IP case studies判例研究

令和7年(行ケ)第10077号「電池」事件

名称:「電池」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和7年(行ケ)第10077号 判決日:令和8年7月29日
判決:請求棄却
関連条文:特許法29条1項3号、同条2項、36条6項1号
キーワード:訴えの利益、進歩性、サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-96875.pdf

[概要]
鉛蓄電池における端子構造が周知技術であっても、その構造を採用する理由が本件課題の解決にあると認めるに足りる証拠はなく、本件課題がリチウムイオン電池を含む二次電池に共通する技術的課題であると認めるに足りないことから、本件発明を容易に想到し得たとはいえないとして、審決の判断を維持した事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
蓋板を有する電池外装体と、
一端部に正極の活物質未塗工部を有し、他端部に負極の活物質未塗工部を有する発電要素と、
前記蓋板の一端部に配置された正極側の外部接続端子、及び、前記蓋板の他端部に配置された負極側の外部接続端子と、
前記電池外装体の外方に配置されるとともに前記正極側の外部接続端子に接続される正極側の端子接続部材、及び、前記電池外装体の外方に配置されるとともに前記負極側の外部接続端子に接続される負極側の端子接続部材と、
前記正極の活物質未塗工部と前記正極側の端子接続部材とを接続する正極側の集電接続板、及び、前記負極の活物質未塗工部と前記負極側の端子接続部材とを接続する負極側の集電接続板とを備え、
前記正極側の集電接続板は、
前記発電要素の正極側の端部から前記発電要素の中央方向に水平に延びるとともに前記正極側の端子接続部材と接続される正極側の本体部と、
前記正極側の本体部から突設されて、前記正極の活物質未塗工部の外側面のうちの前記正極の活物質未塗工部の端部と前記正極の活物質塗工部との間に、表面が接合される正極側の接続板部とを有し、
前記負極側の集電接続板は、
前記発電要素の負極側の端部から前記発電要素の中央方向に水平に延びるとともに前記負極側の端子接続部材と接続される負極側の本体部と、
前記負極側の本体部から突設されて、前記負極の活物質未塗工部の外側面のうちの前記負極の活物質未塗工部の端部と前記負極の活物質塗工部との間に、表面が接合される負極側の接続板部とを有する
電池。

[争点]
訴えの利益について
取消事由1 (甲1発明に基づく新規性欠如)について
取消事由2 (甲1発明に基づく進歩性欠如)について
取消事由3 (甲2発明に基づく進歩性欠如)について
取消事由4 (甲3発明に基づく進歩性欠如)について
取消事由5 (サポート要件違反)について

[裁判所の判断]
『1 訴えの利益について
(1)特許権の存続期間の満了後であっても、特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り、そのような問題を提起されるおそれのある者は、当該特許を無効にすることについて利害関係を有し、特許無効審判請求を行う利益(したがって、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかである。したがって、訴えの利益が消滅したというためには、客観的にみて、原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり、特許権の存続期間が満了し、かつ、特許権の存続期間中にされた行為について、原告に対し、損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである(知的財産高等裁判所平成28年(行ケ)第10182号、第10184号平成30年4月13日特別部判決・最高裁判所HP参照)。
(2)これを本件についてみると、本件特許権は既に存続期間満了により消滅しており(前記第2の1(2))、また、別件訴訟において被告の請求を一部認容する判決が確定しているが(同(5))、別件訴訟において対象とされた原告の製品は製品名で特定された蓄電システム13品目及び電池パック1品目であり、原告がこれら以外に本件特許権の権利行使の対象となり得る製品をその存続期間中に製造販売していた可能性を否定することはできない。そうすると、原告に対して損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存するとはいえないから、本件訴えについては訴えの利益があると認められる。
2 取消事由1(甲1発明に基づく新規性欠如)について
原告は、甲1発明における「ナット」は金属製と解するのが技術常識であり、また、本件発明1の「端子接続部材」は、請求項の文言から、外部接続端子と集電接続板に電気的に接続される部材を意味するにとどまり、本件審決のように「両者の間に配置される」などの限定を読み込む余地はないから、甲1発明の「ナット」は本件発明1の「端子接続部材」に相当すると主張する。
そこで判断すると、本件発明1の特許請求の範囲の文言(前記第2の2(1))によれば、本件発明1に係る電池の端子先端部分から活物質未塗工部までの構造は、①外部接続端子と端子接続部材、②端子接続部材と集電接続板、③集電接続板と活物質未塗工部がそれぞれ接続された構造を有していると認めることができる。そうすると、本件発明1における端子接続部材は、外部接続端子と集電接続板との間に配置され、両者に接続されているものと解するのが相当である。
他方、甲1の発明の詳細な説明の記載によれば、甲1発明の電池において、本件発明1の集電接続板に相当する部材は、外部に接続する円柱状端子部材が設けられたL字板状のアングル部材であると認められるところ(甲1【0038】、図1)、甲1発明におけるナットは、上記円柱状端子部材(外部接続端子)を天板に固定するものであり、円柱状端子部材(外部接続端子)とL字板状のアングル部材(集電接続板)との間に配置されるものではない。また、円柱状端子部材はL字板状のアングル部材に一体的に設けられており、上記ナットにより接続されているものでもない(甲1・図1)。
そうすると、本件審決が、本件発明1の端子接続部材について、外部接続端子と集電接続板との間に配置されると解釈した上で、甲1発明のナットは端子接続部材に当たらないとして、本件発明1と相違すると認定したことに誤りはない。なお、甲1発明のナットが金属製であるかどうかはこの点の判断に影響するものでない。
したがって、取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(甲1発明に基づく進歩性欠如)について
(1)証拠(甲5~8、16、17)及び弁論の全趣旨によれば、本件審決が認定するとおり、発電素子を構成する極板群が直接又はストラップを介して接続される円柱状の極柱が蓋を貫通し、貫通した当該極柱の一部を導電部材に接続するとともに、当該導電部材に外部出力用のボルトを設けた端子構造(以下「本件構造」という。)は、鉛蓄電池において、周知の技術であったと認められる。
原告は、本件構造は外部接続端子に回転トルクが加わった際に内部の電極接続部が破損することを防止するという技術的課題(以下「本件課題」という。)に対する解決手段であり、本件課題はリチウムイオン電池を含む二次電池一般に共通するものであるから、甲1発明に本件構造を適用することは容易である旨主張するものである。
(2)そこで判断すると、原告が、本件構造が本件課題の解決手段として採用されているとする根拠として挙げる文献(甲5~8、14~18、77、78)のうち、「バッテリー端子プロテクター」の発明(甲5)、「密閉型鉛蓄電池」の発明(甲17)及び「蓄電池端子部」の実用新案(甲78)に係る公報等には、本件課題の説明があり、また、これらはいずれも本件構造を有していると認められるものの、本件課題を解決する手段としては、回転を防ぐ突起部を設ける構造、溶接部の位置を変更すること及び凸起を設けて凹陥部に嵌合させることがそれぞれ提示されており、本件課題を解決する手段として本件構造が採用されているわけではない。また、「破損防止構成を有する蓄電池」の発明(甲14)及び「電気二重層キャパシタ」の発明(甲15)に係る公開公報には、本件課題の説明があるが、その解決手段としては、それぞれ突起部又は係止板によって回転を防ぐ構造が提示されており、本件構造は提示されていない。さらに、「鉛蓄電池用端子」の発明(甲6)、「鉛蓄電池」の発明(甲7、8、16)及び「蓄電池」の実用新案(甲77)においては、いずれも本件構造を有しているが、本件課題の記載はなく、本件構造を採用した理由は明らかではない。
(3)上記(2)によれば、鉛蓄電池において本件構造を採用することは周知技術であったと認めることはできるものの、本件構造を採用する理由が本件課題の解決にあると認めるに足りる証拠はない。また、本件課題がリチウムイオン電池を含む二次電池に共通する技術的課題であると認めるに足りない。したがって、原告の前記主張を採用することはできない。
(4)以上によれば、本件発明1及び本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明3ないし5は、当業者が甲1発明に本件構造を採用して容易に発明することができたものではないから、取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(甲2発明に基づく進歩性欠如)及び取消事由4(甲3発明に基づく進歩性欠如)について
原告は、取消事由2についてと同様の理由により、甲2発明又は甲3発明に本件構造を採用して本件発明とすることは容易であった旨主張する。しかし、取消事由2について説示したのと同様の理由により原告の主張を採用することはできない。
5 取消事由5(サポート要件違反)について
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される。
これを本件についてみると、前記第2の2(2)イのとおり、本件明細書には、①従来の非水電解質二次電池には、集電接続板を横置きの発電要素の正極や負極における直線部の垂直になって重なり合った部分に沿わせて接続するために、波板状の複雑な形状の板材を組み合わせたり、端子にも接続し難い形状にならざるを得ないため、作製が困難になる、②集電接続板は、電流容量を高めるために、波板状の部分の板厚もある程度厚くする必要があり、薄いアルミニウム箔や銅箔を挟み込んで超音波溶接を行っても十分に溶着させることができない、③集電接続板は、2個の発電要素ごとに幾重にも重なり合ったアルミニウム箔や銅箔を波板状の各凹部に同時に挿入して挟み込む必要があり、この組み立て時の作業性が悪くなるという問題があったことが記載されている。そうすると、本件発明の課題は、本件審決が認定したとおり(前記第2の3(5))、これらの問題を解決し、作製を容易にすることができる電池を提供することにあると認められる。
そして、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成のうちどの部分が上記①~③の各問題に対応するかについて発明の詳細な説明に明示的な記載はないものの、本件発明の具体的構成と各問題を対比すれば、上記①の問題については、集電接続板の本体部を中央方向に水平に延びる構成とし、外部接続端子及び端子接続部材を別に設ける構成や、本体部から突設された接続板部の表面が活物質未塗工部に接合される構成を採用することにより、上記②及び③の問題については、本体部から突設された接続板分の表面が活物質未塗工部に接合される構成を採用することにより解決できることを認識し得るものと解される。
したがって、サポート要件違反をいう取消事由5は理由がない。』

[コメント]
訴えの利益に関する判断は、知的財産高等裁判所平成28年(行ケ)第10182号、第10184号平成30年4月13日特別部判決において判示された内容に則したものであることが確認される。なお、結論の妥当性は別として、訴えの利益は存在しないとの被告の主張に対し、被告の主張立証が十分でなかった、とするのではなく、根拠もなくあえて原告による更なる侵害の可能性を示唆するように、別件訴訟において対象とされた製品以外の本件特許権の権利行使の対象となり得る製品をその存続期間中に原告が製造販売していた可能性を否定することはできない、としている点は、説明として若干の違和感を覚えるところであった。
新規性、進歩性に関する判断は、数多くの証拠物件を適切に分類し、各種蓄電池の特徴や課題等を整理してなされており、審決、及び裁判所の判断ともに妥当であると考える。

以上
(担当弁理士:植田 亨)

令和7年(行ケ)第10077号「電池」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ