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平成25年(行ケ)第10245号「脱硫ゴムおよび方法」事件

名称:「脱硫ゴムおよび方法」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成25年(行ケ)第10245号、判決日:平成26年7月17日
判決:審決取消
特許法:29条2項
キーワード:進歩性、補正却下
[概要]
審決は,①本願補正発明は,甲1発明と同一であり,特許法29条1項3号の規定に該当し,
特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は却下する,②本
件補正前の本願発明は,甲2発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,と判断した。
本願発明は,次のとおり。
「ゴムの脱硫方法であって,硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,前記加硫
ゴムをテルピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程を含み,前記反応混合物には,54
~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテルピン溶液が存
在している,前記脱硫方法。」
審決が認定した甲2発明は,次のとおり。
「屑ゴムの脱硫方法であって,屑ゴムが粗砕きされた後,細く砕かれる工程と,前記屑ゴムを脱
硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程を含み,それにより屑ゴムの脱硫が行われる,前記脱
硫方法。」
審決が認定した本願発明と甲2発明の一致点及び相違点は,次のとおり。
一致点:ゴムの脱硫方法であって,硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,
前記加硫ゴムをテレピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程を含み,反応混合物には,
架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテレピン溶液が存在している,
前記脱硫方法。
相違点:本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,
架橋を破壊しているものの,上記「」内の事項の特定がない点。
相違点に係る審決の判断は,次のとおり。
架橋をどのくらい破壊するかは,再生ゴムの再生ゴムの腰の強さ,練りやすさ等の兼ね合いの
観点より,当業者が適宜決定する設計事項であるから,相違点に係る構成は容易想到である。
[主な争点]
取消事由3:甲2発明の認定の誤りと本願発明と甲2発明の相違点の看過
取消事由4:本願発明の容易想到性判断の誤り
[原告の主張]
取消事由3について:本願発明と甲2発明との間には,「本願発明では,反応混合物中に,5
4~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテレピン溶液が
存在しているのに対して,甲2発明では,当該十分な量のテレピン溶液が存在していない」とい
う相違点がある。甲2発明の「脱硫」においては,硫黄架橋の破壊は,「脱硫罐内に松根油と共
に入れて加熱する工程」及び「工程後の屑ゴムをロールに通す工程」(Refining)の双方で生じ
ているから,反応混合物に脱硫に十分な量のテレピン溶液が存在しているとはいえない。
取消事由4について:甲2発明では硫黄架橋の破壊は,「脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱
する工程」及び「工程後の屑ゴムをロールに通す工程」(Refining)の双方で生じているのであ
り,かつ,油の添加量は極めて少ないから,「屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する
工程」のみで54パーセントもの架橋破壊を実現することは極めて困難である。引用文献には,
甲2発明を修正して,54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十
分な量の油(松根油)を使用してみることの動機付けや示唆はない。
[裁判所の判断]
『取消事由3について
本願では,「脱硫」を使用済みの加硫ゴムを再利用できる形態まで処理するという意味で用い
ているものと認められる。したがって,「脱硫方法」である本願発明と対比するために引用文献
から認定される甲2発明は,引用文献でいうところの「脱硫」ではなく「再生」の方法であるべ
きで,本願発明と対比する際に認定されるべき甲2発明は,「屑ゴムの再生方法であって,硫黄
架橋している硫黄を含む加硫ゴムである屑ゴムをCracking(粗砕)及びGrinding(細砕)する工
程,脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程,Refining(精細)して再利用可能な程度の可
塑性と粘着性を与える工程,を含む屑ゴムの再生方法。」というべきものである。
審決は,引用文献から,屑ゴムを砕き,化学処理する工程までの「脱硫」方法を認定したに留
まり,再利用可能な可塑性及び粘着性を有するゴムを得るための「再生」方法全体を認定しなか
った点で誤りである。
本願発明の「テルピン溶液」は甲2発明の「松根油」に相当し,本願発明の「脱硫」は甲2発
明の「再生」に相当するので,両者は,①甲2発明においては,「Refining(精細)して再利用
可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を含むのに対して,本願発明ではそのような工程を
含むことが特定されていない点,②用いるテルピン溶液が,本願発明では54~100%の架橋
を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量であるのに対して,甲2発明では量に
ついて特定がない点,及び,③本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対
して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,架橋の破壊の程度について特定がない点,に
おいて相違する。したがって,審決の相違点の認定には誤りがある。
取消事由4について
引用文献においては,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工
程」については,「再生は脱硫のみならずRefining に依つても行われる」,「(Refining を)
をおろそかにしている工場の殆ど總ては・・・出来上つた再生ゴムは粒子が粗く著しい見劣りが
感ぜられた」,「何れにしてもRefining は斯くの如く重要なもの」等とされており,「Refining
(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を重視すべきことが強調されて
いる(甲2)。そうすると甲2発明に接した当業者は,再生(本願発明の「脱硫」)に際して「Refining
(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を強化するべきことを想到する
としても,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を必須と
しない構成については,これを容易に想到し得ない。
本願発明の「54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量
のテルピン溶液」とは,本願発明の意味での「脱硫」,すなわち,使用済みの加硫ゴムを再利用
できる形態まで「再生」すること,を基本的に完了するに足りる量のテルピン溶液を意味すると
解される。
一方,甲2発明の「再生方法」では,松根油と共に加熱する工程のみならず,可塑性及び粘着
性を強めるRefining 工程も必須であって,松根油と共に加熱する工程のみで「再生」が行われる
わけではないから,松根油の量は,加硫ゴムを再利用できる可塑性及び粘着性を有する形態まで
「再生」するのに十分な量であるとは認められない。むしろ,引用文献には,前記のとおり油の
量を多くし加熱時間を長くすると再生ゴムの腰が弱くなるので,そうせずにRefining を十分に行
うことで十分な可塑性と粘着性を有し,腰の強い再生ゴムが得られる旨が記載されているので,
油の量を多くすることには阻害要因があるというべきである。』と判断して審決を取り消した。
[コメント]
審決は、引用文献に記載されている甲2発明全体と本願発明と対比せずに、甲2発明のうち本
願発明と関係する一部分だけを抜き出して本願発明と対比したため、一致点と相違点の判断を誤
った。甲2発明に係る引用文献は、特許文献ではなく技術文献であったため、甲2発明全体の捉
え方を誤ったと思われる。技術文献は発明全体を捉えることが難しい場合もあるため、記載され
ている技術内容全体から何が発明として必須事項であるかを把握する必要がある。

平成25年(行ケ)第10245号「脱硫ゴムおよび方法」事件

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