IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成25年(ネ)第10090号 「共焦点分光分析」事件
名称:「共焦点分光分析」事件
特許権侵害差止等請求事件
知財高裁:判決日26年9月17日、平成25年(ネ)第10090号
判決:請求棄却
キーワード:訂正の再抗弁
[概要]
原判決における進歩性欠如による無効を理由とする特許法104条の3に基づく抗弁(無効の
抗弁)に対して,訂正の再抗弁を主張したが認められず請求棄却された事案である。
[経過]
平成22年11月16日:本訴(原審)を提起
平成23年12月22日:原審第6回弁論準備手続期日において,乙16発明に基づく進歩性欠
如を含む無効の抗弁を主張。同日付けで控訴人らはこれに反論
平成24年7月3日:本件訂正審判請求
平成24年9月11日:本件訂正を認める審決
平成24年9月18日:原審において本件訂正に基づく訂正の再抗弁を主張
平成24年11月5日:特許無効審判請求(無効2012-800183号)(※訂正請求せず)
平成25年7月2日:無効不成立の審決に対する審決取消訴訟(H25年(行ケ)第10227号)
を提起
平成25年8月30日:原判決 →控訴人は控訴を提起し,新たな訂正の再抗弁を主張
[原判決:H22(ワ)第42637号]
原審は,平成25年8月30日,被控訴人製品は,スポット照明モードにおいて特定の設定(本
件設定)をした場合には,本件発明7~本件発明10及び本件発明13(本件発明)の各技術的
範囲のいずれにも属するが,本件発明は,いずれも,「高感度ラマン分光法の最近の動向と半導
体超薄膜への応用」に記載された発明(乙16発明)に基づいて容易に想到することができるか
ら,本件発明に係る特許はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものであるとして,控
訴人らの請求を全部棄却する判決を言い渡した。
[裁判所の判断](他の争点は省略)
5.訂正の再抗弁
(1)時機に後れた攻撃防御方法の主張について
被控訴人は,控訴人らによる後記(2)の新たな訂正の再抗弁の主張が時機に後れた攻撃防御方法に
当たる旨を主張するが,控訴人らによる当該主張は既に提出済みの証拠関係に基づき判断可能な
ものであるから,訴訟の完結を遅延させるものとはいえない。したがって,新たな訂正の再抗弁
の主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下することはしない。
(2)訂正審判請求又は訂正請求の必要性につき
ア 控訴人らの主張
控訴人らは,当審における新たな主張として,原判決が認めた乙16発明に基づく進歩性欠如に
よる無効を理由とする特許法104条の3に基づく抗弁(以下「無効の抗弁」という。)に対し
て,訂正の再抗弁を主張した。
訂正の再抗弁として,当該訂正により原判決が認めた無効理由が解消することと,被告製品が
訂正後の本件発明の各構成要件を充足することを主張するが,訂正の再抗弁を主張するに際して
訂正審判請求又は訂正請求(以下「訂正請求等」という。)を行っている必要性はなく,訴訟の当
事者(特許権者)が訂正請求等を行いたくても行えないような場合に訂正の再抗弁を認めないと
すれば,当該当事者の権利を不当に害することになると主張する。
イ 訂正請求等の必要性について
特許権侵害訴訟において,被告による抗弁として特許法104条の3に基づく権利行使の制限が
主張され,その無効理由が認められるような場合であっても,訂正請求等により当該無効理由が
回避できることが確実に予想されるようなときには,「特許無効審判により無効とされるべきもの
と認められる」とはいえないから,当該無効の抗弁の成立は否定されるべきものである。そして,
無効理由の回避が確実に予測されるためには,その前提として,当事者間において訴訟上の攻撃
防御の対象となる訂正後の特許請求の範囲の記載が一義的に明確になることが重要であるから,
訂正の再抗弁の主張に際しても,原則として,実際に適法な訂正請求等を行っていることが必要
と解される。
仮に,訂正の抗弁を提出するに当たって訂正審判等を行うことを不要とすれば,以下のような弊
害が生じることが予想される。すなわち,①当該訂正が当該訴訟限りの相対的・個別的なものと
なり,訴訟の被告ごとに又は被疑侵害品等ごとに訂正内容を変えることも可能となりかねず,法
的関係を複雑化させ,当事者の予測可能性も害する。②訂正審判等が行われずに無効の抗弁に対
する再抗弁の成立を認めた場合には,訴訟上主張された訂正内容が将来的に実際になされる制度
的保障がないことから,対世的には従前の訂正前の特許請求の範囲の記載のままの特許権が存在
することになり,特許権者は,一方では無効事由を有する部分を除外したことによる訴訟上の利
益を得ながら,他方では当該無効事由を有する部分を特許請求の範囲内のものとして権利行使が
可能な状態が存続する。
したがって,訂正の再抗弁の主張に際しては,実際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟
上必要であり,訂正請求等が可能であるにもかかわらず,これを実施しない当事者による訂正の
再抗弁の主張は,許されないものといわなければならない。なお,無効の抗弁が,実際に無効審
判請求をしなくても主張できると解される一方で,訂正の再抗弁は,実際に訂正審判等をする必
要が求められるわけであるが,これは,無効の抗弁が,客観的根拠を有する証拠等に基づいて主
張する必要があるのに対し,訂正の再抗弁は,所定の要件さえ満たせば特許権者において随意の
範囲にて主張することが可能であることに由来する相違であって,両者の扱いに不合理な差別が
あるわけではない。
ただし,特許権者が訂正請求等を行おうとしても,それが法律上困難である場合には,公平の観
点から,その事情を個別に考察して,訂正請求等の要否を決すべきである。その理由は以下のと
おりである。
ウ 例外となる背景事情
平成23年法律第63号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)においては,特許
無効審判が特許庁に係属している場合,当該無効審判に係る審決取消訴訟を提起した日から起算
して90日の期間内に限り,訂正審判請求ができるとし(旧特許法126条2項),裁判所は,
当該訂正に係る特許を無効審判において審理させることが相当であると認めるときには,事件を
審判官に差し戻すことができると定めていた(旧特許法181条2項)。これらの規定は,裁判
所から特許庁への柔軟な差戻しを認めるとともに,特許権者において,当該審決に示された判断
を踏まえて合理的な期間内に無効理由を回避する訂正をし,特許庁において,改めて訂正後の特
許の有効性を判断することにより,特許発明の保護を図るという利点をもたらす一方で,特許権
者が訂正審判請求を繰り返すことにより,審理又は審決の確定が遅延するという問題点を有して
いた。そこで,平成23年法律第63号による改正後の特許法(以下「新特許法」という。)は,
審決取消訴訟提起後の訂正審判請求を禁止し(旧特許法181条2項の削除,新特許法126条
2項),併せて,無効審判手続における審決予告制度(新特許法164条の2第2項)を導入し,
特許権者において,無効審判請求に理由があるとする予告審決を踏まえて訂正請求をすることを
可能とした(新特許法134条の2第1項,164条の2第2項)。
したがって,新特許法下においては,裁判所に審決取消訴訟に提訴され,これが係属している間,
審理の迅速かつ効率的な運営のために,特許権者が訂正請求等を行うことは困難となったもので
ある。
また,旧特許法下においても,例えば,特許権侵害訴訟において被告が無効の抗弁を主張すると
ともに,同内容の無効審判請求を行った後に,被告が,新たな無効理由に基づく無効の抗弁を当
該侵害訴訟で主張することが許され,その無効理由については無効審判請求を提起しないような
例外的な場合は,既存の無効審判請求について訂正請求が許されない期間内であれば,特許権者
において,新たな無効理由に対応した訂正請求等を行う余地はないことになる(新特許法下にお
いても同様である。)。
以上のような法改正経緯及び例外的事情を考慮すると,特許権者による訂正請求等が法律上困難
である場合には,公平の観点から,その事情を個別に考察し,適法な訂正請求等を行っていると
の要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには,当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も
許されるものと解すべきである。
・・経緯によれば,現時点において,知的財産高等裁判所に上記審決取消訴訟が係属中である以
上,特許権者である控訴人レニショウは,訂正審判請求及び訂正請求をすることはできない(特
許法126条2項。同法134条の2第1項参照。)。
しかしながら,控訴人らが,当審において新たな訂正の再抗弁を行って無効理由を解消しようと
する,乙16発明に基づく進歩性欠如を理由とする無効理由は,既に原審係属中の平成23年1
2月22日に行われたものであり,その後,控訴人レニショウは,平成24年7月3日に本件訂
正審判請求を行ってその認容審決を受けている。また,被控訴人が平成24年11月5日に乙1
6発明に基づく進歩性欠如を無効理由とする無効審判請求を行っていることから,控訴人レニシ
ョウは,その審判手続内で訂正請求を行うことが可能であった。さらに,新たな訂正の再抗弁の
訂正内容を検討すると,本件発明である共焦点分光分析装置として通常有する機能の一部を更に
具体的に記載したものであって,控訴審に至るまで当該訂正をすることが困難であったような事
情はうかがわれない。
すなわち,控訴人レニショウは,乙16発明に基づく無効理由に対抗する訂正の再抗弁を主張す
るに際し,これに対応した訂正請求又は訂正審判請求を行うことが可能であったにもかかわらず,
この機会を自ら利用せず,控訴審において新たな訂正の再抗弁を主張するに至ったものと認めら
れる。
そうすると,控訴人レニショウが現時点において訂正審判請求及び訂正請求をすることができな
いとしても,これは自らの責任に基づくものといわざるを得ず,訂正の再抗弁を主張するに際し,
適法な訂正請求等を行っているという要件を不要とすべき特段の事情は認められない。
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