IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成23年(行ケ)第10391号「発光ダイオード」事件
名称:「発光ダイオード」事件
審決取消請求事件(無効不成立)
知的財産高等裁判所:平成23年(行ケ)第10391号、判決日:平成24年9月27日
判決:審決取消
特許法:44条
キーワード:分割、実体的要件
[概要]
1.分割出願に係る本件特許の請求項1(2~4は省略)は以下のとおり。
【請求項1】
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、該LEDチップを直接覆うコーティン
グ樹脂であって、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第
1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティン
グ樹脂を有し、
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発光スペクトルと前記
第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面
側から前記LEDチップに向かって高くなっていることを特徴とする発光ダイオード。
2.無効審判における原告の主張
原出願には、使用する「フォトルミネセンス蛍光体」として「Y、Lu、Sc、La、Gd及
びSmから選択された少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInから選択された少なくとも
1つの元素とを含み、セリウムで付活されたガーネット系蛍光体(以下「本件組成」という。)」
のみが記載されており、原出願の明細書等において本件組成を有しない発明は一切記載されてい
ない。したがって、分割出願に係る本件特許は、分割要件の実体的要件を満たさないためその出
願日は遡及せず、原出願の公開公報に記載された発明又は当該発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであるから新規性又は進歩性を有さず、無効とすべきである。
3.審決
審決は、原出願には、使用する「フォトルミネセンス蛍光体」について、具体的には、「本件
組成」のものとされてはいるものの、「フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部
やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く」
するとの構成を採用して「(フォトルミネセンス蛍光体の)水分による劣化を防止」するに際し、
前記「フォトルミネセンス蛍光体」が、必ずしも「本件組成」のものに限られるものではないこ
とは、当業者が容易に理解できる、すなわち、原出願には、(特定の組成の蛍光体に限定されな
い)本件発明が開示されているものといえるから本件出願は分割要件を満たし、原告の主張する
理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできないと判断した。
[主な争点]
原出願の「フォトルミネセンス蛍光体」が本件組成のものに限定されないとした審決の判断に
誤りがあるか否か(取消事由2)
[裁判所の判断]
『原出願の【0047】は、同一段落中において、「コーティング部やモールド部材の表面側
から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く」する構成(以下「下部構
成」という。)と「フォトルミネセンス蛍光体を、発光素子からモールド部材等の表面側に向か
って分布濃度が高くなるように分布させる」構成(以下「表面構成」という。)の相反する2つ
の構成に区別した上で、下部構成では「水分による劣化を防止することができ」、表面構成では
「発光素子からの発熱、照射強度などの影響をより少なくできる」と説明している。
さらに、【0047】に続く【0048】・【0049】には、本件組成に属する蛍光体を用
いる実施形態1について、「高効率でかつ十分な耐光性を有するので、該蛍光体を用いることに
より、優れた発光特性の発光ダイオードを構成できる」こと、「ガーネット構造を有するので、
熱、光及び水分に強く、…励起スペクトルのピークを450nm付近にすることができる」こと
が記載されている。
そして、【0101】以下の記載及び【図13】には、以下の実験結果について説明がされて
いる。
① 下部構成を採用した上で本件組成に属する蛍光体(「(Y 0.8 Gd 0.2 ) 3 Al 5 O 12 :Ce蛍
光体」)を使用した実施例1と、下部構成を採用した上で本件組成に属しない蛍光体(「(Zn
Cd)S:Cu、Al」)を使用した比較例1について、寿命試験を実施した。
② 実施例1については、・・・蛍光体に起因する変化は観測されなかったのに対し、比較例1に
ついては、・・・約100時間で外部環境から進入した水分の影響で蛍光体が劣化し出力がゼロ
になった。
③ 以上のとおり、下部構成を採用する等同一条件の下での実験において、本件組成に属する蛍光
体を使用した場合(実施例1)では、水分による劣化を防止できるとの効果が得られたのに対し、
本件組成に属しない蛍光体を使用した場合(比較例1)では、高温多湿条件下で早期劣化の結果
が生じ、その結果に相違が生じた。
【0101】の記載及び【図13】、特に前記③によれば、当業者であれば、「(下部構成を採
用した場合には、)水分による劣化を防止することができる」との原出願の明細書の記載部分は、
本件組成に属する蛍光体について述べたものであると認識、理解するのが自然であるといえる。
また、【0048】と【0049】では、本件組成に属する蛍光体が「十分な耐光性を有」し、
かつ、「熱、光及び水分に強い」との性質を有することが言及されており、【0047】に続け
てこれらの記載に接した当業者であれば、【0047】の記載のとおり表面構成と下部構成が選
択可能であるのは、本件組成に属する蛍光体が有する性質によるものと認識、理解するのが自然
であるといえる。そうすると【0047】に接した当業者において、【0047】に記載された
表面構成と下部構成が本件組成に属しない蛍光体についても選択可能であると理解するとまでは
認められない。
加えて、①上記のとおり、原出願の明細書で実施形態又は実施例として挙げられている蛍光体
は、いずれも本件組成に属する蛍光体のみであること、及び、②【0047】の冒頭には、「こ
のフォトルミネセンス蛍光体」と、「この」との指示語が用いられているが、同指示語は、前後
の文脈から、【0045】等に記載されている本件組成に属する蛍光体を指しているのは明白で
あること、③【0047】には、「このような、フォトルミネセンス蛍光体の分布は、フォトル
ミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分
布などを調整することによって種々の分布を実現することができ、発光ダイオードの使用条件な
どを考慮して分布状態が設定される。」と記載され、同記載部分に接した当業者は、表面構成と
下部構成は、使用条件により、適宜選択可能な設計的な事項であり、本件組成に属しない蛍光体
についての何らかの発明を開示していると認識、理解することはできないこと等を総合するなら
ば、【0047】の記載に接した当業者は、【0047】の「フォトルミネセンス蛍光体」につ
いて、本件組成に属する蛍光体に限定されないと理解するとまでは容易に認め難い。』と判断し
て、原出願の「フォトルミネセンス蛍光体」が本件組成のものに限定されないとした審決の判断
には誤りがあるとした。
[コメント]
本事件では、原出願の比較例1において、本件組成に属しない蛍光体を使用した場合には、「コ
ーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布
濃度を高く」する構成(下部構成)を採用したとしても発明の目的(水分による劣化防止)を達
成できないことが記載されていることを理由にして、原出願の明細書等には本件組成に属しない
蛍光体を用いた発光ダイオードは記載されていないと判断された。
分割出願する際には、比較例の記載内容も十分に検討し、比較例が分割出願に係る発明に含ま
れないようにすべきである。
平成23年(行ケ)第10391号「発光ダイオード」事件
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