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令和7年(行ケ)第10043号「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」事件

名称:「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和7年(行ケ)第10043号 判決日:令和8年3月26日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性(相違点の判断)、選択発明
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95832.pdf

[概要]
相違点1について、直ちに容易想到であり進歩性を欠くとした本件審決の判断には前提に誤りがあり、本願発明の効果についての判断も、その内容は当業者の通常の理解に反して判断をした点に誤りがあり、しかも、本願発明の効果の予測性・顕著性について実質的にその判断そのものを欠いている点にも誤りがあり、これらの誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるとの理由により、本件審決を取り消した事例。

[事件の経緯]
原告は、名称を「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」とする発明につき特許出願(特願2019-201113号。本願)をしたが、拒絶査定(本件拒絶査定)を受け、不服の審判請求をした。これに対し特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をしたので、原告は、本件訴訟を提起した。
知財高裁は審決を取り消した。

[本願発明]
[請求項1]
「(A)活性エネルギー線硬化性樹脂 100質量部;及び、(B)希土類燐酸塩微粒子 0.1~50質量部;を含むプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料。」

[主な取消事由]
取消事由3(相違点の容易想到性判断の誤り)及び取消事由4(予測できない顕著な効果の判断の誤り)

[裁判所の判断]
取消事由3(相違点の容易想到性判断の誤り)及び取消事由4(予測できない顕著な効果の判断の誤り)について
『原告は、取消事由3として相違点の容易想到性判断の誤りを、取消事由4として予測できない顕著な効果の判断の誤りを主張するところ、これらは本願発明の進歩性判断の前提として相互に関連することから、以下これらを併せ、本件審決における本願発明の進歩性判断の是非について検討する。
(1)周知技術1の認定について
本件審決は、相違点1に係る構成の容易想到性の判断に当たり、引用文献2、3に基づき周知技術1を認定したところ、原告はその認定を争い、被告は本件訴訟において周知技術を認定する書証として乙12、15ないし19を提出するので、本件審決の周知技術1の認定について検討する。・・・
・・・そうすると、これら本件審決における引用文献及び本件訴訟における周知技術の立証に係る被告提出の書証によっても、甲2、3、乙12、15ないし19に基づき認定できる周知技術(技術的事項)は、透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として、本件審決が周知技術1として認定した、活性エネルギー線硬化性樹脂である「電離放射線硬化樹脂や紫外線硬化樹脂」のみではなく、「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られている、ということであるといえる。』
『(3)上記を前提として、本願発明と引用発明とを対比すると、前記のとおり、本件審決が認定した引用発明の内容には誤りがない(前記3(1)及び4(1)))から、本願発明と引用発明とを対比すると、本件審決が認定したとおりの一致点及び相違点1が存するものと認められる(ただし、一致点に係る内容は、配合比を含まず、樹脂及び希土類燐酸塩微粒子を含むプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料の発明である点で一致すると認めるのが相当であり、相違点に係る内容は、樹脂の硬化・軟化特性ではなく、樹脂の種類と認めるのが相当であり、相違点1は、「本願発明においては、樹脂が『活性エネルギー線硬化性樹脂』であるのに対して、引用発明においては樹脂の種類が特定されていない点。」とするのがより相当であるものと解されるが、この点は直ちに結論に影響を与えるものではない。)。
(4)ここで、本願発明と引用発明との相違点1が上記(3)のとおりであり、その余の相違点である相違点2について容易想到(設計事項)とする本件審決の判断には誤りがなく(当事者間に争いがない)、かつ、上記(2)のとおり、本願の優先日当時の技術常識として、透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として、「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られていたものとすると、本願発明は、いわゆる選択発明である可能性があることに加え、その相違点1が、後掲(7)の本願発明の効果に関連した構成要件に係るものであることを考慮すると、本願発明の相違点1の容易想到性の判断に際しては、いわゆる選択発明における判断手法が妥当する可能性がある。』
『そうすると、引用発明の樹脂として、引用文献1には、活性エネルギー線硬化性樹脂に関する記載も示唆もないため、この点につき先行する発明が記載された引用文献1に具体的に開示されていない本件において、活性エネルギー線硬化性樹脂を採用する動機付けがある、すなわち先行技術に基づき容易にその存在を認識し採用可能性があるとすることはできない。
(6)上記(2)で本件審決が認定した周知技術1に関して検討したとおり、透明スクリーンに散乱性粒子とともに含まれる樹脂の種類として、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂及び活性エネルギー線硬化性樹脂は知られているといえる。しかし、その活性エネルギー線硬化性樹脂は、選択肢の一つとして知られているにとどまり、活性エネルギー線硬化性樹脂が、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂と比べて好適であるとか、上記樹脂として熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂ではなく活性エネルギー線硬化性樹脂が選択されることが一般的であるなど、その周知の選択肢群のなかから、活性エネルギー線硬化性樹脂を積極的あるいは優先的に選択すべき事情のあることまでは、知られていたとはいえない。
そうすると、引用発明における樹脂として、活性エネルギー線硬化性樹脂を選択しようとする動機付けは、上記周知技術から導き出されるとはいえないし、最適又は好適なものとしての選択ということもできない。
(7)上記(4)ないし(6)によれば、本願の優先日当時、透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られていたものの、引用発明及び周知技術によっては、このうち活性エネルギー線硬化性樹脂を採用する動機付けがあったとは認められないところ、本願発明が、このうちの活性エネルギー線硬化性樹脂(成分(A))を採用することにより、仮に、先行発明を記載した刊行物(引用文献1)に開示されていない顕著な効果、すなわち、先行発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合には先行発明とは独立した別個の発明として特許性が認められる余地があるものというべきである。』
『しかし、これらの各証拠に示された技術常識(技術常識1)は、いずれも専ら活性エネルギー線硬化性樹脂について述べることに特化したものであり、その長所・短所や光学用途が示されているからといって、透明スクリーン用途として、一般に知られた他の種類の樹脂ではなく、特に活性エネルギー線硬化性樹脂を用いることが技術常識であることを示すものではなく、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂と同列に並べられた選択肢として周知の活性エネルギー線硬化性樹脂を、特に選び出すことを自然に動機付けるものであるともいえない。本件審決は、技術常識1に示された、短時間で硬化する、無溶剤型にできるといった特徴が、活性エネルギー線硬化樹脂を本願のプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料に適用することを動機付ける理由を具体的に示しておらず、これを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、本件審決は、技術常識1を示し、相違点1に係る構成の容易想到性についての動機付けの根拠とするところ、上記検討のとおり、技術常識1は、特に活性エネルギー線硬化性樹脂を選択させるような動機付けとなるものではなく、容易にその存在を認識し好適材料として選択し得るものでもないから、この点から、本願発明を、直ちに進歩性を欠くものと判断することはできないというべきである。
(9)そうすると、本願発明の進歩性判断に当たっては、引用文献1に開示されていない顕著な効果、すなわち、先行発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏するか否かの検討が必要となるところ、本件審決は、本願発明について請求人である原告の主張する顕著な効果の有無についても検討して判断しており、原告は、その判断の誤りを取消事由4として主張するので、以下、本願発明の効果について検討する。
本件審決は、本願明細書等に記載された実験例の例1ないし5の間での拡散率及び視野角(以下「光散乱性効果」ともいう。)の違いは、光散乱体と周りの樹脂との屈折率差が大きいほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい(本件審決は「屈折率が高いほど」(30頁3行目)とするが、「屈折率差が大きいほど」の誤記であると認める。)という一般常識に基づく理論どおりであって、当業者が容易に推察できる(以下、この審決のとる理論を、「屈折率差理論」という。)もので、その実験結果は何ら驚くべきことでなく当業者が予測困難な効果ではないと判断した。
しかし、これは、本願発明の奏する効果について、本願発明がいわゆる選択発明として特許性が認められるか否かとの観点から、本願発明は、引用発明によって奏される効果とは異質の効果を奏するのか、あるいは、同質の効果であるが際立って優れた効果を奏するのか、についての検討を行った上でその効果を評価したものではないから、判断の前提において相当でない。
その判断の内容についてみても、本願発明と同様に、樹脂及び希土類リン酸塩微粒子を含む透明スクリーンの光拡散層用塗料についての具体例を開示する引用文献1(甲1)の記載を参照すると、樹脂と希土類リン酸塩微粒子との屈折率差の大小によっては、その光散乱性能の違いを説明することができない。すなわち、引用文献1は、前記2(2)のとおり、リン酸イットリウム(段落[0053]ないし[0056])、リン酸ガドリニウム(段落[0057])、又はリン酸ランタン(段落[0058])からなる光散乱粒子を含む熱可塑性樹脂シートを製造した実施例1ないし15を開示しており、そのうち実施例1ないし5は、ポリカーボネート樹脂(段落[0054])を、実施例6ないし10はアクリル樹脂(商品名:「パラペットEH」。段落[0059]))を、実施例11ないし15はポリエチレンテレフタレート樹脂(段落[0060])を、それぞれ用いたものである。各熱可塑性樹脂の屈折率は、ポリカーボネート樹脂が1.59(甲2段落[0091]、甲19段落【0013】)、アクリル樹脂(商品名:「パラペットEH」)が1.49(甲20の物性表1の上部)、ポリエチレンテレフタレート樹脂が1.65(甲19段落【0013】)であり、小さい順にアクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂となっている。
希土類リン酸塩微粒子は樹脂よりも高屈折率であるから、光散乱体と周りの樹脂との屈折率差は、アクリル樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂の順に小さくなる。ここで、光散乱体と周りの樹脂との屈折率差が大きいほど光は散乱されやすく(ヘイズ率が大きい)、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい(ヘイズ率が小さい)という屈折率差理論によるとすれば、ヘイズ率は、アクリル樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂の順に小さくなるはずである。
ところが、引用文献1(甲1)に示された、基材樹脂の屈折率とヘイズ率(光透過性)の関係(甲1段落[0070])を見ると、基材樹脂の屈折率は、ポリエチレンテレフタレート樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂の順に小さくなり、ヘイズ率も、ポリエチレンテレフタレート樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂の順に小さくなり、基材樹脂の屈折率が大きいほど、ヘイズ率は大きくなっており、これは、本件審決のとる屈折率差理論とは逆の結果を示している。そうすると、屈折率差と光散乱性能との間の一般的な関係として、屈折率差理論が成り立ち得るとしても、引用文献1(甲1)の具体例を参照した当業者は、透明スクリーンとしての光散乱性能は、希土類リン酸塩と樹脂との屈折率差だけで説明することはできないとの理解を有していると解するのが自然である。
そうすると、本願明細書等の具体例(例1~5)における樹脂と希土類リン酸塩との組み合わせを参照した当業者は、各例における光散乱性能(ヘーズ値)を、屈折率差理論に基づいて容易に推察できるということはできない。
この点に関し被告は、引用文献1(甲1)の光散乱性(ヘイズ(%))の差異は、樹脂の透明性の違いや二次粒子の形成の有無やその程度など、他の要因の影響を考えるべきであり、屈折率差理論自体が誤りであるわけではない旨を述べるにとどまり、屈折率差理論を用いた上で、本願発明に、引用発明に比した顕著な効果があるとはいえないことを説明しているものではない。
そうすると、少なくとも、希土類燐酸塩微粒子及び樹脂を含有した光散乱体の光散乱性は、単に屈折率差理論のみにより説明できるものではないとするのが、本願優先日当時の当業者の通常の理解であると認められる。そして、本件審決が、本願発明の例1~5の構成それ自体から、屈折率差理論のみに基づき本願発明の光散乱性効果を容易に推察できると判断したのは、当業者の通常の理解に沿うものとはいえないから、その判断には誤りがある。』
『以上の検討によれば、本件審決は、相違点1について、直ちに容易想到であり進歩性を欠くとした判断には、その前提に誤りがあり、本願発明の効果についての判断も、その内容は当業者の通常の理解に反して判断をした点に誤りがあり、しかも、本願発明の効果の予測性・顕著性について実質的にその判断そのものを欠いている点にも誤りがあり、これらの誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。』

[コメント]
原告は、審査・審判過程でも、さらに訴訟過程でも、本願発明が選択発明に該当するとの主張は行っていない。一方、裁判所は、本願発明の相違点1に係る構成の容易想到性の判断に際しては、選択発明における判断手法が妥当する可能性があると判断し、そもそも本件審決の効果の予測性・顕著性について実質的にその判断手法そのものを欠いている点に誤りがあり、これらの誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかと判断した。加えて、本件審決には相違点1に係る構成の容易想到性の判断に誤りがあり、かつ本願発明の効果についての判断も、当業者の通常の理解に反して判断していると判断した。相違点1に係る構成の容易想到性および効果の判断いずれにも誤りがあるため、審決取消は妥当と言える。
特に化学系発明では選択発明に該当する発明の出願が多い。したがって、出願人側の代理人としては、先行発明に対し、本願発明が選択発明に該当するか否かを十分に検討したうえで、選択発明に該当するのであれば、先行発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する点を主張立証することを常に考慮すべきである。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

令和7年(行ケ)第10043号「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」事件

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