IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)10126号「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件
名称:「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10126号 判決日:平成28年6月9日
判決:審決取消
関連条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性
[概要]
「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした審決の解釈は根拠を欠くものであるとして、進歩性を否定した事例。
[事件の経緯]
被告は、本件特許(特許第5104744号)の特許権者である。
原告が、本件特許の無効審判請求(無効2014-800031)をしたところ、特許庁が請求不成立の審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において,
上記固体電解質シートは,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に,酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり,
上記一対の電極は,上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり,
上記アルミナシートの両表面には,該アルミナシートよりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり,
該一対の表面アルミナ層には,上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり,
該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって,該開口用貫通穴から上記電極が露出し,且つ,該開口用貫通穴の周縁部は,上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっていることを特徴とするガスセンサ素子。(下線部:訂正請求で補正した箇所)
[争点]
進歩性(特許法29条2項)判断の当否
[審決が認定した本件発明1と甲2発明(1)の一致点及び相違点]
(ア)一致点
「固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において,
上記固体電解質シートは,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に,酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり,上記一対の電極は,上記ジルコニア充填部の両表面に設けてある,,ガスセンサ素子。」である点。
(イ)相違点
本件発明1においては,「上記アルミナシートの両表面には,該アルミナシートよりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり,該一対の表面アルミナ層には,上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり,該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって,該開口用貫通穴から上記電極が露出し,且つ,該開口用貫通穴の周縁部は,上 記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」のに対し,甲2発明(1)は,そのような表面アルミナ層を備えていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由4-1(本件発明1について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(3)相違点に関する容易想到性の判断について
・・・(略)・・・
(イ) 検討
甲2の段落【0091】の記載によれば,甲2発明(1)においては,ガスセンサ素子を構成する未焼成シートの積層に当たり,各層を接合する方法として,接着剤を用いるのではなく,積層方向に外力を加えて未焼成シートを圧着する方法が用いられているところ,上記(ア)の通り,ガスセンサ素子を構成する未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することが本件出願当時の周知技術であったことからすると,甲2発明(1)において,未焼成シートの積層に当たり,圧着ではなく甲3技術の接着剤を用いた接合方法を採用することに,格別の困難があったものとはいえない。
加えて,前記(2)のとおりの甲3の段落【0049】ないし【0053】の記載によれば,甲3技術は,導体層の平坦部と略面一の状態となるように接着剤を塗布することにより,各未焼成シートと各未焼成スペーサとの間に局所的な加重が加わることを防止し,各未焼成シート又は各未焼成スペーサに亀裂が発生することを防止するというものであるところ,甲2発明(1)においても,第1電極404及び第2電極406によって生じる段差によって,第2基体403,絶縁部材405,保護層407に亀裂が発生するおそれがあることは,甲3のガスセンサ素子の場合と同様であるから,甲2及び甲3に接した当業者であれば,甲2発明(1)においても,上記のような亀裂の発生を防止すべく甲3技術を適用しようとする動機付けがあるというべきである。
したがって,甲2発明(1)に甲3技術を適用し,絶縁部材405の表面及び裏面のうち,第1電極404及び第2電極406周囲の電極非形成部分に,各電極の周縁に接するように,かつ,各電極の平坦部と略面一の状態になるようにアルミナからなる接着剤を塗布して段差を解消し,平坦化を図った上で上記403ないし407の各層を積層することは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
イ 甲2発明(1)に甲3技術を適用した結果得られるガスセンサ素子が相違点に係る本件発明1の構成を備えるか否かについて
・・・(略)・・・
(a) 本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては,表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴と電極との大きさの関係について,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」とされるのみであり,「電極よりも大きな形状」の意義について,電極の側面が露出する程度のものでなければならないことを示す記載はない。
この点について,被告は,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状」とは,開口用貫通穴の内面が電極の外面より大きいことを意味し,そうである以上,その間に隙間が必然的に生じ,電極の側面が露出することは明らかである旨主張する。しかし,表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接する構成(電極の側面が露出しない構成)においても,開口用貫通穴の内側に電極が配置されるものである以上,開口用貫通穴の内周は,電極の外周よりも大きな形状となっているはずである。なぜなら,開口用貫通穴の内周と電極の外周が全くの同一形状であるとすれば,開口用貫通穴の内側に電極を配置することは物理的にできないはずだからである。
したがって,開口用貫通穴の大きさについて,「電極よりも大きな形状」との文言から直ちに「電極の側面が露出する程度」のものであるとの解釈が導き出されるものではなく,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,本件審決の上記解釈が根拠付けられるものとはいえない。
(b) 次に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,実施例2に関して,「本例は,図4に示すごとく,アルミナシート3の両表面に,アルミナシート3よりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して,固体電解質シート2を形成した例である。…開口用貫通穴351は,ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく,ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。」との記載があり,図4のガスセンサ素子の断面図では,表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されていることが認められる。
しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1について,表面アルミナ層の開口用貫通穴が電極の側面が露出する程度に電極よりも大きな形状であることを要する旨の記載はなく,ガスセンサ素子の早期活性化と共に,強度向上を図ることができること及びジルコニア充填部が充填用貫通穴内から抜け出してしまうことを防止すること)との関係からみても,電極の側面が露出する態様のものに限定されるべき理由はない。
他方,図4に示されたガスセンサ素子は,実施例の一態様を示すものにすぎないから,当該図面に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されているからといって,直ちに本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない。
(c) さらに,本件審決は,「ガスセンサ素子において,電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。
しかしながら,上記のような技術常識があるからといって,本件発明1のガスセンサ素子における電極が,常にその上面のみならず側面まで露出するものであることを要するとの解釈が直ちに導き出されることにはならない。
(d) 以上によれば,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした本件審決の解釈は,根拠を欠くものであって誤りであり,これを前提とする本件審決の前記判断も誤りというべきである。
b上記aで検討したところによれば,本件発明1における「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成には,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してある表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接しているものも含まれると解すべきである。
してみると,本件アルミナ接着剤層が第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成される態様は,相違点に係る本件発明1の構成のうち,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすものといえる。
ウ 以上のア及びイによれば,甲2発明(1)に甲3技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たことであり,かつ,その結果得られるガスセンサ素子は,相違点に係る本件発明1の構成をすべて備えるものといえるから,甲2発明(1)に甲3技術を適用することにより相違点に係る本件発明1の構成とすることは,本件出願当時の当業者において容易に想到し得たものと認められる。』
[コメント]
本件の「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとする審決の解釈が否定された。当該審決の判断を誤りとした本判決は妥当と思われる。
以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)
平成27年(行ケ)10126号「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件
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