IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成24年(行ケ)第10004号「シュープレス用ベルト」事件
名称:「シュープレス用ベルト」事件(審決取消請求事件)
東京高裁第3部:平成24年(行ケ)第10004号 判決日:平成24年11月13日
判決:審決取消(無効審決取消)
特許法第29条第2項
キーワード:進歩性、相違点、動機付け、顕著な効果
[概要]
本件発明と引用発明1との相違点を、引用発明2の記載から適用する動機付けがあるとし
ても、本件発明は、当業者が予測することのできない顕著な効果を奏することから進歩性が
認められて、無効審決が取り消された。
[特許請求の範囲](請求項1)
補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン
中に埋設され,外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルト
において,外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプ
レポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と,を含む組成物から形成
されている,シュープレス用ベルト。
<引用発明1との相違点>
硬化剤につき,本件発明1が「ジメチルチオトルエンジアミンを含有する」ものであるのに対
し,引用発明1は「3,3 ′-ジクロロ-4,4 ′-ジアミノジフェニールメタン」である点。
[争点]
<取消事由1>:本件発明1及び引用発明1,2の認定の誤り。
<取消事由2>:本件発明1と引用発明1との相違点の看過。
<取消事由3>:本件発明1の容易想到性判断の誤り。
[裁判所の判断]
<取消事由1>
原告は、容易想到性の判断における発明の認定は,構成だけでなく,課題及び効果等も考
慮すべきである旨主張する。しかし,発明の要旨認定は,特許請求の範囲に基づいてすべき
である。引用発明の認定は,本願発明との対比に必要な限度においてすれば足りるから,引
用発明1,2について原告が主張するように認定する必要はなく,審決の認定に誤りはない。
<取消事由2>
原告は,課題に係る相違点の看過を主張するが、その前提に誤りがあり,失当である。
<取消事由3>
引用発明1における第一樹脂層及び第二樹脂層を構成する熱硬化性ウレタン樹脂は,硬化
剤として,3,3′-ジクロロ-4,4′-ジアミノジフェニールメタン,すなわち,MO
CA(4,4メチレン-ビス-(2-クロロアニリン))を用いて形成したものであること,
そのMOCAは,発ガン性が指摘されていたものであり,より安全性の高い材料が求められ
ていたこと,甲第2号証には,MOCAに代わる安全な新しい硬化剤として,3,5-ジメ
チルチオ2,6-トルエンジアミンと3,5-ジメチルチオ-2,4-トルエンジアミンを
含むETHACURE300が開発されたことが記載されていることが認められる。
一見すると,審決が判断するように,甲第2号証に接した当業者が,安全性の点からMO
CAに代えてETHACURE300を用いることにより本件発明の構成を想到することは
容易であるようにも見える。
しかし、引用発明2は,発ガン性等がない安全な硬化剤を提供するというものである。こ
れに対し,本件発明1は,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いることに
より,ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生することを防止できるとい
う効果を奏するものであり,本件特許出願時の技術水準から,当業者といえども予測するこ
とができない顕著な効果を奏するものと認められる。
すなわち,本件明細書(甲10)によると,実施例において,—-硬化剤として,DMTD
A(ジメチルチオトルエンジアミン(ETHACURE300))を用いたサンプル1~3と,
MOCAを用いたサンプル4~6とを比較すると,耐久回数について,後者が10万回~9
0万回であるのに対して,前者は250万回~2250万回であったことが記載されており
(【表1】),その差は顕著である。
この点に関し,審決は,—-前記効果は,単に,確認したに過ぎないものといわざるを得」
ないとの見解を示している。また,被告は,容易想到性の判断における「動機付け」につい
て詳細な主張を展開している。—-MOCAに代えてより安全な硬化剤を使用するとしても,
—-,安全性の点からMOCAの代替となる硬化剤はETHACURE300のほかにも数多
く開発されていることからすれば,当業者がMOCAに代えてETHACURE300を用
いることを強く動機付けられるとまでいえるかどうかは疑問である。
—-甲第13号証ないし同第16号証の上記記載によれば,当業者であれば,安全性の点か
らは,MOCAの代替として,ETHACURE300よりも他の代替品を選択する可能性
が高いものと推測される。
さらに,甲第6号証(訳同号証の2)には,ETHACURE300で硬化したポリウレ
タンが,MBOCA(メチレン-ビス-オルソクロロアニリン)で硬化したポリウレタンよ
りも低い歪でクラックの成長が開始することが記載されており,このような記載は,シュー
プレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを
目的とする当業者が,MOCAに代えてETHACURE300を使用することを躊躇させ
る要因となり得る。
以上によれば,甲第2号証に接した当業者が安全性の点からMOCAに代えてETHAC
URE300を用いることを動機付けられることがあるとしても,ETHACURE300
をシュープレス用ベルトの硬化剤として使用した場合に,安全性以外の点(例えば耐久性)
についてどのような効果を奏するかは不明である
安全性の点からみても他にも選択肢は多数あり,その中から特にETHACURE300
を選択する理由はなく,かえって,他の代替品を選択する可能性が高いといえるため,ET
HACURE300の使用を強く動機付けられるとまでいうことはできない。
[コメント]
進歩性の審査基準に記載されている「顕著な効果」が認められた例である。即ち、相違点
についての動機付けがある場合において、進歩性を肯定するに足りる「顕著な効果」が認定
されている。
「顕著な効果」としては、「異質な効果」または「同質の格段に優れた効果」があるが、「顕
著な効果」は、課題との関係で異質な効果を奏する場合に認められたケースが多かったよう
に思われる。本件は、「顕著な効果」として「同質の格段に優れた効果」が認められたケース
である。
平成24年(行ケ)第10004号「シュープレス用ベルト」事件
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