IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)10195号「改良された耳ユニットと呼ばれる装置」事件
名称:「改良された耳ユニットと呼ばれる装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10195号 判決日:平成28年4月27日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断、特許請求の範囲又は明細書の記載に基づかない主張
[概要]
原告は、凹状の湾曲部が耳輪根に対する接触面を積極的に提供する旨を主張したが、当該主張は、特許請求の範囲又は明細書の記載に基づかない主張であり、採用することができないとして、拒絶審決が維持された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-106827号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-12902号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願補正発明](下線部は、拒絶査定不服審判請求時の補正箇所を示す。)
【請求項1】
耳に安定して装着するための耳ユニット(10)であって,
前記耳ユニット(10)は,大きな略C字状のカーブ(9)を有しており,
前記略C字状のカーブ(9)は,耳の対耳輪(13)に対応しており,前記略C字状のカーブ(9)が,対耳輪(13)の内側部分に沿って収まるとともに耳の対珠(3)の下に部分的に位置し,且つ,前記略C字状のカーブ(9)の端部(5,8)の間の距離が,耳の耳珠(4)の下に形成された第1空洞部と,対耳輪(13)の下方の節(15)によって覆われた第2空洞部と,の間の距離におおよそ等しくなるように構成されており,
前記耳ユニット(10)は凹状の湾曲部(21)を有して,当該凹状の湾曲部(21)は,耳甲介(22)の内面に従って接触面を提供する,改良された装着をもたらして,耳ユニット(10)が耳の中に配置されたときに,耳甲介(22)に対して密着することを可能にすることを特徴とする耳ユニット。
[審決]
本願発明は、引用発明1と、次の点が相違すると認定した。
本願発明では,「耳ユニットは凹状の湾曲部を有して,当該凹状の湾曲部は,耳甲介の内面に従って接触面を提供する,改良された装着をもたらして,耳ユニットが耳の中に配置されたときに,耳甲介に対して密着することを可能にする」旨特定するのに対して,引用発明では,そのような特定を有していない点。
そして、上記の相違点は、引用発明2に記載されていると認定し、本願発明は、引用発明1及び引用発明2に基づいて容易に発明することができると判断した。
[取消事由]
相違点の判断の誤り
[原告の主張]
引用発明2の溝7は,耳輪根との干渉を回避するよう幅広に形成され,耳輪根に対する接触面を「積極的に提供」しない。
一方,本願発明の凹状の湾曲部は,耳輪根に対する接触面を積極的に提供するものである。
そうすると,引用発明に原告主張技術事項を採用しても,イヤホンのC字部の耳甲介に接触する面が耳甲介の表面状態にならうような面とはならないから,本願発明に至らない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2 取消事由(相違点の判断の誤り)について
『(1) 本願補正発明の構成への未到達について
ア 引用例2技術事項について
原告は,審決が引用例2から
「 外耳道にはめ込む部分がなく,耳甲介にはめるだけのデバイスにおいて,当該デバイスが耳甲介の壁により密着できるようにするために,当該デバイスにおける耳甲介の壁に対向する面に,耳輪根に対応する僅かに湾曲した輪郭の溝(くぼみ)を形成したこと。」(引用例2技術事項)を認定したのは誤りであり,
「 外耳道にはめ込む部分がなく,耳甲介に置かれるだけのデバイスにおいて,当該デバイスが耳甲介の壁のうち耳輪根を除いた部分により密着できるように,当該デバイスにおける耳甲介の壁に対向する面に,耳輪根との干渉を避けるように耳輪根を受け入れるための幅広の窪みを,わずかに湾曲した輪郭に沿って延在させて形成したこと。」(原告主張技術事項)
が認定されるべきであると主張する。
しかしながら,上記1(3)にて認定のとおり,溝7は,耳輪根を受け入れること,あるいは,耳輪根に係合することによって,デバイスの耳甲介の壁への密着を阻害することのないように形成されればよく,そのように形成されれば,溝7が耳輪根に接しても接しなくてもよいものであると認められる。溝7が殊更に耳輪根との接触を避けるとの趣旨を読み取ることはできず,そのほか原告が指摘する点も原告の主張を裏付けるに足るものではない。したがって,引用例2から,溝7につき「…のうち耳輪根を除いた部分…」「耳輪根との干渉を避けるように」との技術事項を読み取ることはできない。
・・・(略)・・・
したがって,審決の引用例2技術事項の認定には,誤りはない。
イ 本願補正発明について
原告は,本願補正発明の凹状の湾曲部は耳輪根に対する接触面を積極的に提供するものであると主張し,これは,要するに,本願補正発明の凹状の湾曲部は耳輪根に適合する形状であり,耳輪根に密着する旨をいうものと解される。
しかしながら,本願の特許請求の範囲にも,本願明細書にも,耳輪根に対する接触との関係で凹状の湾曲部の形状を特定する記載はない。本願の特許請求の範囲には,「前記耳ユニット(10)は凹状の湾曲部(21)を有して,当該凹状の湾曲部(21)は,耳甲介(22)の内面に従って接触面を提供する,改良された装着をもたらして,耳ユニット(10)が耳の中に配置されたときに,耳甲介(22)に対して密着することを可能にする」との記載があるが,これは,凹状の湾曲部を含む略C字状のカーブの耳との対向面全体が耳甲介の内面に従った接触面を提供すると特定するものであり,凹状の湾曲部が耳輪根との接触面を提供すると特定するものではない。本願明細書の,「耳ユニット10は,耳ユニット10が耳内に配置されたときに,耳甲介22の内部表面に沿って続く,湾曲部21を備えて,形成されている。この接触面は,より広い部分が耳甲介に対して置かれるため,更なる安定性をもたらし,それにより快適さが増加する。」(【0019】)との記載も,上記同様に理解されるものであり,そのほか,凹状の湾曲部の形状を特定する記載も図示も見当たらない。
原告の主張は,特許請求の範囲又は明細書の記載に基づかない主張である。
本願補正発明の凹状の湾曲部は,上記1(1)によれば,耳甲介の内部表面(壁)に沿うように形成されているから,耳輪根など耳内の凸部によって,耳ユニットの耳甲介の壁への密着を阻害することのないように形成されればよく,そのように形成されれば,凹状の湾曲部が耳輪根などの耳内の凸部に接しても接しなくてもよいものであると認められる。
ウ 組合せについて
以上からすると,引用例2には引用例2技術事項の記載があるといえ,また,本願補正発明の凹状の湾曲部は,耳輪根などの耳内の凸部に接しなくてもよいものであるといえる。そうすると,引用発明2の溝7が耳輪根に接しない場合があるとしても,引用発明に引用発明2技術事項を組み合わせても相違点に係る本願補正発明の構成に至らないとする理由にはならない。
原告の前記主張は,採用することができない。』
[コメント]
本願明細書には、本願補正発明の発明特定事項である「凹状の湾曲部」の形状を特定する記載が見当たらず、原告が主張するような「当該湾曲部が耳輪根に接触する」との解釈をすることはできない、とした裁判所の判断は妥当と考える。
当然ではあるが、本事例の「凹状の湾曲部」のように、クレームに列挙される構成については、明細書に形状や他の部材との関係や作用などを詳細に記載すべきである。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)
平成27年(行ケ)10195号「改良された耳ユニットと呼ばれる装置」事件
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