IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成23年(行ケ)10108号「4-アミノジフェニルアミンの製造法」事件
名称:「4-アミノジフェニルアミンの製造法」事件
無効不成立審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10108 号 判決日:平成 24 年 2 月 29 日
判決:請求認容
旧特許法36条5項2号,29条1項及び2項
キーワード:発明の認定、明確性
[概要]
被告の有する特許に対する無効審判の不成立審決を受けた原告がその取消を求めた事案。
[本件発明]
【請求項1】1種以上の4-ADPA中間体を製造する方法において,
(イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ,
そして
(ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度でまた1種以上の4-
ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適当な塩基の存在下に
反応させる,という諸工程からなる上記方法
[主な相違点]
相違点2:工程(ロ)において,本件発明1は,「アニリン及びニトロベンゼンを…1種以上
の4-ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質…の存在下に反応させ
る」のに対して,引用発明は,それらをそのように反応させるかどうか明らかでない点
[主な争点]
(1) 明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由1)
(2) 本件発明1の新規性に係る判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断]
1 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について
本件明細書の記載について,「アニリンおよびニトロベンゼンを…1種以上の4-ADPA
中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適当な塩基の存在下に反応させ
る」ことに係る部分を中心に要約すると,プロトン性物質の「調節された量」について,溶
媒がアニリンであり,プロトン性物質として水が使用される場合には,その上限は反応混合
物の体積に基づき約4%であるが,無水の場合の方がむしろ収量が最も高い値を示すもので
あり,下限として無水条件が含まれることが開示されているということができる。
実施例で使用される「水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物」は塩基であり,これは
水酸化テトラメチルアンモニウム5水和物を乾燥させたものであること,例1のA)では,
アニリン以外の溶媒が使用されていないことが開示されているということができる。
本件審決は,本件発明1ないし3における水などのプロトン性物質の量に関して,「4-A
DPA中間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」の「反応に関与できる状態
にあるプロトン性物質の存在」を必要とするものであるから,プロトン性物質については,
ゼロではなく,有意な量が必要であるとする。しかしながら,本件明細書では,「調節された
量」について,アニリンを溶媒として用いた場合に,プロトン性物質として水が使用される
場合は,上限値が4%であることは記載されているが,下限値がゼロであってはならないと
の記載はなく,むしろ,無水条件下で行うことができるかもしれないことが記載されている
のである。
しかも,実施例において,反応系に水は添加されていない。むしろ,無水条件化の方が,
収量が最大となることが示されているものである。
実施例で塩基として使用されている「水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物」は,「水
酸化テトラメチルアンモニウム5水和物」を乾燥させたものであり,2水和物の「水」はア
ニリンとニトロベンゼンとの反応にプロトン性物質として関与するものではない。
したがって,「調節された量のプロトン性物質」について,「4-ADPA中間体の選択性
を維持するために必要な程度に有意な量」として,「アニリンとニトロベンの反応に関与でき
る状態」で反応物中に存在している必要があるとした本件審決の判断は,無水条件を含まな
いという趣旨であるならば,誤りであるというほかない。
もっとも,「調節された量のプロトン性物質」について,上記のとおり,プロトン性物質が
存在しない状態が含まれるものと解し得る以上,「調節された量のプロトン性物質」の意義そ
れ自体が不明確であるというわけではなく,明確性の要件に違反するということはできない。
2 取消事由2(本件発明1の新規性に係る判断の誤り)について
引用発明は,ニトロベンゼンとアニリンとにより,p-ニトロソジフェニルアミンを製造
する方法に関するものであり,具体的には,30gのアニリンと30gのニトロベンゼンと
を,120gの微細に粉砕され,完全に乾燥した苛性ソーダと混合し,オイルバス中の広口
試験管内において110℃ないし120℃で加熱し,約120℃ないし125℃の範囲で保
持する方法を開示するものである。
引用例に,「アニリン及びニトロベンゼンを…1種以上の4-ADPA中間体を生ずるよう
に調節された量のプロトン性物質…の存在下に反応させる」か否かが記載されていないこと
が,プロトン性物質を使用しない状態でその反応が行われることを意味するものであったと
しても,その結果として,引用発明においても,アニリンとニトロベンゼンとの反応によっ
て「4-ADPA中間体」に該当する化合物が生じているのであるから,本件発明1におい
て,「調節された量のプロトン性物質」について,無水条件下であれば,プロトン性物質を使
用しない状態でその反応が行われる場合と,引用発明とは,同じ条件下において,4-AD
PA中間体を製造する方法であるということができる。
したがって,相違点2は,以上認定の限度において,実質的な相違点ということはできな
い。
[コメント]
判決は、ある要素が発明の必須要件として独立請求項に記載されていたとしても、明細書
中でその要素を欠く態様が記載されており、かつその要素を欠く態様の方がむしろその要素
を含む態様より優位な結果となる場合には、当該発明にはその要素を欠く態様が含まれるこ
とになる点を判示している。実務的には、要素の存否に起因する結果が上記のような関係に
ある場合、その要素を独立請求項に必須要件として記載するのではなく、任意的な要件とし
て従属請求項に記載すべきであった事案ではないかと思われる。請求項の起案の仕方ないし
は発明の捉え方に工夫を凝らす必要がある。
平成23年(行ケ)10108号「4-アミノジフェニルアミンの製造法」事件
Contactお問合せ
メールでのお問合せ
お電話でのお問合せ