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平成25年(行ケ)10300号「炭化珪素半導体装置の製造方法」事件

名称:「炭化珪素半導体装置の製造方法」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)10300 号 判決日:平成 26 年 11 月 4 日
判決:請求棄却(無効不成立審決を維持)
特許法29条2項
キーワード:リパーゼ判決、阻害要因、進歩性
[概要]
リパーゼ判決に基づき、本件発明の要旨認定に誤りがあることを前提として、相違点の認
定・判断の誤りを主張したが、本件発明の要旨認定に誤りはなく、甲号証発明の改変に阻害
要因があるため、無効不成立審決の結論は妥当であると判断された事案。
[請求項1]
ショットキー電極の終端領域の下の第1導電型の低濃度の炭化珪素膜に、イオン注入によ
り第2導電型の領域を形成し高温活性化処理する工程を含む炭化珪素半導体装置の製造方法
において、
上記第1導電型の低濃度の炭化珪素膜は、結晶学的面指数が(0001)面又は(000
-1)面を有する第1導電型の炭化珪素基板上に堆積されており、
上記第1導電型の低濃度の炭化珪素膜上へのショットキー電極形成に先立って、上記高温
活性化処理する工程後に、上記炭化珪素膜表面を犠牲酸化する工程及び犠牲酸化により形成
された40nm以上(ただし、50nm未満を除く)の二酸化珪素層を除去する工程を備え
たことを特徴とする炭化珪素半導体装置の製造方法。
[無効審決の理由]
本件特許発明は、甲1及び周知技術、又は甲6及び周知技術に基づき、当業者が容易に発
明できたとはいえない。
(相違点1、対甲1)
本件発明1は、「上記第1導電型の低濃度の炭化珪素膜は、結晶学的面指数が(0001)
面又は(000-1)面を有する第1導電型の炭化珪素基板上に堆積されて」いるのに対し、
甲1記載発明は、「n+4H-SiC基板」の結晶学的面指数が特定されていない点。
(相違点2、対甲1)
本件発明1は、「上記炭化珪素膜表面を犠牲酸化する工程及び犠牲酸化により形成された4
0nm以上(ただし、50nm未満を除く)の二酸化珪素層を除去する工程」であるのに対
し、甲1記載発明は、「60nmの厚みの熱酸化膜と、1.0μmの厚みのLPCVD酸化膜
を形成して不動態化する工程」と、「続いて、緩衝フッ酸(BHF)エッチングによって、不
動態化された酸化膜内に開口を形成する工程」である点。
(相違点3、対甲6)
相違点1と同じ。
(相違点4、対甲6)
本件発明1は、「上記炭化珪素膜表面を犠牲酸化する工程及び犠牲酸化により形成された4
0nm以上(ただし、50nm未満を除く)の二酸化珪素層を除去する工程」を備えている
のに対し、甲6記載発明は、本件発明1の「二酸化珪素層」に対応する「第1熱酸化層」の
厚さが不明である点。」
[争点]
取消事由 1:本件発明の要旨認定の誤り。
取消事由 2、4、5、7:要旨認定の誤りを前提とする相違点 2、4 に関する認定・判断の誤り。
取消事由 3、6:相違点 1、3 に関する容易想到性の判断の誤り。
[裁判所の判断]
取消事由1(要旨認定の誤り)について、原告は、審決が本件発明1の要旨を「本件発明
1の当該「除去する工程」は、当該対象物を「除去」する工程、すなわち取り除く工程であ
るから、「犠牲酸化により形成された」「二酸化珪素層」をすべて取り除くものと認められる。」
と認定したことについて、特許請求の範囲を超えて「すべて」という文言を付加したもので
あって、リパ-ゼ判決に反し、本件発明1の要旨の認定を誤ったものであると主張する。
この点、「除去」の辞書的意味は、広辞苑(乙1)によれば、「とりのぞく」ことである。
もっとも、本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「犠牲酸化により形成された40nm
以上(ただし、50nm未満を除く)の二酸化珪素を除去する工程」における除去の対象に
つき、二酸化珪素層の全部であるのか、又は、全部及び一部の両方を含むのかにつき、これ
を明示する記載はなく、同請求項の記載から一義的に明確に理解できるとまではいえない。
したがって、本件においては、本件明細書の記載を参酌することが許されるものというべき
である。なお、このような参酌はリパーゼ判決に反するものではない。
本件発明の課題及びその解決手段によれば、本件発明は、量的に十分な二酸化珪素層を形
成しこれを除去することによって、炭化珪素表面の汚染又は損傷等により劣化した層を除去
しようとするものであるから、量的に十分に確保された二酸化珪素層を全部除去することに
よって、漏洩電流の問題を解決しようとするものであると理解するのが自然である。しかも、
本件明細書には、二酸化珪素層を全部取り除く例の記載はあるものの、二酸化珪素層の一部
を取り除くことについての明示の記載はない。
以上によれば、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明1の「二酸化珪素層を除去する
工程」とは、犠牲酸化により形成された二酸化珪素層の全部を除去する工程を意味するもの
であると解するのが相当である。したがって、上記と同旨の審決の本件発明1の要旨の認定
に誤りはない。
取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤り)については、前記の点を前提として本件発
明1と甲1記載発明とを対比すると、前記の一致点及び各相違点を認定することができる。
したがって、審決の本件発明1と甲1記載発明の一致点及び相違点の認定に誤りはない。
取消事由4(相違点2に係る容易想到性の判断の誤り)については、甲1記載発明におけ
る「開口」以外の部分の「60nmの厚みの熱酸化膜」と「1.0μmの厚みのLPCVD
酸化膜」からなる「不動態化された酸化膜」は、本件発明1における犠牲酸化のための二酸
化珪素層とは、その目的が異なり、その結果、機能も異なると解されるから、原告が主張す
るように、構成が共通であることのみを理由として両者を共通するものとみることもできな
い。
甲1記載発明における「開口」以外の部分の「60nmの厚みの熱酸化膜」と「1.0μ
mの厚みのLPCVD酸化膜」からなる「不動態化された酸化膜」は、パッシベーション膜
(表面保護膜)として機能させるために形成されたものであり、残存することが予定される
ものである。そうすると、甲1記載発明において、「60nmの厚みの熱酸化膜と、1.0μ
mの厚みのLPCVD酸化膜を形成して不動態化する工程」及び「続いて、緩衝フッ酸(B
HF)エッチングによって、不動態化された酸化膜内に開口を形成する工程」を、本件発明
1の相違点2に係る構成(二酸化珪素層を除去する工程)とすることには阻害要因があるも
のというべきである。
また、甲6記載発明の内容に照らすと、「第2熱酸化層」は「開口」された部分を除き残存
させられることが予定されているものである。したがって、上記と同様に、相違点4の容易
想到性に係る審決の判断に誤りはない。
[コメント]
リパーゼ判決(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決)は、
特許要件の判断における発明の要旨認定につき、特段の事情のない限り、願書に添付した特
許請求の範囲に基づいてなされるべきであり、特許請求の範囲の記載が一義的でない場合に
は、明細書の内容が参酌されるべきと判示する。
本件では、原告は特許請求の範囲の記載が一義的であると主張したが、裁判所は一義的で
ないと認定した上で、明細書の内容を参酌して、発明の要旨を審決と同様に限定解釈した。
このため、本件発明の要旨認定や相違点の認定に誤りはなく、甲号証発明の改変に阻害要因
があるため進歩性を有しており、無効不成立審決の結論は妥当であると判断された。
なお、阻害要因については、本件では当事者間で十分争われていないため、参考になる点
は少ない。

平成25年(行ケ)10300号「炭化珪素半導体装置の製造方法」事件

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