IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和8年(ネ)第10023号「電気コーヒーメーカー」事件
名称:「電気コーヒーメーカー」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和8年(ネ)第10023号 判決日:令和8年8月27日
判決:控訴棄却
特許法70条
キーワード:構成要件充足性、均等侵害、第5要件(意識的除外)
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-96986.pdf
[概要]
本件発明1については、被告製品は本件発明1の構成要件D-1を充足しないと判断され、本件発明2については、被告製品の構成は出願審査経過に照らすと本件発明2の技術的範囲から意識的に除外されたものとみるのが相当であるとして均等侵害が否定され、侵害を否定した原判決に対する控訴が棄却された事例。
[特許請求の範囲]
[本件発明1]
A-1 水タンクとボイラーの間に配置した電動ポンプと、湯を容易に自然落下させるために上位から下位へ鉛直的に前記ボイラーとドリッパーとコーヒーカップを配置し、
B-1 ボイラーと前記ドリッパーの間に配置した電磁弁Aと、ボイラーと前記コーヒーカップの間に配置した電磁弁Bを有した構成であって、
C-1 前記電動ポンプの作動時間を制御することによって淹れたいコーヒーの分量だけの水量をボイラーへ給水して保持することができるものであって、
D-1 ボイラーで沸かした湯はスチームが発生する前に湯温度が90~100℃に達したときにヒータをOFFしてスチーム圧力を発生させない、
E-1 次に蒸らしを行うために最初に前記電磁弁Aを開いて「開」時間を制御することによって給湯口Aからドリッパーへ蒸らしに必要な湯量を給湯したあと電磁弁Aを閉じて蒸らし行程に入る、
F-1 蒸らし時間が終了したとき電磁弁Aは再び開いてドリッパーへ給湯してコーヒーをコーヒーカップにドリップする、
G-1 このときドリップする分量は電磁弁Aの「開」時間を制御して淹れたいコーヒー分量の30~70%になったとき閉じて濃いコーヒーを淹れる、
H-1 次に前記電磁弁Bを開いて「開」時間を制御することによってボイラーの湯を給湯口Bから直接コーヒーカップに給湯して淹れたい分量のコーヒーを淹れるコーヒーメーカーであって、
I-1 以上のコーヒー淹れ方行程が完了したときボイラーに残湯が残っていないことを特徴とする、
J-1 このようなコーヒーの淹れ方行程を制御する制御回路を備えたドリップ式電気コーヒーメーカー。
[本件発明2]
A-2 水タンクとボイラーの間に配置した電動ポンプと、湯を容易に自然落下させるために上位から下位へ鉛直的にボイラーとドリッパーとコーヒーカップを配置し、
B-2 ボイラーとドリッパーの間に配置した電磁弁Aと、ボイラーとコーヒーカップの間に配置した電磁弁Bを有して、
C-2 電動ポンプの作動時間を制御することによって淹れたいコーヒー分量に必要な水量をボイラーに給水して保持して湯沸かしすることができる、
D-2 次に沸かした湯は最初に蒸らしを行うために電磁弁Aを開いて「開」時間を制御することによって給湯口Aからドリッパーへ蒸らしに必要な湯量を給湯したあと電磁弁Aを閉じて蒸らし行程に入る、
E-2 次に蒸らし時間が終了したとき電磁弁Aは再び開いてドリッパーへ給湯してコーヒーをコーヒーカップにドリップする、
F-2 このとき電磁弁Aの「開」時間を制御してドリップする分量が淹れたいコーヒー分量の30~70%になったとき閉じて濃いコーヒーを淹れる、
G-2 次に電磁弁Bを開いて「開」時間を制御することによってボイラーの湯を給湯口Bから直接コーヒーカップに給湯して淹れたい分量のコーヒーを淹れることができるものに於いて、
H-2 ボイラーはヒータを内蔵してボイラー容器の中空に吊り下げ、ボイラー容器の底面に給湯孔Aと給湯孔Bを設ける、
I-2 ボイラーの容積は1コーヒーカップの淹れたいコーヒー分量に必要な容積として、コーヒーの淹れ方行程が完了したとき残湯が残らないようにする、
J-2 またボイラーへ給水するときや湯沸かしするときにボイラー内に圧力が発生しないようにボイラー容器の上部に通気のための排気孔を設ける、
K-2 また排気孔はボイラーの湯が自然落下によって給湯されるときに吸気してボイラー内が負圧になることを防止する、
L-2 さらに排気孔は排気管に連接されて器体の外郭に設けた排気口に導かれる構成を特徴とする、
M-2 家庭用のドリップ式の電気コーヒーメーカー。
[主な争点]
(1) 被告製品が本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)
イ 構成要件D-1を充足するか(争点1-2)
(2) 被告製品が本件発明2の技術的範囲に属するか(争点2)
オ 被告製品は、本件発明2と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2-6)
[原判決]
1.構成要件D-1を充足するか(争点1-2)について
原告は、①標高892m、気圧915hPaの氷ノ山キャンプ場で実験を行い、被告製品はボイラー内の湯温度が97℃に達したときにヒータがOFFになっていること、②被告製品に用いられているサーミスタがボイラー内のサーミスタ温度が97℃を検知した時点でヒータをOFFとする仕様となっている。サーミスタの検知温度を前提とする湯温度の理論値について、公式を用いて算出すれば、被告製品はボイラー内の湯温度が90℃から100℃の温度に達した時点でヒータがOFFとなること、を主張した。
しかしながら、原判決では、以下に示すように、①および②の何れの主張も採用されなかった。
①については、「原告による試験は、標高892メートルの山中で行われたものであって、家庭用のコーヒーメーカーの一般的な使用条件として想定される前記の本件発明1が想定する温度、圧力の把握方法とはそぐわず、また、家庭用のコーヒーメーカーの一般的な使用条件としても、試験が行われたような標高での使用が想定されているとはいえないから、被告製品の通常の使用法に沿った測定試験としては採用できない。なお、家電製品一般の設計において、想定する使用環境下の気圧の変動をある程度見込むことはあり得ることであるとしても、そのことから直ちに特許法70条に即してされる特許請求の範囲の解釈が左右されるものでもない。」と判断された。
②については、「被告製品に給水して加熱すると、ボイラー内の湯温度は経時的に変化し、被告製品のサーミスタの検知温度も経時的に上昇するものであるから、基本的に、経時的な温度変化を前提としない場合に妥当する上記公式を用いた原告の推論は、被告製品のサーミスタの検知温度(理論値)の算出方法としては必ずしも相当とはいえない。」と判断された。
2.被告製品は、本件発明2と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2-6)について
出願経過及び補正の内容に照らせば、被告製品の構成は、意識的に除外された構成であると認められるから、均等侵害が成立するための第5要件(意識的除外)を充足しないと判断された。
[裁判所の判断]
『(1) 争点1-2(構成要件D-1を充足するか)について
控訴人は、標高892m、気圧915hPaの氷ノ山キャンプ場で実験を行ったところ、被告製品は、湯温が97℃となったときにヒータがオフになるものであって、「湯温度が90~100℃に達したときにヒータをOFF」にする構成要件D-1を充足する旨主張する。
しかし、構成要件D-1は、ヒータをオフにする湯温度のみならず、「ボイラーで沸かした湯はスチームが発生する前に…ヒータをOFFしてスチーム圧力を発生させない」ことまでをも要するところ、ここにいう「スチーム」及び「スチーム圧力」は、これが発生する前に湯を沸かすヒータをオフにするとされていることから、湯の沸騰による水蒸気及びこれにより生じる圧力を意味することが明らかである。
これを被告製品についてみると、控訴人の試験報告書(甲45)によると、標高892m、気圧915hPaの環境下において、電気ケトルを用いて湯を沸かしたところ、97℃で沸騰したとされ、被告製品においても湯温が97℃のときに湯が沸騰したというのである。そうすると、控訴人の実験結果によっても、被告製品では、ヒータをオフにするのは沸騰後であってスチーム及びスチーム圧力が発生することとなる。
また、被控訴人らによる実験の結果(乙46)によると、被告製品のサーミスタが97℃を検知してヒータをオフにする際、湯温は100.7℃であった。このことは、サーミスタの熱時定数(サーミスタの半導体の温度が、最初の温度と最終到達温度の温度差の63.2%にまで変化するのに要する時間)が10秒であり、湯温の上昇とサーミスタによる温度検知には時差があること、被告製品のボイラー内の気圧は、外気圧(1011.2hPa)を上回って1035.8hPaに達しており、その分、水の沸点が上昇することとも整合するといえる。この点について、控訴人は、熱時定数に関する公式に依拠して、サーミスタの検知温度と湯温との間に差はない旨主張するが、同公式は、経時的な温度変化を前提にしないものであるから、本件には適切でない。また、前記のとおり、サーミスタに熱時定数があること自体からして、検知温度と湯温との間に差がない旨の主張には理由がないことが明らかである。
したがって、被告製品が本件発明1の構成要件D-1を充足する旨の控訴人の主張は採用することができない。
(2) 争点2-6(被告製品は、本件発明2と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について
控訴人は、本件発明2において、ヒータを上部に固定して中空に吊り下げるか、底面に固定して浮かせて中空に配置するかは、当業者が適宜行い得る設計事項であって、本件発明2の本質的部分であるとはいえず、また、出願審査経過において、ボイラーの底面にヒータを固定する構成を、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外したことはない旨主張する。
しかし、証拠(甲9、10)によると、控訴人は、本件特許2の出願審査経過において、審査官からの拒絶理由通知に対し、特許請求の範囲に「ボイラーはヒータを内蔵してボイラー容器の中空に吊り下げ、ボイラー容器の底面に給湯孔Aと給湯孔Bを設ける、ボイラーの容積は1コーヒーカップの淹れたいコーヒー分量に必要な容積として、コーヒーの淹れ方行程が完了したとき残湯が残らないようにする」との発明特定事項を加える手続補正書を提出するとともに、「引用文献6-8の電気ケトルタイプではボイラー、2個の電磁弁、ドリッパー、コーヒーカップを鉛直的に配置することは大変困難である、さらにボイラーの底面に2個の給湯孔を設けることも困難である。本願発明の[図4]のようにヒータはボイラーの水中に吊り下げるように構成するとボイラー底全面が給湯孔のために使用できるので構成が大変簡単になる。」などと記載された意見書を提出して、特許査定に至っていることが認められる。
このような出願審査経過に照らすと、控訴人は、少なくとも、ヒータがボイラーの底面に接触して固定されている構成については、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外したものとみるのが相当である。
被告製品におけるヒータが、ボイラーの底面に沿う形でボイラー底部を2周する上面視円状に構成され、ボイラーの底部に接触して固定されていることは、当事者間に争いがない。
したがって、被告製品が、本件発明2と均等なものとして、その技術的範囲に属するということはできない。
2 結論
以上によると、控訴人の請求には理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴には理由がない。』
[コメント]
標高892メートルの山中で行われた実験について、原判決では、家庭用のコーヒーメーカーの一般的な使用条件として想定されないことを理由に、その結果が採用されなかった。これに対し、本判決は、実験が山中で行われた点には特段触れず、この実験の結果に照らして、被告製品は構成要件D-1を充足しないと判断している点で、両判決は相違する。本判決は、原判決で採用されなかった実験の結果を考慮しても構成要件D-1の充足性が認められないことを示しており、原判決よりも説得力のある判断が示されたと感じた。
均等侵害の第5要件(意識的除外)については、進歩性を主張するために意見書に記載した内容が権利行使の段階で不利に働いた典型例であると感じた。権利化段階では、将来の権利行使への影響も考慮し、意見書における主張を必要最小限にとどめるべきであることを改めて認識した。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)
令和8年(ネ)第10023号「電気コーヒーメーカー」事件
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