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平成27年(行ケ)第10121号「低カリウム含有量葉菜およびその栽培方法」事件

名称:「低カリウム含有量葉菜およびその栽培方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10121号 判決日:平成28年3月8日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、数値限定発明、引用発明の認定
 
[概要]
引用文献の請求項のみに記載され明細書に一切記載されていない発明特定事項であっても、当業者が技術思想を把握できれば「刊行物に記載された発明」として認定することができると判断して、引用文献(引用発明)に係るホウレンソウの栽培方法を、同一の課題を解決するために、リーフレタス等の栽培方法に適用することは、容易とされた事例。
 
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2009-189373号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-13703号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
しかし、知財高裁は原告の請求を棄却した。
 
[本願補正発明]

【請求項1】

 水耕栽培法を用いて,リーフレタス,サンチュ,又はコマツナを栽培する方法において,栽培期間のうち,最初の期間は水耕液中のカリウム含有量を減らさずKNOを加えて栽培し,その後,収穫までの7から10日間を,水耕液中のカリウム要素であるKNOの代わりに同濃度のNaNOを加え,かつ栽培期間を通じて水耕液のpHを,NaOHを用いて6.0-6.5に調節することを特徴とするカリウム含有量の少ないリーフレタス,サンチュ,又はコマツナを栽培する方法。

 
[審決が認定した引用発明の内容]
水耕栽培法を用いてホウレンソウを栽培する方法において,栽培期間のうち,最初の2-3週間は水耕液中のカリウム含有量を減らさずKNOを加えて栽培し,その後,収穫までの2週間を,水耕液中のカリウム要素であるKNOの代わりに同濃度のNaNOを加え,栽培期間を通して水耕液のpHを,NaOHを用いて6.0-6.5に調節する,カリウム含有量が低いホウレンソウの栽培方法。
 
[審決が認定した本願補正発明と引用発明との相違点]
栽培対象の葉菜類農産物及びKNOの代わりに同濃度のNaNOを加える期間に関して,本願補正発明は,「リーフレタス,サンチュ,又はコマツナ」及び「7から10日間」であるのに対し,引用発明は,「ホウレンソウ」及び「2週間」である点で相違する。
 
[原告主張の取消事由]
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り並びにこれに起因する本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り)
引用例1の請求項2及び要約には,水耕液中のカリウム要素であるKNOの代わりに同濃度のHNOまたはNaNOを加えるとの記載があるが,発明の詳細な説明において記載されているのはHNOのみである。・・・(略)・・・したがって,NaNOについては,発明の詳細な説明における説明も,実施例による裏付けもないため,引用例1の請求項2におけるNaNOの記載は,なんら意味を持つものではなく,引用例1において導き出されるのは,KNOの代わりに同濃度のHNOを加えるということであると解される。
したがって,引用例1からは,KNOの代わりに同濃度のNaNOを加えることを,引用発明として認識することができないと解するのが妥当である。
したがって,栽培対象の葉菜類農産物,KNOの代わりに加える化合物,及びその期間に関して,本願補正発明は,「リーフレタス,サンチュ,又はコマツナ」,「NaNO」及び「7から10日間」であるのに対し,引用発明は,「ホウレンソウ」,「HNO」及び「2週間」である点で相違する,と認定されるべきである。
 
2 取消事由2(本願補正発明と引用発明の相違点の判断の誤り)
(1)本願補正発明のリーフレタス及びサンチュは,キク目キク科の植物であり,コマツナは,フウチョウソウ目アブラナ科である。一方,引用発明のホウレンソウは,ナデシコ目アカザ科である。すなわち,本願補正発明と引用発明とは,栽培対象の葉菜類農産物の分類学上の目が異なっている。本願補正発明の植物と引用例1に記載の植物とは,全く別のものとして扱われるべきものである。
(2)本願補正発明は,リーフレタス,サンチュ又はコマツナを栽培する際に,単に,KNOの代わりにNaNOを加える期間を最適化したものではない。
 
[裁判所の判断]
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り並びにこれに起因する本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について
『引用例1の「発明の詳細な説明」には,水耕液中のカリウム濃度を減らすために,KNOの代わりにNaNOを加える方法についての効果等の説明や実施例の記載はないものの,上記請求項2には選択的な方法の一つとして明記されており,同請求項記載の選択的な他の方法である,KNOの代わりにHNOを加える場合については,実施例2において,可食部の生育を維持しつつ,カリウム含有量の少ないホウレンソウを栽培することができたことを示す試験結果が記載されている。また,「水耕液中のカリウム濃度を減らすためにKNOを減らし,減少したNOを補うためにHNOを加え,0.1N NaOHを用いてPHを6.5に調節した。」(【0019】)との記載によれば,実施例2において用いられたHNOは,KNOを使用しないことによるNOの減少分を補うために添加されるものであると理解できる。
他方,NaNOについては,その化学構造からして,HNOと同様に,KNOを使用しないことによるNOの減少分を補うことができるものであること,また,葉菜類の水耕液にNaNOを加えることにより,等量のNaとNOが水耕液に加わった状態は,葉菜類の水耕液にHNOを加え,同水耕液のpHを6.0-6.5に調節するためにNaOHを添加して,NaとNOが存在する状態と,水耕液としては実質的に同じであることが認められる。
そうすると,引用例1の記載を総合的に参酌すれば,引用例1の請求項2に記載された選択的な方法のうち,KNOの代わりに同濃度のNaNOを加えた水耕液を用いる栽培方法は,KNOの代わりに同濃度のHNOを加えた水耕液を用いる栽培方法と,水耕液としては実質的に同じものを用いるものであり,前者の方法についても,後者の方法と同様に,可食部の生育を維持しつつ,カリウム含有量の少ないホウレンソウを栽培することが可能であることを当業者は理解することができるから,引用例1には,審決が認定した前記第2の3(1)のとおりの引用発明が,当業者であれば理解できる程度の技術的思想として開示されているものと認められる。
したがって,審決が,前記第2の3(1)のとおりの引用発明を認定した点に誤りはない。』
 
2 取消事由2(本願補正発明と引用発明の相違点の判断の誤り)について
ア 栽培対象の葉菜類農産物に関して
『引用例1は,栽培期間の途中から水耕液中のカリウム濃度を減らした水耕栽培方法を適用できる葉菜類農産物の「モデル植物」として,葉菜類の中でカリウム含有量が高いことからホウレンソウを挙げたものであって,かかる水耕栽培方法が適用できる葉菜類は,ホウレンソウに限られるものではないことが示唆されていると認められる。
そして,本願出願日当時,ホウレンソウと同様に,リーフレタス,サンチュ及びコマツナは,植物工場などにおいて水耕栽培することは技術常識であったこと(乙1,弁論の全趣旨)に照らすと,当業者であれば,引用発明に係る栽培方法を,カリウム濃度を減らした葉菜類を生産するという同一の課題を解決するために,ホウレンソウ以外の水耕栽培する葉菜類であるリーフレタス,サンチュ又はコマツナの栽培に適用することを,容易に想到することができたものと認められる。』
イ KNOの代わりに同濃度のNaNOを加える期間について
『葉菜類によって,水耕栽培を開始してから収穫までの全体の日数や生育状況が変化することは技術常識であり,当業者であれば,引用発明に係る栽培方法を,リーフレタス,サンチュ又はコマツナの栽培に適用するにあたり,KNOの代わりに同濃度のNaNOを加える期間を,それぞれの生育状況や可食部のカリウム含有量等を指標にしつつ最適化し,収穫までの「7から10日間」と設定することは,過度な試行錯誤を要することなく適宜なし得る事項にすぎない。したがって,引用発明に係る栽培方法を,リーフレタス,サンチュ又はコマツナの栽培に適用するに際し,KNOの代わりに同濃度のNaNOを加える期間を「7から10日間」とすることは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。
ウ 効果について
前記アのとおり,引用例1には,栽培期間の途中から水耕液中のカリウム濃度を減らした水耕栽培方法を適用できる葉菜類は,ホウレンソウに限られるものではないことが示唆されていると認められることから,リーフレタス,サンチュ又はコマツナを同様の方法で栽培した場合にも,ホウレンソウと同様に,カリウム制限による生育障害が起らず,可食部の単位新鮮重あたりのカリウム含有量が減少することを,当業者は予期するということができる。
そして,引用発明においても,ホウレンソウの収穫時における可食部の単位新鮮重あたりのカリウム含有量が従来の栽培方法で栽培したものの1/3から1/4に減少できるという効果があることからすれば(甲1の【0011】),本願補正発明において,リーフレタス,サンチュ又はコマツナのカリウム含有量を従来の栽培方法で栽培したものの30%から40%に減少できるという効果(しかも,本願明細書の実施例〔甲2の段落【0025】〕によれば,サンチュのカリウム減少量は42%であるが,リーフレタスは28%,コマツナは31%であり,引用発明の効果の範囲と相違しない。)が,当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。
エ したがって,引用発明において,相違点に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであると認められるから,審決の判断に誤りがあるとは認められない。』
 
[コメント]
本判決において、刊行物(引用文献)の請求項のみにある発明特定事項が記載されており、その明細書に当該発明特定事項が一切記載されていない場合であっても、刊行物に、当業者であれば理解し得る程度の当該発明特定事項に係る技術思想が開示され、刊行物全体に記載された内容に基づいて当業者がこれを把握し得るものであれば、特許法29条1項3号所定の「刊行物に記載された発明」として認定することができると判断したことは、引用発明の認定に際して留意すべき事項である。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)

平成27年(行ケ)第10121号「低カリウム含有量葉菜およびその栽培方法」事件

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