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平成25年(行ケ)10313号「高吸水高乾燥性パイルマット」事件

名称:「高吸水高乾燥性パイルマット」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)10313 号 判決日:平成 26 年 6 月 10 日
判決:請求棄却(無効不成立審決を維持)
特許法29条2項
キーワード:進歩性、カタログ、陳述書
[概要]
カタログとその発行会社の社員の陳述書によって公知技術が立証され、これが認定された
にも係わらず、他の証拠と組合せても本件発明は当業者に容易になし得ないと判断された事
案。
[請求項1]
基布と多数のパイルを備えてなり,前記各パイルの基部が基布に結合された状態で,前記
多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,前記各パイルは,略円柱形
状をなし,0.05乃至0.8デニールの非吸水性のフィラメントが,パイルの軸線を中心
としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,
前記パイルの略円柱形状外周面は,前記各フィラメントの先端部により形成され,
前記パイルの先端部は,パイルを構成する放射状に配された前記フィラメントの先端部に
より形成された略凸曲面状をなし,
前記パイルは,略円柱形状をなすパイルの各円形状横断面において内方に向かうほど前記
非吸水性のフィラメントが高密度状態となり,前記先端部においても内方に向かうほど前記
非吸水性のフィラメントが高密度状態となって,毛管現象により内方に向かう吸水力が作用
するよう構成されていることを特徴とする高吸水高乾燥性パイルマット。
[無効審決の理由]
本件特許発明は,Aの陳述書(甲1。以下「甲1陳述書」という。)及び商品カタログ(甲
2。以下「甲2カタログ」という。)に記載された商品「デゼルト」の構成から把握できる発
明(以下「引用発明」という。)及び登録実用新案第3108152号公報(甲4。以下「甲
4公報」という。)に記載された発明から,当業者が容易に発明できたとはいえない。
(相違点1)
「フィラメントが,本件特許発明1においては,「0.05乃至0.8デニールの非吸水性の
フィラメント」であるのに対し,引用発明においては,「綿フィラメント」である点。」
(相違点2)
「略円柱形状をなすパイルが,本件特許発明1においては,「毛管現象により内方に向かう吸
水力が作用するよう構成されている」のに対して,引用発明においては,そのような構成を
備えるか不明である点。」
[争点]
取消事由1:相違点1に関する判断の誤り。
取消事由2:相違点2に関する判断の誤り。
取消事由3:本件特許発明2ないし8に関する判断の誤り。
[裁判所の判断]
引用発明について、甲1陳述書及び甲2カタログに記載された商品「デゼルト」の構成か
らは,審決で認定した通りの引用発明を把握することできるものと認められる。そして,甲
2カタログには,「デゼルト」の説明として「アクセントラグ」,「ホットカーペット」などの
記載がある(甲2)。また,「デゼルト」を撮影した写真(甲5の3)によれば,「デセルト」
に付されたタグに,「Cottonテイスト」と記載されていることが認められる。そして,
本件特許発明の内容と引用発明の内容とを対比すると,両者の間には,審決の認定した一致
点及び相違点が存在するものと認められる。
甲4公報には,「バスマット,・・・などの水廻り関連のマットをはじめとして,・・・等,
室内で使用される,基布にパイル糸を植糸した室内マットであって,パイル糸の素材の繊維
としてポリエステル及びナイロンで構成される 1 デニール未満の極細繊維を含み,植糸した
該パイル糸のパイル形状が,カット及び/又はループよりなる吸水性の極細繊維マット。」の
発明(甲第4号証記載の発明)が記載されているものと認められる。
そして,甲第4号証記載の発明は,吸水性及び肌触り性を備えたマットの提供を課題とし,
パイル糸の素材の繊維としてポリエステル及びナイロンで構成される1デニール未満の極細
繊維を用いることにより,毛細管現象により速やかにパイル糸表面の水分がパイル糸側面及
び底面に向けて吸水されるため,もともと吸水性に乏しい合成繊維を使用しながら,従来の
合成繊維マットに比較して非常に高い吸水性を発揮するマットを提供することが可能となる
ものであると認められる。さらに,植糸したパイル糸のパイル形状につき,カット及び/又
はループを採用することにより,吸水性を高めたい部分ではカットパイルの長さを大きくし
たり,速乾性を高めたい部分ではループパイルの比率を高くするなど,用途や機能に応じた
マットを提供することを可能とするものでもあると認められる。加えて,極細繊維を含んだ
パイル糸は肌触りが非常にソフトであり,近年の需要者の嗜好を満足させるマットを提供す
ることを可能とするものであるものと認められる。
しかし,引用発明は,甲2カタログ掲載の商品及びその商品を説明する内容の甲1陳述書
によりその構成が把握されるにとどまり,これらの書証のみからは,引用発明においても肌
触り性が課題として存在するのか否かは明らかではない。甲3カタログの記載をみても,足
触り(肌触り)を考慮した商品が掲載されていることはうかがえるものの,更に肌触り性を
課題とする技術思想が開示されているとみることは困難である。
また、引用発明の基礎となる「デゼルト」は,需要者に向けて現実に売されている商品で
あること(甲1,2)に照らすと,引用発明は,肌触りの点を含め,モールマットとして販
売するために必要な要素を備えることを前提として,素材を綿100%とすることを選択し,
かつ綿100%の素材感を提供することを目的としたものと解される。そうすると,引用発
明においては,もはや肌触り性を得るために,綿100%以外の素材を使用する必要性を見
いだすことはできないものと解される。
したがって,マットにおいて良好な肌触り性が求められており,また,室内マットにおい
て綿以外の合成繊維を使用することや,モール糸の飾り糸として,綿などの紡績糸及びポリ
エステルなどのフィラメント糸のいずれを使用することも本件特許の出願前における周知の
事項であったとしても,当業者が,引用発明における綿フィラメントを甲4公報記載のマッ
トのパイル糸の素材の繊維である非吸水性のポリエステル及びナイロンに置き換えることを
容易に想到できたものということはできない。
また,引用発明は,甲1陳述書及び甲2カタログの記載内容に照らすと,バスマット等の
水廻り用途に用いられるものとは解されないので,引用発明が吸水性を課題として有するも
のとは解されない。したがって,この観点からも,引用発明に甲第4号証記載の発明を組み
合わせる動機付けは存在しない。
取消事由2については,甲第4号証記載の発明におけるパイル形状は,上記の形状のいず
れかを採用することが前提とされるものと解される。そうすると,引用発明に甲第4号証記
載の発明の構成を組み合わせたとしても,そのパイル形状は,上記の形状のいずれかとなる
ものであって,本件特許発明1と引用発明との相違点2に係る構成となるものではない。
よって、本件特許発明は引用発明及び甲第4号証記載の発明から当業者が容易に発明をす
ることができたとはいえない,とした審決の判断の結論に誤りはない。
[コメント]
無効審判において、カタログと陳述書が採用されて、出願前の公知技術の立証が認められ
たケースは少なく、審決取消訴訟で審理されたケースは更に少ないため、参考になる事案で
ある。
本件判決では、カタログとその発行会社の社員の陳述書によって公知技術が立証され、こ
れが裁判所により公知技術として認定されている(認定内容は審決と同じ)。しかし、カタロ
グに技術思想的な事項が記載されることは通常稀であり、本件においても、陳述書の内容を
加味しても、パイルマットの構成(構造、材質等)が立証されたに過ぎない。
このため、他の証拠との組合せを考えた場合、課題の共通性などが認められず、組合せの
動機付けが否定され、進歩性が認められた。
このように、特許法29条1項1号又は2号による公知技術は、新規性を否定する上では
有効であっても、進歩性を否定する証拠としては有効でない場合が多い。特に、事後的な分
析によって、公知技術の内容(例えば特殊パラメータの値など)を立証して、他の文献との
組合せで進歩性を否定するのは、更に困難であると考えられる。

平成25年(行ケ)10313号「高吸水高乾燥性パイルマット」事件

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