IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成23年(行ケ)10364号 「流体冷却式電動モータ」事件
名称:「流体冷却式電動モータ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10364 号 判決日:平成 24 年 6 月 13 日
判決 : 請求認容
特許法36条4項
キーワード:実施可能要件
[概要]
特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとの審決に対して、取消しを求め
た事案である。
[特許請求の範囲](請求項1のみ転記)
【請求項1】ポリマー材料で作製されて固定子を含むモータ・ハウジングを備えた流体冷却
式電動モータであって,モータ・ハウジングの長さが当該モータ・ハウジングの外径の少な
くとも2倍であり,該電動モータ・ハウジングの外表面に沿ってポンプ流体を流すポンプ部
分を駆動し,
モータ・ハウジングのポリマー材料が,該モータ・ハウジングに沿って流れるポンプ流体へ
の該固定子からの熱の放散を容易にするために,熱伝導性で電気絶縁性の充填剤を少なくと
も40重量%の量で含有することを特徴とする電動モータ
[争点]
実施可能要件に係る判断の誤り
[裁判所の判断]
1 実施可能要件について
物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法
2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記
載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術
常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満
たすということができる。これを本願発明についてみると,本願発明は,いずれも物の発明
であるが,その特許請求の範囲に記載の構成を備えた電動モータであるから,本願発明が実
施可能であるというためには,本願明細書の発明の詳細な説明に本願発明を構成する部材を
製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本願
明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が当該部材を製造することがで
きる必要があるというべきである。
2 本願明細書【0006】の「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなり熱伝導
性が改善されることからデュロマーの硬化時間が短縮される」について
液体エポキシ樹脂(デュロマー)及びAl 2 O 3 の細粉(充填剤)は,いずれも市販品とし
て容易に入手可能な材料である(甲21,22)ばかりか,本願明細書には,デュロマーと
充填剤とを混合したものから「ポリマー材料」又は「熱伝導性ポリマー」を製造する方法に
ついて,少なくとも40重量%の充填剤を用意した上で射出成形やドレンチングなどによっ
て形成が行われる(【0007】【0020】【0022】)・・・旨の記載もある。
他方,前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分は,本願発明の作用効果につい
て言及しているにすぎないものであって,本願発明の実施方法について言及しているもので
はないから,仮に当該部分が明瞭でないとしても,そのことは,当業者が本願発明を構成す
る部材のうち,特に当該記載部分と関係する「ポリマー材料」及びこれに関連する部材を製
造することを不可能ならしめるものではない。
3 本願明細書【0007】の「熱伝導性を著しく増大させるために,充填剤の量は,少なく
とも40重量%であるべきである。」について
前記に認定のとおり,・・・本願発明を実施することができたものと優に認められる。
被告は,本願発明の構成では充填剤の充填量が100重量%近くの場合も含まれる結果,
モータ・ハウジングをどのようにして形成するのかを当業者が容易に実施し得ない旨を主張
する。
しかしながら,本願明細書の記載(【0012】~【0015】)及び図1によれば,本願
発明の「モータ・ハウジング」は,ポンプ及び電動マイクロモータ等を備える構造的な部材
であることが明らかであって,「流体によって冷却される,比出力が高い電動モータ」として
使用可能な程度に強度等を備えていることは,当然の前提であるというべきであって,モー
タ・ハウジングを構成する「ポリマー材料」について,充填剤が100重量%近くとなり,
主たる成分であるデュロマーをほとんど含まない材料を使用することは,それ自体,想定す
ることが不合理な前提である。したがって,被告の上記主張は,それ自体不合理なものとし
て採用できない。
また,被告は,本願発明の「ポリマー材料」となるデュロマー(液体エポキシ樹脂)の物
性や充填剤(Al 2 O 3 の細粉)の熱伝導性が一義的に決まらないから,本願発明の作用効果
が推認できず,デュロマーが40重量%以上含有されることで熱伝導率が著しく増大する理
由(臨界性)が不明であるばかりか,液体エポキシ樹脂やAl 2 O 3 の細粉も当業者が実施で
きる程度に具体化されていない旨を主張する。
しかしながら,作用効果の有無や,デュロマーの重量比が有する技術的意義は,いずれも
本願発明の容易相当性の判断において考慮され得る要素の一つであるにすぎず,実施可能性
とは直接関係がないばかりか,上記の液体エポキシ樹脂及びAl 2 O 3 の細粉の材料は,いず
れも市販品として容易に入手可能である(甲21,22)から,これらの材料の詳細が本願
明細書に示されていないからといって,当業者が本願発明を実施できなくなるものではない。
4 本願明細書【0014】の「この軸受は,シャフト封止材と同時に設計される。」につい
て
確かに,日本語としていささか不明瞭なものであり,・・・より明瞭なものに補正されるこ
とが望ましい。しかし,本願明細書の他の記載に照らして善解するならば,・・・という趣旨
に読めなくもない。
しかも,上記「軸受」及び「シャフト封止材」は,いずれも本願発明を構成する部材では
ないから,上記引用に係る記載部分が,上記のとおりいささか不明瞭であるとしても,その
ことによって,当業者が本願発明を実施することができなくなるというものではない。
したがって,本願明細書【0014】の記載部分は,法36条4項とは無関係であるとい
うほかなく,その記載がいささか不明瞭であるからといって,本願明細書が法36条4項に
違反することになるというものではない。
5 本願明細書【0025】の記載部分について (省略)
6 結論
以上の次第であるから,本願明細書は,法36条4項に違反するものとは認められないから,
これに反する本件審決は,取り消されるべきものである。
平成23年(行ケ)10364号 「流体冷却式電動モータ」事件
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