IP case studies判例研究

平成27年(行ケ)第10105号「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件

名称:「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 27 年(行ケ)第 10105 号 判決日:平成 28 年 3 月 9 日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号,36条6項1号
キーワード:明確性,サポート要件
[概要]
明細書において,「からなる」の前に摘示された素材,構成要素以外の成分を排除すること
が明らかでない限り,単に「Aを含む」ものがその技術範囲に含まれると判断された事例。
また,サポート要件における技術的意義,及び,明確性要件の判断において,出願経過,
審判における対応や外国語出願における原文を参酌することは相当ではないとされた事例。
[事件の経緯]
被告は,特許第 3547755 号の特許権者である。
原告が,当該特許の請求項1~9に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効
2014-800083 号)を請求し,特許庁が,請求不成立(特許維持)の審決をしたため,原告は,
その取り消しを求めた。
知財高裁は,原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液か
らなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量
の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路
投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
[原告主張の取消事由]
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋,下線)
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について
『(2) まず,「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」中の「からなる」との文言について,
「から」という格助詞と「なる(成る)」という動詞とから成り立つもので,「から」は,直
前に記載されたものが素材,材料,構成要素となることを示す語であり,「なる(成る)」は,
成立する,構成するを意味する語であることは明らかである。そうすると,「Aからなる」も
のは,Aを「素材・材料・構成要素」として「成立する・構成されている」ものを意味する
と解される。
したがって,「(A)からなる」という場合には,Aを必須の構成要素とすることは明確で
あるものの,それ以上に,Aのみで構成され,他の成分を含まないものか,Aのほかに他の
成分を許容するか否かについて規定するものではなく,「Aのみからなる」場合をも包含する
概念であると認められ,このこと自体に当事者間に実質的な争いはない。
そして,例えば,含有する金属が一部異なると,特質が全く異なるものとなる一部の合金
における分野等と異なり,医薬液体製剤については,pHの調整や,安定性,保存性を高め
るために何らかの添加剤が含有される場合が多いことは,原告も認めるとおり,周知のこと
である。
そうすると,明細書において,「からなる」の前に摘示された素材,構成要素以外の成分を
排除することが明らかでない限り,「Aからなる」とは,Aを必須の構成要素とするものであ
る以上に,他の成分については規定しておらず,単に「Aを含む」ものがその技術範囲に含
まれると理解することになるものと解され,また,他の成分を排除するか否か規定していな
いからといって,「Aからなる」の語が,特段不明確な用語と理解されるものでもない。
次に,本件明細書を見るに,その記載は,前記(1)のとおりであって,オキサリプラティヌ
ムを水に溶解したオキサリプラティヌム水溶液を構成要素とする製剤であることは明らかで
あるが,本件発明1の「オキサリプラティヌム水溶液」に他の成分を含んではならないこと
を示す記載はなく,他の構成要素を含有することが排除されているとまではいえない。
したがって,当業者は,本件発明1は,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ない
し6のオキサリプラティヌムの水溶液」を必須の構成要素とすることだけが特定された製剤
であって,該製剤に他の構成要素が含まれることが排除されてはおらず,かつ,「医薬的に許
容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%
であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプ
ラティヌムの医薬的に安定な製剤」に係る発明と一義的に理解することが可能であるといえ
る。
よって,本件発明1は明確であり,同様の理由により,本件発明2~9も明確である。』
『ウ また,原告は,審決が,本件の国際出願におけるフランス語の原文を斟酌しておらず,
その結果,本件明細書の記載事項の判断を誤った旨主張する。
しかし,特許法184条の6第2項は,外国語特許出願に係る国際出願日における明細書
及び請求の範囲の翻訳文が,同法36条2項の規定により願書に添付して提出した明細書及
び特許請求の範囲とみなされる旨を規定しており,以降の審査においてすべて翻訳文を基準
とすることが明らかにされている。したがって,本件発明の明確性要件を判断する際に,外
国語特許出願に係る国際出願日における特許請求の範囲及び明細書の各翻訳文を考慮すれば
足り,それらの翻訳文の記載から離れて,本件の国際出願におけるフランス語の原文の記載
を考慮することはできない。
エ さらに,原告は,拒絶理由通知に対する意見書(甲2)及び審判事件答弁書(甲6)にお
ける被告の主張からみて,「からなる」が,酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤を排除する閉鎖
的な意味で用いられていたとの解釈が可能であることが裏付けられると主張する。
しかし,特許法36条6項2号は,前記のとおり,・・・(略)・・・あくまで明細書の記載
要件である以上,その適否は,当該記載から客観的に判断されるべきであって,出願経過や
審判における対応を斟酌することは,かえって,特許が付与された権利範囲を不明確にする
ものといわざるを得ない。特許権の行使場面において,その技術的範囲を判断する際に,出
願経過等の事情を斟酌することはともかくとして,本件発明の明確性要件の判断をする際に,
これらを考慮することは相当ではなく,原告の上記主張は採用できない。』
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
『(イ) 以上のとおり,本件明細書によれば,本件発明の課題は,医薬的に許容可能な期間医
薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等な化学的純度及び治療活性を示す,
そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ることであるといえる。そして,解決
手段として,オキサリプラティヌムを1~5mg/mlの範囲の濃度と4.5~6の範囲の
pHで水に溶解したことが示されている。
イ これに対し,原告は,発明の詳細な説明の「…有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,
緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,
達成できることを示すことができた。」(原告指摘箇所①)との記載及び「…この製剤は他の
成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。」(原告指摘箇所②)
から,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を排除することに技術
的意義があると解され,このことは,出願経過,審判における対応や外国語出願における原
文に照らせば,明らかなことであると主張する。
しかし,サポート要件の判断において把握される本件発明の技術的意義については,あく
まで,明細書の記載要件として,本件明細書及び本件出願時の技術常識から判断すべきもの
であり,明確性要件において述べたのと同様に,出願経過,審判における対応や外国語出願
における原文を参酌することは相当でない。
これを前提として,本件明細書を見ると,・・・(略)・・・「酸性またはアルカリ性薬剤,
緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含有する場合に,不都合が生じるとの問題についての記
載はない。そして,実施例の実験は,添加剤の有無についての具体的条件は示されておらず,
原告指摘箇所①の記載に鑑みて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加
剤」を含まない実験で実証できたことが示されていることが分かるにすぎない。また,これ
らの添加剤を入れた比較例についての記載はない。
そうすると,原告指摘箇所①については,単に本件発明の課題が,「酸性またはアルカリ性
薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まない実験結果によって解決できることが示さ
れたというにとどまるのであり,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加
剤」が,課題解決のために常に除外すべき成分であることが示されているとはいえない。
また,原告指摘箇所②についても,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を
超える不純物を含んではならない。」とあるだけで,それ以外に,添加剤を含まない製剤であ
ることが課題解決につながる旨の記載はなく,また,添加剤を含有することにより不都合が
生じることを示すような証拠の提出もないことに鑑みると,この記載のみから,本件発明の
製剤が他の成分を含んではならない旨が明らかに示されているとはいえず,本件発明の課題
解決手段が,これらの添加剤を含まないことによって初めて達成でき,含んだ場合には達成
できないことを示しているとは認められない。
そうすると,明細書の記載に基づく判断としては,原告の指摘箇所①,②を踏まえたとし
ても,本件発明における課題及び課題解決手段が,上記添加物を含む場合に解決できず,こ
れらを含まないことが発明の技術的意義であると認めることはできない。したがって,請求
項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映され
ていないとはいえず,原告の主張は採用できない。』
[コメント]
「Aからなる」の語が,第三成分を排除するか否か規定していないからといって,特段不
明確な用語と理解されるものでもなく,明確性要件を満たすとされた判断は妥当と思われる。
また,サポート要件における技術的意義,及び,明確性要件の判断において,出願経過,
審判における対応や外国語出願における原文を参酌することは相当ではないことは,特許法
の規定からすれば当然である。
一方,特許権の行使の際における特許発明の技術的範囲は,明細書の記載に加えて,出願
経過や審判における対応が参酌されて判断される。案件の事情により一概に言えないが,「か
らなる」は「のみからなる」と判断される場面も少なくないため(平成 14 年(ワ)第 25697
号,平成 11 年(ワ)第 3012 号,平成 20 年(行ケ)第 10196 号),実務上では,第三成分を
積極的に排除する意図がない場合には,「含む」などの表現とするべきである。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

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