IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成24年(行ケ)10314号「高透明性非金属カソード」事件
名称:「高透明性非金属カソード」事件
拒絶審決取消請求事件
知財高裁:平成 24年(行ケ)10314号 判決日:平成 25年10月31日
判決:請求認容(審決取消)
条文:特許法29Ⅱ
キーワード:進歩性、一致点の誤認・相違点の看過
[事案の概要]
本件は,原告らの有する発明の名称を「高透明性非金属カソード」とする特許(本件発明)
について,被告から特許無効審判請求がされ,特許庁が,本件発明は引用発明並びに副引例
及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって,特許法29条
2項及び123条1項2号により特許を無効とするとした審決の取消しを求める事案である。
[主な争点]
(1)一致点の誤認&相違点の看過(取消事由1)
[特許請求の範囲]
【請求項1】
発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであ
って,
前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパン
トとして用いられる燐光材料とからなり,
前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励
起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,
且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発
光デバイス。
[特許庁の判断(審決)]
審決は,引用例1には「常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機
色素として用いることにより,電極に電圧を印加することによって,第2の有機色素は,第
1の有機色素の非放射性の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起三重項状態
となり,かつ励起三重項状態から常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されて
いると認定した上で,
本件発明1と引用発明とが「燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」であ
る点で一致すると認定した。
[裁判所の判断(本判決)]
裁判所は,審決の認定した一致点について,次のように判示して,審決を取り消した。
1.ところで,特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号は,「特許出願前に…頒布さ
れた刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するところ,
上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明
の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作で
あること(同法2条1項参照)に鑑みれば,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤
等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実
施し得る程度に,当該発明の技術事項が開示されていることを要するものというべきである。
したがって,本件においても,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力
を発揮するまでもなく,本件優先権主張日(平成9年10月9日)当時の技術常識に基づい
て,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことができる程度に,引用例1
にその技術事項が開示されているといえなければならない。
2.しかるに、…引用例1には、…上記実施例に示された有機電界発光素子から得られた発
光にリン光が含まれていたことについては一切記載されていない。
そして、…「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」に該当する化学物質の具体的構
成等,上記技術的思想を実施し得るに足りる技術事項について何らかの説明をしているもの
でもない。
また,本件優先権主張日当時,有機ELデバイスにおいて,いかなる化学物質が,常温で
もリン光が観測される有機色素として第2の有機色素に選択され,この第2の有機色素が,
第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態からエネルギーを受け取り,励起三重項状態に
励起して,この励起三重項状態から基底状態に遷移する際に室温でリン光を発光するのかが,
当業者の技術常識として解明されていたと認めるに足りる証拠もない。
そうすると,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでも
なく,本件優先権主張日当時の技術常識に基づいて,「常温でリン光を発光する有機電界発光
素子」を見いだすことができる程度に,引用例1にその技術事項が開示されているというこ
とはできない。
3.以上の検討によれば,
引用例1に,「常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素として
用いることにより,電極に電圧を印加することによって,第2の有機色素は,第1の有機色
素の非放射性の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,か
つ励起三重項状態から常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されていると認定
し,
「前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパ
ントとして用いられる燐光材料とからなり,前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前
記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三
重項励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項励起状態から燐光放射
線を室温において発光する有機発光デバイス」である点で一致するとした本件審決は誤りで
あり,
上記の点は,少なくとも本件発明1との相違点であるというべきである。
そのため,本件審決には,上記相違点を看過し,当該相違点についての判断を遺脱した違
法があるから,取り消されなければならない。
したがって,本件発明1に係る原告ら主張の取消事由1には理由がある。
[コメント]
一致点の認定を否定した事案である。
平成24年(行ケ)10314号「高透明性非金属カソード」事件
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