)で特定されていることから、自動回帰発動条件①及び②に関する各機構のうち少なくとも一方を備えていればよいという意図で構成要件Jを補正したと推察される。そのため、裁判所の上記判断は特許権者の意図していた権利範囲よりも限定的に解釈されたと考える。
実務上の指針として、請求項の記載が限定解釈されないように、課題を書きすぎないこと、請求項に不要な構成を含ませないことを心掛けたい。本件であれば、課題を「ボートの紛失を抑制可能な遠隔操縦無人ボートを提供する」などと記載し、「一定時間以上遠隔操縦装置との間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合」、あるいは「一定時間以上遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断する機能、または、電源の残量が半分以下になったと判断する機能」などと記載することが考えられる。また、補正前請求項4及び6をそれぞれ独立請求項とする補正や「所定の条件」という記載の明確性違反について意見書による反論をしてもよかったと考える。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)
令和5年(ワ)第70607号「遠隔操縦無人ボート」事件
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