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令和6年(行ケ)第10019号「ポリエステル樹脂組成物の積層体」事件

名称:「ポリエステル樹脂組成物の積層体」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10019号 判決日:令和6年12月25日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/093717_hanrei.pdf

[概要]
出願当時の当業者は引用発明及び周知技術に基づいて特許発明と当該引用発明との相違点に係る当該特許発明の構成に容易に想到し得、かつ、当該特許発明が奏する効果は当該特許発明の構成が奏するものとして当該当業者が予測することのできないもの又は当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったとは認められないとして、本件発明の進歩性を否定した特許取消決定が維持された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
少なくとも2層を有する積層体であって、
第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。

[原告の主張]
『2 本件決定取消事由2(引用文献7を主引用例とする進歩性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(1)引用発明Bの認定に誤りがあること
ア 引用文献7には、PETからなるポリエチレンテレフタレート・フィルムに、PEをラミネートする旨の記載はあるが、積層する旨の記載はない。被告はラミネートと積層は同義である旨主張するが、引用発明の認定は引用文献の記載に忠実にされるべきであり、ラミネートと積層が同義であるか否かにかかわらず、引用文献7の記載を離れ本件発明に近づけて認定することは許されない。
イ 本件決定における引用発明Bの構成中「テレフタル酸とエチレングリコールとの縮重合物であるポリエチレンテレフタレート(PET)からなるポリエチレンテレフタレート・フィルムに、PEを積層した、ラミネートフィルム」の認定は、その具体的な設計思想が開示された「ポリエチレンテレフタレートの耐ガスバリアー性をより一層改良するために、PVDCのコーティングをしたり、PEのラミネートをする方法で耐熱性の向上と、ヒートシール性の付与を行っている」という記載部分に基づくもの解される。引用文献7の493~496頁の表1~3(なお、以下、「表1」は、特記しない限り493頁~494頁のものをいう。)に鑑みれば、ポリエチレンテレフタレートに関して、延伸配向の表記がない「PET」と延伸配向後の状態である「OPET」とが明確に使い分けられて用いられているから、単に「PET」と記載されている場合には、(二軸)延伸をしないものであると考えるのが合理的と考えられるところ、483頁1~3行にはポリエチレンテレフタレートが(二軸)延伸フィルムであるとの記載がなく、また、引用文献7の表1にも「PET/PE」としか記載されていないことから、少なくともここでのポリエチレンテレフタレート(PET)は無延伸のものを意味していると考えるのが合理的である。
ウ 以上を前提とすると、引用発明Bは、「テレフタル酸とエチレングリコールとの縮重合物であって無延伸のポリエチレンテレフタレート(PET)からなるポリエチレンテレフタレート・フィルムに、PEをラミネートした、ラミネートフィルム。」と認定されるべきであり、相違点B-1の認定にも誤りがあることになる。・・・(略)・・・
(2)本件発明1と引用発明Bの相違点についての判断に誤りがあること
本件決定の認定する引用発明Bを前提としても、相違点についての判断に誤りがある。
ア 相違点B-1について
引用文献7は、食品用途に適した積層構造を示すのみであり、カーボンニュートラルなど全く意識されていないので、引用発明7に引用文献5記載事項を適用する動機付けはない。
また、引用発明Bのような食品用途においては、透明性は特に重要な課題であるが、バイオマス原料には透明性、成型性、耐熱性、ガスバリア性等に問題があったこと、引用文献5の【0011】、【0024】は容易想到性を認める根拠とならないことは前記1【原告の主張】(2)アのとおりである。・・・(略)・・・』

[主な争点(取消事由2)]
引用発明B(引用文献7)の認定及び本件発明1と引用発明B(引用文献7)との相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性の判断

[裁判所の判断]
『1 本件決定取消事由2(引用文献7を主引用例とする進歩性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(1)引用発明Bの認定について
・・・(略)・・・
原告は、本件決定が引用発明Bについて「ポリエチレンテレフタレート・フィルムに、PEを積層した」とものと認定した点(「PEをラミネートした」と認定していない点)を誤りである旨主張するが、引用文献7では、ラミネートフィルムの構成を最外層、中間層、最内層としており、これが積層体を構成することは明らかである。また、一般的な文献である乙8(実用包装用語事典、昭和57年6月15日発行)では、ラミネートフィルムの同義語として「積層フィルム」を挙げている。・・・(略)・・・また、原告は、本件決定が引用発明Bにおけるポリエチレンテレフタレートを無延伸のものと認定していない点を問題とするが、本件決定が引用文献7で参照した箇所(480~487頁、490~505頁、517~525頁)の記載は、その内容からみても、無延伸PETのみを前提としているとも認められないから、本件決定の認定が誤りであるとはいえない。
(2)本件発明1の進歩性について
ア 相違点B-1について
(ア)・・・(略)・・・
引用文献5には、従来のPETは、限りある資源である石油を原材料としたものである上、焼却廃棄された場合、二酸化炭素が空気中に放出されるため、地球温暖化の一因となること(【0003】)が記載されているところ、石油資源の枯渇を抑制し、また、地球温暖化の原因物質である大気中の二酸化炭素の増加を抑制することは、原出願の時点において、文献を示すまでもなく一般的な課題であったものと認められ、また、そのために生物由来のバイオマス原料の活用も推進されていた(甲36、乙4~6)。
そして、引用文献5では、【0011】で「ポリマー物性としては従来の化石資源由来のPETに比べ何ら遜色を有するものではないため、繊維、不織布、シート、フィルムや成型物などの用途に使用することができ」ること、【0024】で「シート、フィルムの場合も繊維製造に準じて、細長いノズル孔から溶融PETを押し出し、必要に応じて延伸して製品とする」ことが記載されており、当業者は、実施例に用いられている市販のバイオマスEG(【0030】)を用い「繊維製造に準じて」「必要に応じて延伸して」支障なく薄いフィルムにできることを把握するものということができる。
そうすると、当業者は、上記一般的な課題を解決するため、引用発明Bに引用文献5記載事項を適用する動機付けがあるものというべきである。
(イ)原告は、引用発明Bのような食品用途においては、透明性は特に重要な課題であるが、バイオマス原料には透明性、成型性、耐熱性、ガスバリア性等に問題があったから、引用発明Bにバイオマス由来のPETを適用するには阻害要因がある旨主張する。
しかし、これらは、原出願時に、当業者が適宜対応しうる範囲のものであった。すなわち、原出願日前の文献である乙9には、バイオマス原料の含む不純物に由来する問題について、【0001】、【0004】、【0007】、【0008】及び【0021】~【0026】に、バイオマスから生成されるグリコール類について、2段以上の精製処理をすることで純度が99%以上になることが記載されている。甲17には、バイオマス由来のポリエステルを延伸成形する際にポリエステル中の不純物量を低減させて末端カルボキシル基量を所定値以下とすることで成形加工性の問題を解決できること(【0010】)及びその具体的数値(【0083】~【0084】、【0086】)が記載されている。甲18には、バイオ材料由来のエチレングリコール中の黄色物質がポリエステル中に移動してポリエステルの色調を黄色にする(【0006】)との問題に対し、当該グリコールを加熱し、続いて活性炭を利用した濾過工程により、光透過性に優れたバイオ材料由来のグリコールを得る製造方法(【0010】)を採用することで、石油から得られるグリコールを使って生産されるポリエステルチップと同等レベルの色調のポリエステルチップが得られること(【0026】、実施例10、12、13)が記載されている(熱性能、紡糸評価、染色性も同等レベル。)。甲28には、基材中の異物を低減するために、基材フィルムの成形の際に、素材である熱可塑性樹脂を溶融状態で精密濾過することにより(【0042】、【0085】)、透明性に優れた二軸延伸積層フィルムが得られること(【0108】、【0114】)が記載されている。
原告は、乙9は、拒絶理由通知において実施可能要件違反、サポート要件違反の指摘を受け、拒絶査定を受けている旨主張するが、上記判断を左右するものではない。
(ウ)また、原告は、トウモロコシ由来のPETの融点が石化由来のPETより低く加工しにくいこと、不純物が存在すること、着色しやすいことが知られていたので、引用文献5の上記【0011】の記載は誤りであり、【0031】では品質が低く湾曲してフィルムとしての使用には不向きな短繊維を得たことが記載されているにすぎない旨主張する。
しかし、不純物の存在等については適宜対処が可能であることは前記(イ)のとおりである。また、引用文献5の【0031】では、得られた未延伸糸条(長繊維)を延伸等処理したものを切断して短繊維を得ていることに照らし、延伸処理は可能というべきで、バイオマスPETを用いて肉厚300μmで良好な透明性をもつボトルが得られ、従来の石油由来のPETに比べて重合性や樹脂加工性の点で遜色なく良好であることが記載されている(【0033】、【0035】、【0036】)。
原告の主張する各種の問題点は、量産の段階で考慮するべき事情とはなり得ても、引用発明Bに引用文献5記載事項を適用しようと試みること自体を妨げる事情とはいえない。以上のとおりであって、透明性、成型性、耐熱性、ガスバリア性等の問題を理由に、引用発明Bにバイオマス由来のPETを適用するには阻害事由があるとの原告の主張は採用できない。本件発明2以下の進歩性の判断の誤りに関する同様の主張も採用できない。
イ 相違点B-2について
原告は、本件決定にカーボンニュートラルを意識しながら、第1層のみバイオマス由来の原料を用い、第2層において化石燃料由来の原料を含み、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まない態様とすることについての論理付けがない旨主張する。
しかし、いずれかの層にバイオマス由来の原料を用いればカーボンニュートラルに資するところ、具体的に引用発明Bのどの層にバイオマス原料を用いた樹脂材料を適用するかは、当業者が適宜選択し得たことである。
また、原告は、バイオマス由来の原料として、より普及が進んでいたバイオマスポリエチレンではなく、加工性に問題のあるバイオマスポリエステルを使用することについても問題があるとするが、バイオマスポリエステルを使用することが可能であることが引用文献5から理解できることは前記アのとおりである。
ウ 顕著な作用効果について
原告は、バイオマスポリエステルを用いた場合、そこに不可避的に含まれる不純物の存在により延伸フィルムなどにおいて活用できるような性能を充足することは困難であるという当時の技術常識に鑑みれば、本件発明の構成を満たす積層体が、既存のポリエステルフィルムからなる層を有する積層体と比較しても遜色ない物性を有するという本件発明の効果は、その構成から当業者が予測することができる範囲を超える旨主張する。
しかし、引用文献5には、バイオマス由来のPETが、ポリマー物性や重合性、樹脂加工性の面で従来の化石資源由来のPETに比べ遜色を有するものではないことが記載されていたこと、バイオマスの不純物を除去し、加工性や透明性を確保する技術も知られていたこと(甲17、18、乙9)は前記のとおりであり、本件発明の効果が当業者の予測の範囲を超えるものと認めることはできない。
エ まとめ
以上によれば、本件決定の本件発明1の進歩性の判断には誤りはない。』

[コメント]
原告は、「引用発明Bの認定が誤りであり、無延伸PETと2軸延伸PETの違いや「ラミネート」と「積層」の混同を指摘する。さらに、食品包装用途ではバイオマス由来ポリエステルの適用に動機付けがなく、技術的阻害要因があるため、容易想到ではない」と主張した。これに対して、裁判所は、「引用発明Bの認定に誤りはなく、「ラミネート」と「積層」は技術的に同義であり、PETが無延伸か否かも本件発明の進歩性判断に影響を与えない」とした。さらに、「バイオマス由来ポリエステルの適用は、環境負荷低減の観点から動機付けがあり、当業者が容易に想到できるものであり、技術的阻害要因も認められない」と判断しており、妥当な判断であると考えられる。
原告は、出願時の技術常識に基づき、バイオマスPETには種々の問題点がある旨を主張したが、裁判所は、「原告の主張する各種の問題点は、量産の段階で考慮すべき事情とはなり得るものの、引用発明Bに引用文献5記載事項を適用しようと試みること自体を妨げる事情とはいえない」と述べている。この判断により、「量産の段階で考慮すべき事情」と「進歩性判断における動機付け」が必ずしも対応しないことが示されている。実務における進歩性の判断では、引用文献の動機付けの有無は審査基準に照らして判断することに留意すべきである。
また、「ラミネート」と「積層」の同義性について争われているが、審査基準では「審査官は、刊行物等に記載又は掲載されている事項と請求項に係る発明の発明特定事項とを対比する際に、本願の出願時の技術常識を参酌し、刊行物等に記載又は掲載されている事項の解釈を行いながら、一致点と相違点とを認定することができる」(第III部 第2章 第3節 新規性・進歩性の審査の進め方 4.3対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法)としていることに留意すべきである。
以上
(担当弁理士:水谷 歩)

令和6年(行ケ)第10019号「ポリエステル樹脂組成物の積層体」事件

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