IP case studies判例研究

平成28年(ネ)10007号「揺動機能付き椅子」事件

名称:「揺動機能付き椅子」事件
特許権侵害行為差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成28年(ネ)10007号  判決日:平成28年6月29日
判決:請求棄却
条文:特許法70条1項および2項
キーワード:均等論、第1要件(非本質的部分)、第5要件(特段の事情)
[事案の概要]
従来技術と比較した特許発明の貢献の程度と、審査経過における補正の経緯から、被告各製品は、均等の第1要件および第5要件を充足せず、本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するということはできないと判断された事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)、特許第3958413号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成26年(ワ)25196)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。
[本件発明](下線は補正・訂正部分)
A ベースと、該ベースに対して揺動可能に設けられた座席と、を備えた揺動機能付き椅子であって、
B 前記座席に支持された磁性材料の部材と、
C 前記座席の静止時における磁性材料の部材位置とは異なる位置に、前記磁性材料の部材に近接して前記ベースに固定され、電磁力により前記磁性材料の部材を揺動方向に吸引するソレノイドと、
D 該ソレノイドを所定のタイミングで励磁することで前記座席の揺動動作を制御する揺動制御手段と、を備え、
E 前記磁性材料の部材とソレノイドとは離間した状態で揺動する揺動機能付き椅子において、
F´ 前記ベースには、少なくとも2つのロッドが互いに前記座席の揺動方向に離間した位置で揺動可能に設けられ、この2つのロッドに前記座席が揺動方向に対して離間された2つの異なる位置で支持され、
G 前記磁性材料の部材は、所定の間隔で対向配置された2つの磁性材料の部材で構成され、
H 前記ソレノイドは前記座席の揺動静止時における前記2つの磁性材料の部材間の中点位置近傍で前記ベースに固定され、
I 前記ソレノイドは、巻線軸に沿った貫通穴を有し、前記巻線軸を前記座席の揺動方向に対して平行に前記ベースに固定され、
J 前記2つの磁性材料の部材は、前記座席に固定された直線形状のシャフトに固定され、
K 前記シャフトは、前記貫通穴に挿入されていることを特徴とする
L 揺動機能付き椅子。
[争点]
均等侵害の成否
構成要件F’に相当する各被告製品の座席支持機構の具体的な構成について(争点1)
[裁判所の判断](筆者にて、適宜下線。)
1.争点1(均等侵害の成否)について
(1)均等の第1要件(非本質的部分)について
『特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、 ①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定され、②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。』
『本件明細書の記載及び上記各周知技術によれば、本件発明は、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって、揺動制御手段としてソレノイドを採用し、座席支持機構としてロッド1点支持方式を採用するものに、従来技術である、ロッド2点支持方式という座席支持機構、及び、直線状のシャフトをソレノイドに挿入するという構成を適用したものということができる。また、従来技術であるロッド2点支持方式は、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等に従来から存在した座席支持機構であるから、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であれば、揺動制御手段としてソレノイドを採用するものであっても、座席支持機構自体にロッド2点支持方式を組み合わせることは、さほど困難なこととはいえない。
したがって、本件発明の貢献の程度は、座席支持機構としてロッド1点方式ではなく、ロッド2点支持方式を採用するという点においては、それ程大きくないと評価することができるから、本件発明の本質的部分は、座席支持機構に関する限度においては、特許請求の範囲の請求項1の記載とほぼ同義となる。
オ 本件発明の本質的部分
(ア) 以上によれば、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって、揺動制御手段としてソレノイドを有するものにおいて、座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用したことは、本件発明の本質的部分(特許請求の範囲のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)であると認められる。
(イ) これに対し、控訴人は、本件発明の課題解決原理は、座席の支持部材を、座席の揺動方向に対して離間された異なる2つの位置に設け、当該2つの位置の支持点の軌道がそれぞれ振子運動となるようにして、座席の揺動時における上下動を若干程度に抑えると同時に、ソレノイドの貫通穴に直線状のシャフトを挿入する構成を採用することで、ソレノイドと磁性材料との距離を、非接触状態のまま可能な限り短縮することを可能とした点にあると主張する。しかし、座席の支持部材を座席の揺動方向に対して離間された異なる2つの位置に設け、当該2つの位置の支持点の軌道がそれぞれ振子運動となるようにすることは、ロッド2点支持方式の構成要素であるロッドの存在を捨象するものであるから、控訴人の上記主張は、採用することができない。
また、控訴人は、本件発明の課題解決原理には、座席を支持する部材を揺動方向に対して離間した2点に設けることで、揺動方向に対して離間した2点において座席を支持した点もあると主張する。しかし、座席を支持する部材を揺動方向に対して離間した2点に設けることも、ロッド2点支持方式の構成要素であるロッドの存在を捨象するものであるから、控訴人の上記主張は、採用することができない。
カ 各被告製品の第1要件の非充足
各被告製品は、座席を連続して揺動させる手段として、ソレノイドを用いる乳幼児用の椅子等ではあるものの、座席支持機構として「座席の下部に」「揺動方向に対して離間された2つの異なる位置にそれぞれ二組(合計4個)のコロ(車輪)」を「回動可能に設け」、「ベースの上部には、二組(4つ)の湾曲レール」を、「上記の各コロに対応する位置にそれぞれ設け」、「ベースの上部に設けられた各湾曲レールが前記座席の下部に回動可能に設けられた各コロを受けることによって、前記座席」を「前記ベースに対して揺動可能に支持」する方式を採用するものである。このように、各被告製品は、座席支持機構としてロッド2点支持方式、すなわちベースに2つのロッドが互いに座席の揺動方向に離間した位置で揺動可能に設けられ、この2つのロッドに座席が揺動方向に対して離間された2つの異なる位置で揺動可能に支持されるという方式を用いていない。したがって、各被告製品は、本件発明の本質的部分を備えているとはいえない。
したがって、各被告製品は、均等の第1要件を充足するとは認められない。』
(2)均等の第5要件(特段の事情)について
『均等の第5要件は、特許請求の範囲に記載された構成中に、対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、同対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないことである。すなわち、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないから、このような特段の事情がある場合には、均等が否定されることとなる。』
『ウ 特段の事情の有無
前記イのとおり、控訴人は、本件特許の出願時、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって、揺動制御手段としてソレノイドを有するものについて、旧請求項1においては、座席支持機構を特段限定せず、旧請求項2においては、座席支持機構をロッド2点支持方式に限定し、旧請求項3においては、座席支持機構を、座席とベースとの間に、ベースに対して座席が「水平往復動可能なスライド手段を設けたことを特徴とする」ものに限定していたものである。そして、控訴人は、本件補正により、旧請求項1を、本件特許の特許請求の範囲から削除し、その範囲を旧請求項2及び旧請求項3に限定したものである。
このように、控訴人は、本件補正において、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって、揺動制御手段としてソレノイドを有するものについて、拒絶理由通知に対応して、座席支持機構を特段限定していない旧請求項1を削除し、座席支持機構にロッド2点支持方式を採用する旧請求項2(本件発明)及び座席とベースとの間に、ベースに対して座席が「水平往復動可能なスライド手段を設けたことを特徴とする」方式を採用する旧請求項3に限定したものである。そして、本件発明の出願時には既に、座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等の座席支持機構として、コロと湾曲レールを利用した方式が存在することは周知であり(乙3~5)、コロと湾曲レールを利用する方式に係る座席支持機構は、上記のとおり削除された旧請求項1に係る座席支持機構の範囲内に客観的に含まれるものである。
したがって、控訴人は、コロと湾曲レールを利用する方式に係る座席支持機構についても、本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。
よって、均等の第5要件の充足は、これを認めることができない。
エ 控訴人の主張について
控訴人は、本件特許の出願当時、動力機構としてソレノイドを用い、座席支持機構としてコロと湾曲レールを利用するという各構成を組み合わせた乳幼児用の椅子等は存在せず、また、動力機構としてソレノイドを用いることから生じる課題も公知ではなかったから、本件特許の特許請求の範囲に、座席支持機構としてコロと湾曲レールを利用する方式も含めることは容易ではなく、さらに、拒絶理由を回避するために、座席支持機構についてロッドを利用した方式に限定したものでもないと主張する。しかし、控訴人が、本件補正において、ロッド2点支持方式等を除く方式に係る座席支持機構を包括的に削除したとの事実の評価は、客観的に判断されるべきものである。そうすると、このような控訴人の本件補正時における具体的な認識や本件補正の目的は、均等の第5要件の充足に関する結論を左右するものではない。』
[コメント]
均等の第1要件の本質的部分を認定するに際し、大合議判決(平成27年(ネ)第10014号「マキサカルシトールの製造方法」事件、弊所ニュースレター21-1ご参照)で示された具体的な判断基準によることが明示されている。従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいか否かの本件における判断においては、明細書の記載に加えて周知技術も考慮に入れられている。発明の全体を従来技術と比較し、「貢献の程度が大きい場合には上位概念化したものと認定」できない理由が示されている。
均等の第5要件に関しては、出願当時認識し得なかった事項についての明細書への記載の有無も、補正時における具体的な認識や補正の目的も、補正によるロッド2点支持方式以外の削除という客観的に判断される事項の前では、結論を左右するに至らないとする点が明確にされている。審査・審判段階で、拒絶の理由なしとされる請求項への限定の際には、引用文献の有無や種類に関わらず、細心の注意が必要である。
以上
(担当弁理士:高山 周子)

平成28年(ネ)10007号「揺動機能付き椅子」事件

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