IP case studies判例研究

令和6年(ネ)第10041号「携帯電話、Rバッジ、受信装置」事件

名称:「携帯電話、Rバッジ、受信装置」事件
特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和6年(ネ)第10041号 判決日:令和7年5月8日
判決:控訴棄却
特許法29条2項
キーワード:サブコンビネーション発明の要旨認定
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/075/094075_hanrei.pdf

[概要]
本件訂正発明における他のサブコンビネーションに関する「請求項4記載の携帯電話」との事項は、「受信装置」の発明である本件訂正発明を特定するための意味を有しないため、本件訂正発明の要旨認定において除外して認定することが相当であるとし、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと判断された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
RFIDインターフェースを有する携帯電話であって、当該携帯電話のスイッチを押すことで生成されるトリガ信号を、当該携帯電話の所有者が第三者による閲覧や使用を制限し、保護することを希望する被保護情報に対するアクセス要求として受け付ける受付手段と、前記トリガ信号に応答して、RFIDインターフェースを有するRバッジに対して当該Rバッジの製造時に書き込まれた書換不可能な識別情報であってRバッジを一意に識別できる識別情報を要求する要求信号を送信する送信手段と、前記Rバッジより前記識別情報を受け取って、該受け取った識別情報と当該携帯電話に予め記録してある識別情報との比較を行う比較手段と、前記比較手段による比較結果に応じて前記受付手段で受け付けた前記アクセス要求を許可または禁止するアクセス制御手段とを備え、前記アクセス制御手段は、当該比較手段で前記アクセス要求を許可するという比較結果が得られた場合は、前記アクセス要求が許可されてから所定時間が経過する前に前記被保護情報へのアクセスがなされた場合には当該アクセスを許可し、前記所定時間が経過した後に前記被保護情報へのアクセスがなされた場合には当該アクセスを禁止することを特徴とする携帯電話。
【請求項4】
前記新たな機能はプリペイドカード、キャッシュカード、デビッドカード、クレジットカード、電子マネー、アミューズメント施設のチケット、公共施設のチケットのうち少なくとも1つであって、それらの中から1つが選択され得ることを特徴とする請求項3記載の携帯電話。
【請求項5】(本件訂正発明)
J’ 請求項4記載の携帯電話との間で送受信するためのRFIDインターフェースを有する受信装置であって、
K’ 当該受信装置に設けられた読み取りスイッチの押下によって、前記選択した1つの新たな機能に対応する個別情報の発信要求を当該受信装置に近づけられた前記携帯電話に発信する発信手段と、
L 前記携帯電話から受信した個別情報が要求した個別情報であるか否かを判断する判断手段とを有し、
M’ 前記判断手段で前記受信した個別情報が前記要求した個別情報であると判断されたときに、前記携帯電話との間で処理を行う
N ことを特徴とする受信装置。

[主な争点]
乙33文献を主引用例とする進歩性欠如(争点3-17)

[裁判所の判断]
争点3-17(本件訂正発明に係る無効の抗弁の成否・乙33文献を主引用例とする進歩性欠如)について
『(3) 本件訂正発明の要旨認定
本件訂正発明は、携帯端末と受信装置とで構成される個別情報システムという全体装置の発明における「受信装置」の発明であり、いわゆるサブコンビネーションの発明である。サブコンビネーション発明においては、請求項中に記載された他のサブコンビネーションに関する事項が、形状、構造、構成要素、組成、作用、機能、性質、特性、行為又は動作、用途等(以下「構造、機能等」という。)の観点から当該請求項に係る発明の特定にどのような意味を有するかを把握し、発明の技術的範囲を画する必要があるところ、他のサブコンビネーションに関する事項が、当該他のサブコンビネーションに係る装置のみを特定する事項であって、当該請求項に係る装置の構造、機能等を何ら特定していない場合には、他のサブコンビネーションに関する事項は当該請求項に係る発明を特定するために意味を有しないといえる。
そこで本件訂正発明について検討するに、本件訂正発明は、請求項4記載の携帯電話との間で送受信するためのRFIDインターフェイスを有する受信装置に関する発明とされ(構成要件J’)、請求項4記載の携帯電話は、同項の記載のほか、請求項1及び3の記載によって特定されている。しかしながら、請求項1、3及び4の記載は、いずれも携帯電話の構造、機能等を特定するものであって、「受信装置」の構造、機能等を特定するものではない。
そうすると、本件訂正発明における他のサブコンビネーションに関する事項である「請求項4記載の携帯電話」との事項は、「受信装置」の発明である本件訂正発明を特定するための意味を有しないといえる。したがって、本件訂正発明の要旨認定においては、「請求項4記載の(携帯電話)」との事項は除外して認定することが相当である。
・・・(略)・・・
(5) 一致点及び相違点について
以上によれば、本件訂正発明と乙33発明は以下の点で相違し、その余の点で一致するものと認められる。
(相違点)
本件訂正発明では、「携帯電話」との間で個別情報を要求・受信し、処理を行うのに対し、乙33発明では、「カード」との間で行う点。
(6) 当業者は相違点に係る本件訂正発明の構成を容易に想到できることについて
そこで上記相違点について検討すると、銀行業務、輸送、加入者、医療、IDなどに関する多くの情報を転送する媒体であるスマートカード(ICカードに相当)の機能を内蔵するセルラ電話(携帯電話)と、ATMトランザクションを実行するためのRFカード・リーダーや販売トランザクションを実行するためのPOSシステム等の外部リーダーとの間で、RFインターフェースを用いてスマートカードからのデータ、すなわち「個別情報」を通信する技術は、発明の名称を「セルラ電話で用いるための非接触型スマートカード」とする発明の特許出願に係る公開特許公報である乙24文献(出願公開日は平成10年4月14日)に記載された公知の発明である。また、個別情報の通信を、ICカードに代えて携帯電話との無線通信で行う技術は、本件優先日(平成13年4月17日)当時において、当業者の周知技術であった(乙7、12~15)。そして、乙33発明と乙24発明及び上記周知技術は、いずれも個別情報の通信技術である点で共通するから、乙33発明において乙24発明又は上記周知技術を適用する動機付けがあるといえる。
そうすると、乙33発明に乙24発明又は周知技術を適用し、個別情報の通信を「カード」に代えて「携帯電話」との間で行うものとすること、すなわち上記相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるといえる。
(7) 控訴人らの主張に対して
ア これに対し、控訴人らは、乙33文献においては、「携帯電話」について何ら開示も示唆もしていないと主張するが、上記のとおり、乙33発明に乙24発明又は周知技術を適用し、個別情報の通信を「カード」に代えて「携帯電話」との間で行うものとすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
イ また、控訴人らは、本件訂正発明に記載の「読み取りスイッチ」が、「選択した1つの新たな機能に対応する個別情報の発信要求」を発信するためのものであるとして、乙33文献に記載された「リクエストスイッチ」(第1識別情報を読み出すために第1のリクエスト信号を送出するためのスイッチ)との違いを主張する。
しかし、上記のとおり、本件訂正発明における「請求項4記載の携帯電話」との記載事項は、「携帯電話」を特定する事項であって、「受信装置」の発明である本件訂正発明を特定するための意味を有しない。
そして、上記のとおり、乙33発明における「リクエストスイッチ」は「第1のリクエスト信号」を発信するためのものであり、「第1のリクエスト信号」は「カード」に対し「第1識別信号」(本件の「個別情報」に相当。)の発信を要求する信号であるから、本件訂正発明における「読み取りスイッチ」と乙33発明における「リクエストスイッチ」は、「個別情報の発信要求」をするためのものである点で一致する。
他方で、本件訂正明細書には、携帯電話において新たなカード機能を選択することについての記載(【0089】、【0092】)しかみられず、携帯電話で選択された機能に対応する機能を受信装置において選択すること自体については特に記載がない。すなわち、携帯電話と受信装置の選択を連動させることや、そのための技術的手段について特に説明されていないのであって、「選択した1つの新たな機能に対応する」との事項は、本件の携帯電話において「個別情報」の構成を特定するものであるとしても、受信装置において「個別情報」の構成を特定するものとはいえない。結局、受信装置の発明である本件訂正発明において、「選択した1つの新たな機能に対応する個別情報」と単なる「個別情報」とは、構成上の差異を有さない。
したがって、乙33発明における「リクエストスイッチ」は、受信装置において「個別情報の発信要求」をするものであり、本件訂正発明における「読み取りスイッチ」に相当するものといえるから、控訴人らの上記主張は採用できない。
ウ さらに、控訴人らは、訂正後の請求項5の「個別情報」が、「複数種類の複数のカード類から選択した1つのカードの種別を示す識別情報」であると主張する。
しかし、上記同様に、本件訂正発明における「請求項4記載の携帯電話」との記載事項は、「受信装置」の発明である本件訂正発明を特定するための意味を有さず、本件訂正発明において、「個別情報」が「複数種類の複数のカード類から選択した1つのカードの種別を示す識別情報」であることが特定されているとは認められない。また、「個別情報」の定義は本件訂正明細書に明記されておらず、「複数種類の複数のカード類から選択した」情報であるか否かは、読み取られるカード情報自体に影響を与える事項とはいえないから、控訴人らの主張する「個別情報」の定義のうち、情報自体を定義する事項として意味がある事項は、「カードの種別を示す識別情報」という点だけである。しかし、本件訂正発明(受信装置)の動作において、要求したとおりの「個別情報」(カードの種別を示す識別情報)を受信した後に実行される「処理」の具体的内容も本件訂正明細書においては特定されておらず、受信した情報が「カードの種別を示す識別情報」でなければその後の処理を実行できないと解される特段の事情もうかがえない。そうすると、本件訂正発明における「個別情報」を「カードの種別を示す識別情報」と限定解釈する根拠を、本件訂正明細書から見出すこともできない。
したがって、上記控訴人らの主張は、本件訂正発明及び本件訂正明細書に裏付けられたものではなく、採用し得ない。
(8) 小括
よって、本件訂正発明は、当業者が乙33発明に基づいて容易に発明をすることできたと認められるから、進歩性を欠いており、当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものである(特許法123条1項2号、29条2項)。』

[コメント]
本件訂正発明は、携帯端末と受信装置とで構成される個別情報システムという全体装置の発明における「受信装置」の発明であり、いわゆるサブコンビネーションの発明に該当する。
裁判所は、『サブコンビネーション発明においては、請求項中に記載された他のサブコンビネーションに関する事項が、形状、構造、構成要素、組成、作用、機能、性質、特性、行為又は動作、用途等(以下「構造、機能等」という。)の観点から当該請求項に係る発明の特定にどのような意味を有するかを把握し、発明の技術的範囲を画する必要があるところ、他のサブコンビネーションに関する事項が、当該他のサブコンビネーションに係る装置のみを特定する事項であって、当該請求項に係る装置の構造、機能等を何ら特定していない場合には、他のサブコンビネーションに関する事項は当該請求項に係る発明を特定するために意味を有しないといえる。』と述べている。これは、「特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」に記載されたサブコンビネーション発明の要旨認定の手法の通りである。
裁判所は、上記の要旨認定の手法に従い、本件訂正発明は、請求項4記載の携帯電話との間で送受信するためのRFIDインターフェースを有する「受信装置」に関する発明であるが、請求項4及び請求項4が引用する請求項1,3の記載は、いずれも携帯電話の構造、機能等を特定するものであって、「受信装置」の構造、機能等を特定するものではないため、本件訂正発明における他のサブコンビネーションに関する事項である「請求項4記載の携帯電話」との事項は、「受信装置」の発明である本件訂正発明を特定するための意味を有しないといえ、本件訂正発明の要旨認定においては、「請求項4記載の(携帯電話)」との事項は除外して認定することが相当である、と判断した。
控訴人らは、本件訂正発明に記載の「読み取りスイッチ」が、「選択した1つの新たな機能に対応する個別情報の発信要求」を携帯電話に発信するためのものであるとして、引用例の「リクエストスイッチ」との違いを主張した。
これに対し、裁判所は、本件訂正明細書には、携帯電話で選択された機能に対応する機能を受信装置において選択すること自体には記載がなく、携帯電話と受信装置を連動させることや、そのための技術的手段について特に説明されていない、として、「選択した1つの新たな機能に対応する」との事項は、本件の携帯電話において「個別情報」の構成を特定するものであるとしても、受信装置において「個別情報」の構成を特定するものとはいえない、と判断した。
本件訂正明細書の記載によれば、受信装置は、あくまで「個別情報」の発信要求を携帯電話に発信するだけであって、その個別情報が、「前記選択した1つの新たな機能に対応する」ものか否かによって異なる発信要求を発信するものではないようである。そのため、「前記選択した1つの新たな機能に対応する」との事項は、受信装置の発明を特定するための意味を有しないとされた判断は妥当と思われる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

令和6年(ネ)第10041号「携帯電話、Rバッジ、受信装置」事件

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