IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成23年(行ケ)10301号「創傷部治療装置」事件
名称: 「創傷部治療装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10301 号 判決日:平成 24 年 9 月 26 日
判決 : 請求認容
特許法29条2項
キーワード:動機付け、示唆
[概要]
審決:最後の拒絶理由通知に対する補正後の発明(本件補正発明)は、引用例1及び2から
進歩性がないから、独立特許要件を満たさず本件補正却下決定は適法であり、本願発明も進
歩性がないから特許を受けることができない。よって、本件審判の請求は、成り立たない。
本件は、この審決の取り消しを求めた事案である。
[本願発明の概要]
哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であって、創傷部上又はその内部に導入さ
れるようになっている液透過性の多孔性パッドと、多孔性パッドを創傷部に固定すると共に
創傷部と多孔性パッドのまわりを気密シールする非透過性滅菌布カバーと、排出チューブを
介して多孔性パッドに接続され、負圧により創傷部から吸引された体液を収集するための真
空キャニスターと、ホースを介してキャニスターに接続されており、創傷部に加えられる負
圧を発生する吸引ポンプと、キャニスターとポンプとの間に挟まれた少なくとも一個のフィ
ルターとを備えたものに於いて、
前記多孔性パッドは、少なくとも 1 つの部分的外側表面部と内側本体部を有する多孔体から
なり、前記外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさであるが100μm未満の微孔径
からなる第1孔群を有して創傷部表面に生体親和性良好な状態で接触するよう形成され、前
記内側本体部は真空吸引に好都合な孔径寸法のより大きい第2孔群を有し、且つ、前記パッ
ドは外側表面部が創傷部に隣接した状態で保持されるように前記滅菌布カバーにより固定さ
れていることを特徴とする治療装置
(下線部:最後の拒絶理由通知に対する補正箇所)
[争点]
(1) 本件補正発明の微孔径の下限の判断に誤りがあるか
(2) 引用発明1に引用例2を適用した判断に誤りがあるか
[相違点]
本件補正発明の多孔性パッドが、外側表面部は体液を透過させるに充分な大きさであるが1
00μm未満の微孔径からなる第1孔群を有して創傷部表面に生体親和性良好な状態で接触
するよう形成され、内側本体部は真空吸引に好都合な孔径寸法のより大きい第2孔群を有し
ているのに対し、
引用発明1の多孔性パッドでは、①外側表面部の有する孔群の孔径の具体的な数値が明らか
でなく、また、②外側表面部の有する孔群の孔径と内側本体部が有する孔群の孔径とに特段
の差違もなく、さらに、③多孔性パッドの外側表面部が創傷部表面に生体親和性良好な状態
で接触しているのか否かも明らかでない点
[裁判所の判断]
(1) 本件補正発明の微孔径の下限値について
本件補正発明は、引用発明1と同様、従来技術である、創傷部に向かう上皮及び皮下組織の
移動を促進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的な負圧を加えることによる創傷部
の排出のための方法を前提とし、創傷部に加えられる負圧を有する哺乳類の創傷部の治癒を
促進するための治療装置である。
本件補正明細書【0026】からすると、本件補正発明において、孔径の下限は1μm程度
であって、空気及び体液が流れることができるのに十分な大きさであれば足り、また、創傷
部の体液によって真空ポンプが汚染されないようにするため、バクテリアバリアとなる0.2
μmの疎水性膜フィルタを用いるものである。そして、本件補正発明は、創傷部に負圧を加
える治療装置であるから、分子濾過膜の孔径は、創傷部に向かう上皮及び皮下組織の移動を
促進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的な負圧を加えることができる程度の孔径
であること、本件補正明細書においても、フィルタに関する記載を除いて、いずれもμm単
位での数値が記載されていること、本件補正発明の孔径の上限は100μm未満とされてお
り、内側本体部の孔も、真空チューブより高い真空に適合性がある100μmより大きいも
のであると記載されていることなどからすると、本件補正発明における孔径の下限は1μm
程度であると解することができる。第1孔群の孔径が1μm程度であるからこそ、第1孔群
を通過してしまう小径のバクテリアを阻止するために、バクテリアバリアとなる0.2μm
のフィルタを用いているものと解される。
したがって、本件補正発明の孔径の下限が1μm程度であると解される以上、本件補正発明
の孔径は、引用例2に開示された0.001ないし0.5μmという数値の範囲とは実質的
には重ならないものというべきである。
(2) 動機付けについて
引用発明1は、創傷部周囲の皮膚に応力を加えることなく創傷部を塞ぐ創傷部癒合装置に係
る発明であり、本件補正発明と同一の技術分野に属するものであって、創傷部に向かって上
皮及び皮下組織の移動を促進するに十分な領域にわたって連続して負荷を加えることにより、
創傷部の膿を排出させるという従来技術を前提として、創傷部の空気を吸引することにより
創傷部が負圧となり、創傷部から流れ出る液のキャニスターへの排出が促進されることなど
を目的とするものである。
これに対し、引用発明2は、外傷を負った哺乳類の皮膚の治療に用いる多層創傷ドレッシン
グについて、創傷部に殺菌性の環境を与え、創傷表面を湿潤状態に保つ一方で、創傷滲出物
を速やかに吸収するほか、創傷の治癒を極力邪魔しないようにし、かつ、引き剥がすのが容
易で、その際、皮膚に傷を残すことがないようにすることを目的とするものであり、そのた
めに、体内の創傷治癒因子あるいは創傷接触層に含まれる高分子成分の通過を防止しながら、
創傷からの液体滲出物を中間吸収層に迅速に除去し、また、組織細胞が中に入り込むのを防
止するものである。
引用発明2は、上記目的、すなわち、体内の創傷治癒因子あるいは創傷接触層に含まれる高
分子成分の通過を防止しながら、創傷からの液体滲出物を中間吸収層に迅速に除去し、また、
組織細胞が中に入り込むのを防止するために、孔径の大きさを設定したものであって、本件
補正発明や引用発明1のように、創傷部から体液を積極的に真空吸引して真空キャニスター
に収集するとともに、創傷部に負圧による修復作用をもたらすため、創傷部に連続的な負圧
を加えることを前提として孔径の大きさを設定したものではない。
そうすると、引用発明1には、多孔性パッドの外側表面部の孔群について、同発明とは目的
及び機序が異なる引用発明2の孔径を適用することに関し、そもそも動機付けが存在しない
ものというほかない。
さらに、引用例2の各記載(【0003】【0017】【0019】【0022】【0038】【0
041】【0047】)によると、引用発明2の分子濾過膜の内側は中間吸収層とされており、
分子濾過膜を通過した創傷滲出物は漏洩することなく中間吸収層で保持されるから、本件補
正発明と引用発明2の孔径の範囲とが近接しているとしても、このような中間吸収層の配置
を前提とした分子濾過膜の構成のみを取り出して、これを、機序の異なる引用発明1におけ
る、負圧により創傷部から吸引された液体を収容するキャニスターが排液チューブを介して
接続された液透過性の多孔性パッドの外側表面部に配置する必然性を認めることはできない。
この点について、被告は、「創傷部に負圧による修復作用を加える」ことは、本件補正発明の
発明特定事項とはされておらず、本件補正明細書にも記載されていない、引用発明1及び2
は、負圧の有無の点において相違するが、創傷部から液を積極的に排出する点で同じである、
引用発明2の分子濾過膜も多孔性であり、空気も通過可能であるから、負圧がないからとい
って引用発明1への適用が阻害されるものではないと主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件補正発明は、創傷部に向かう上皮及び皮下組織の移動を
促進するのに十分な面積にわたって創傷部に連続的な負圧を加えるという従来技術を前提と
し、創傷部に加えられる負圧を有する哺乳類の創傷部の治癒を促進するための治療装置であ
ることからすると、「創傷部に負圧による修復作用を加える」ことは、本件補正発明の前提と
いうべきである。確かに、引用発明1及び2は、治療効果を高めるために、創傷部から液を
排出する点については共通するものであるが、負圧を用いて積極的に液を排出する引用発明
1と、自然に分子濾過膜を濾過した創傷滲出物を中間吸収層で保持することを前提とする引
用発明2における液の排出機序が大きく相違することも、前記のとおりであって、被告の当
該主張はその前提自体が誤りである。
また、被告は、引用例2には、従来例として孔径を1ないし20μmとすることが記載され
ている、本件補正発明と引用発明2の孔径は、いずれも100μm未満である点で一致して
おり、本件補正発明では微孔径の下限数値は特定されていないから、引用発明2の分子透過
膜の孔径が排除されるものではないとも主張する。 しかしながら、本件補正発明の孔径の下
限が1μm程度であると解される以上、本件補正発明の孔径は、引用例2に開示された0.
001ないし0.5μmという数値の範囲とは実質的には重ならないものというべきである
ことは、先に述べたとおりである。そして、引用例2には、被告が指摘するとおり、従来例
として孔径を1ないし20μmとする構成が開示されているが、引用発明2は、そのような
公知技術を一層改善するために、当該孔径を採用する構成を排除して、最大孔径を「0.0
01~0.5μm」とする構成を採用したものであるから、本件補正発明の容易想到性を判
断するに当たり、引用発明2において排除された従来技術における構成をもって、何らかの
示唆があるものということはできない。しかも、仮に、孔径を1ないし20μmとする構成
が公知であったとしても、それは、「皮膚相容性の多層創傷ドレッシング」として公知であっ
たにすぎず、引用発明1のような、創傷部に負圧を形成することを前提とする、哺乳動物の
創傷部の治癒を促進するための治療装置において、創傷部に負圧を形成することを捨象した
上で当該構成を採用することについてまで、示唆するものということはできない。
以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できず、引用発明1に引用発明2を適用する動機
付けを認めることはできないから、本件補正発明は、当業者が引用発明1及び2に基づいて
容易に想到し得たものということはできない。
平成23年(行ケ)10301号「創傷部治療装置」事件
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