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令和6年(行ケ)第10049号「ビークル」事件

名称:「ビークル」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10049号 判決日:令和7年3月24日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、動機付け、課題の上位概念化
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/949/093949_hanrei.pdf

[概要]
引用発明の上位概念化した課題が、本願発明の車両分野の一般的な課題「小型化」と共通するとして、引用発明に周知技術を適用する動機付けがあると判断された拒絶審決に対し、引用発明の課題を上位概念化することの誤りを指摘したうえで、上位概念化したとしても課題が共通しないとして、引用発明に周知技術を適用する動機付けを否定し、容易想到性が否定された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
ビークルであって、
前記ビークルは、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両又はドローンであり、
前記ビークルは、
回転するクランク軸を有し、燃焼によって生じるパワーを前記クランク軸のトルク及び回転速度として出力するエンジンと、
前記クランク軸と連動するよう設けられ前記エンジンに駆動され発電する発電用電動機と、
前記発電用電動機で発電された電力をエネルギーとして貯蔵するエネルギー貯蔵装置と、
前記発電用電動機とは異なる、前記エネルギー貯蔵装置及び/又は前記発電用電動機からの電力の供給を受けてパワーを出力する、推進用電動機と、
前記推進用電動機から出力されたパワーによって駆動される推進器と、
前記エンジンと、前記推進用電動機と、前記発電用電動機とを制御する制御装置であって、加速指示に応じて前記推進用電動機に供給される電力を増大するよう前記エンジン及び前記発電用電動機を制御し、前記推進器が前記推進用電動機から出力されたパワーのみによって駆動される場合、前記エネルギー貯蔵装置のエネルギー貯蔵量に関わらずに、前記加速指示を契機として、前記エネルギー貯蔵装置及び/又は前記発電用電動機から供給される電力で駆動される前記推進用電動機により前記加速指示に応じた目標パワーを出力するように、前記加速指示よりも前に、少なくとも前記発電用電動機で発電された電力の供給の受け及び前記推進用電動機に対し電力の供給を行なう前記エネルギー貯蔵装置のエネルギー貯蔵量に応じて前記発電用電動機の負荷トルクを減少することによりエンジンの回転速度を増速する制御装置と、を備える。

[主な争点]
容易想到性についての判断の誤り

[審決の理由の要旨]
『【相違点】
ビークルについて、本件補正発明は、「リーン姿勢で旋回可能に構成された」車両又は「ドローン」であるのに対し、引用発明は、そのようなものであるか明らかでなく・・・(略)・・・』
『ウ(ア) 本件審決は・・・(略)・・・次のとおり、上記相違点について容易想到性の判断をした。
「エンジンと電動機とエネルギー貯蔵装置とを備えたビークルの技術分野において、『エンジンと発電用電動機とエネルギー貯蔵装置と推進用電動機とを備えたビークルが、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両であること。』は、周知の技術(…中略…以下『周知技術』という。)である。
そして、引用発明の車両について、引用文献1において該車両をさらに具体的に特定する記載は見当たらないが、周知技術のリーン姿勢で旋回可能に構成された車両を特段排除するものとまでは認められず、周知技術のリーン姿勢で旋回可能に構成された車両及びそのエネルギー貯蔵装置は一般的に小型であってそれに伴うエネルギー貯蔵装置から供給可能な電力が低いという状態は引用発明のバッテリ温度が低下した場合と共通する課題を内在するものともいえ、さらには、エネルギー貯蔵装置に限らず小型化及び軽量化はごく一般的な課題であって引用発
明にも当然に要請される内在する課題でもあって(例えば、引用文献1の【従来の技術】に関する段落【0003】の『バッテリの容量及び重量を低減できる』なる記載を参照。)、一般的にエネルギー貯蔵装置が小型である周知技術のリーン姿勢で旋回可能に構成された車両における課題とも共通するともいえることから、引用発明の車両(ビークル)を、周知技術を考慮に入れて、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両とすることに格別の困難性は認められない。
また、ビークルがドローンであることについても、ドローンは、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両と同様に一般的に小型でエネルギー貯蔵装置も小型であることから、同様に、引用発明の車両(ビークル)を、ドローンとすることに格別の困難性は認められない。』

[裁判所の判断]
『ウ(ア)本件審決が、引用発明の車両を「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」とすることに格別の困難性が認められないと判断した根拠となる理由(課題の共通性)について』
『上記説示内容が、引用発明の車両をリーン姿勢で旋回可能に構成された車両とすることに格別の困難性が認められないとの判断の根拠となる理由について、本件審決は明確に示していないが、上記の説示によれば、引用発明が解決する課題と、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両が一般的に有する課題が共通することから、当業者において、引用発明の車両をリーン姿勢で旋回可能に構成された車両とする動機付けがあるとの趣旨であると解される。
(イ)引用発明の課題について
引用文献には、「エンジンを低回転かつ高負荷で運転すると、エンジンの余裕トルクが小さくなるため、エンジンの応答性、更には発電機の応答性が低下し、車両の急加速時や補機負荷の急増時に必要な電力を発電機から電動機に供給できない状況が生じる」(段落【0006】)、「このような状況であっても、不足電力分をバッテリから供給できれば加速応答性を損なわない良好な運転性を実現できるのであるが、バッテリ温度が低いとバッテリから供給可能な電力が小さくなって上記加速に必要な電力を供給できず、加速不良を生じてしまう。」(段落【0007】)、「本発明は、上記技術的課題を鑑みてなされたものであり、バッテリの温度が低いときに、バッテリから加速に必要な電力を供給できなくなるのを防止し、良好な加速応答性を確保することである。」(段落【0008】)、「蓄電装置の最大出力は蓄電装置の温度によって決まり、上記不足電力がこの最大出力を上回ると蓄電装置より十分な電力が供給できず、加速不良の原因となってしまうが、本発明を適用することにより、蓄電装置温度が低く最大出力が小さいときは発電出力の応答が早められ、発電出力の応答遅れによる不足電力が常に蓄電装置の最大出力以下に抑えられる。これにより、加速に必要な電力を蓄電装置から十分に補うことができないことによる加速不良が防止され良好な加速応答性を確保することができる。」(段落【0014】)との記載がある(別紙「引用文献の記載」)。
引用文献の上記各記載によれば、引用発明は、バッテリの温度が低いときに、バッテリから供給できる電力が小さいという課題を解決するものであると認められる。』
『(ウ)「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」が有する課題、及び引用発明の課題との共通性の有無について
本件審決における上記(ア)の説示内容のうち、まず、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両及びそのエネルギー貯蔵装置は一般的に小型」であることについては、その根拠が示されておらず、これを裏付ける証拠が本件で提出されていることもない。
また、仮に、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両及びそのエネルギー貯蔵装置は一般的に小型」であるといえるとしても、車両に備わるエネルギー貯蔵装置(バッテリ)が小さい場合に、当該エネルギー貯蔵装置から供給可能な電力が低いと認めるに足りる証拠はない。電力とは「電流による単位時間当たりの仕事」を意味するところ(広辞苑第七版)、バッテリが小さい場合に、当該バッテリから供給可能な電力の総量が小さいといえたとしても、このことは、当該バッテリがある時点において供給する電力が低いことを直ちに意味するものではない。
そうすると、上記(イ)のとおり、引用発明は、バッテリの温度が低いときに、バッテリから供給できる電力が小さいという課題を解決するものであるところ、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」について、エネルギー貯蔵装置(バッテリ)から供給可能な電力が低いとの課題が一般的に存在すると認めるに足りないから、引用発明が解決する課題と、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」が一般的に有する課題が共通するとはいえない。したがって、引用発明の課題と、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」が一般的に有する課題が共通するために、当業者において、引用発明の車両を「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」とする動機付けがあると認めることもできない。』
『さらに、本件審決は、本件容易想到性判断部分において、「エンジンと発電用電動機とエネルギー貯蔵装置と推進用電動機とを備えたビークルが、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両であること」を周知の技術(本件周知技術)と認定するが、ドローンが「エンジンと発電用電動機とエネルギー貯蔵装置と推進用電動機とを備えた」ものであることを認めるに足りる証拠を示していないし、本件容易想到性判断部分において、引用発明の車両をドローンとすることにつき格別の困難性は認められないと判断する根拠として、ドローンについて「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両と同様に一般的に小型でエネルギー貯蔵装置も小型であること」を挙げるが、これを認めるに足りる証拠を示していない。』

[コメント]
本件請求項において制御内容が「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」と結びついてる記載がない。この場合に、審決の判断について、一般的な判断であれば、相違点が車両の種類であるところ、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」が周知技術であれば、「エンジンと発電用電動機とエネルギー貯蔵装置と推進用電動機とを備えた」という点が共通するとして動機付けがあるとして進歩性が無いと判断することを試みると考える。ところが、審決の判断は、引用文献1の課題「バッテリの温度が低いときにバッテリから供給できる電力が小さい」から、「バッテリの温度が低いこと」を省略して、ただ単に「バッテリから供給できる電力が小さい場合」と課題をわざわざ上位概念化した。審決は、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両の一般的な課題である「小型化」が引用文献1の課題と共通しているとして、引用発明の車両をリーン姿勢で旋回可能に構成された車両とする動機付けがあると判断した。筆者には、動機付けを認定するために課題を無理やり認定したように感じられる。
これに対し、裁判所は、バッテリが小さい場合にバッテリから供給可能な電力が小さいと認める証拠がないとし、さらに、バッテリの電力の総量が小さいとしても、バッテリのある時点における供給可能な電力が小さい(すなわち、バッテリ残量が少ない)とは言えないと認定しており、この判断に同意できる。
審決では、引用文献1の課題のうち「バッテリの温度が低いとき」を無くして上位概念化しており、判決では課題の上位概念化を指摘したうえで、更に課題を上位概念化したとしても上位概念化した課題が共通するとはいえないと判断しており、一般的な判断とは離れた判断手法をとった審決が取り消された点については、妥当な結論であると考えられる。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

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