IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)10143号「体液分析装置」事件
名称:「体液分析装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10143号 判決日:平成28年3月16日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断、動機付け
[概要]
引用例には本願発明に特有の課題が開示されておらず、引用発明等を組み合わせる動機付けがないという理由により、審決における容易想到性の判断が誤りだとして、本願発明の進歩性を否定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2010-90278号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-8379号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明](下線は、後記相違点2に係る部分)
【請求項1】
体液導入孔と,体液導入孔からのびる体液通路と,前記体液通路から供給される体液の少なくとも一つの成分を検出可能なセンサ部とを有する使い捨て検査具を挿入して,前記使い捨て検査具のセンサ部を介して体液中の成分の分析を行う体液分析装置であって,
前記使い捨て検査具が,保存時に冷蔵保存されるものであり,かつ,前記センサ部を較正する較正液を収容した較正液収容部を備えており,
体液分析装置が,
前記使い捨て検査具を挿入可能な挿入部と,
前記挿入部から使い捨て検査具が挿入されたか否かを検知する挿入検知手段と,
前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の温度を測定可能な温度計測部と,
前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の出力を入力するための入力部と,
前記センサ部を加熱可能な加熱手段と,
前記センサ部からの出力に基づいて体液中の成分の分析処理を行うと共に,前記温度計測部からの出力に基づいて前記加熱手段を制御する制御手段と,
前記使い捨て検査具の較正液収容部を押圧して,較正液収容部から較正液をセンサ部まで押し出す押圧手段と
を備え,
前記挿入検知手段が使い捨て検査具の挿入を検知した時に体液分析装置が作動するように構成され,
前記制御手段が,
前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より低い場合には,始めに前記加熱手段を作動させて,センサ部の温度が所定の温度になるまでセンサ部を予熱し,次いで,前記押圧手段を作動させてセンサ部を較正させ,その後,分析処理を実行し,
前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より高い場合には,前記加熱手段による予熱処理を行わせず,前記押圧手段を作動させてセンサ部を較正させ,その後,前記分析処理を実行する
ように構成されている
ことを特徴とする体液分析装置。
[審決]
引用発明の携帯型分析器に引用発明2を適用して、非接触温度検出装置と抵抗加熱要素を設けて分析時の温度制御を行うとともに分析時と同じ温度で較正を行えるようにすることは、当業者が容易になし得るとした上で、ある温度に設定するために、温度が所定の温度より低い場合には余熱して高い場合には余熱しないことは、通常の温度制御方式にすぎないと判断した。
審決において、本願発明の進歩性は否定された。
[取消事由]
1.相違点2判断の誤り
2.作用効果の顕著性
※以下、取消事由1についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
『引用発明2は,上記1(2)のとおりであり,センサチップ部の外表面温度を監視することを介して試料溶液の温度を制御し,試料溶液の分析時に求められる温度(実施例では37.5℃)に一定化するものである。そして,引用例2には,較正プロセスについての記載も,冷蔵保存していた場合の問題点の記載もない。そうすると,引用発明の較正プロセスに引用発明2の温度制御システムを適用することが,直ちには動機付けられるとはいえない。
また,仮に,引用発明の較正プロセスに引用発明2の温度制御システムを適用することが容易であるとしても,引用発明に引用発明2を組み合わせたものは,常に分析時に求められる試料溶液の温度に一定化するとの構成しか有しておらず,センサ部の温度が所定の温度より低い場合にセンサ部を予熱するという相違点2に係る本願発明の構成には至らない。
しかも,本願発明においては,予熱する場合(常温より低い場合)と予熱しない場合(常温の場合)とのいずれかが選択される以上,当然,予熱しなくてもいい場合(常温の場合)があることが前提であり,冷蔵保存していたものを常温に戻すとの課題を認識しなければ,このような構成をとることは通常あり得ない。したがって,温度が所定の温度より低い場合には予熱し,高い場合には予熱しないことは,引用発明等に開示されていない,特有の技術課題である。』
『以上から,引用発明及び引用発明2に基づいて,相違点2に係る本願発明の構成が,当業者にとって容易に想到できるものであるとは認められない。
したがって,審決の相違点2の判断には,誤りがある。』
[コメント]
審決では、引用発明1(判決文では「引用発明」)に引用発明2を適用することは容易であるとされた。一方、判決では、本願特有の課題は、引用例2に開示されておらず、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがないとされた。
引用発明1と本願発明の出願人は、いずれも原告であり、引用発明1は、本願明細書において従来の使い捨て検査具として記載されている。本願明細書には、引用発明1に係る課題(冷蔵保存していた使い捨て検査具を常温に戻して使用する場合に生じる課題)が記載されており、本願発明は、この課題を解決するために、相違点2に係る構成を採用したものである。よって、引用例1及び引用例2には本願特有の課題が開示されておらず、組み合わせの動機付けがないとした判決は妥当と思われる。 以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
平成27年(行ケ)10143号「体液分析装置」事件
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