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平成27年(行ケ)10097号「発光装置」事件

名称:「発光装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10097号  判決日:平成28年3月8日
判決:請求認容
特許法29条2項
キーワード:技術常識、設計事項
[概要]
本件出願の優先日当時、照明ユニットにおいて発光効率を高めるために、不純物の除去等の製造条件の最適化等により、蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは、当業者の技術常識であったことが認められるとしても、引用文献には、対象となる物質の内部量子効率に関する記載がうかがえないため、引用文献に基づいて容易に想到し得たものとはいえないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4094047号の特許権者である。
被告が、当該特許第4094047号に対して特許無効審判(無効2014-800013号)を請求したところ、原告は訂正請求をし、特許庁は訂正を認めた上で請求項1に係る特許を無効とする審決をしたため、原告はその取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件訂正発明](下線部は訂正箇所)
【請求項1】
赤色蛍光体と、緑色蛍光体とを含む蛍光体層と、発光素子とを備え、
前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と、前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と、前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって、
前記出力光が、白色光であり、
前記赤色蛍光体は、前記発光素子が放つ光によって励起されて、Eu2+で付活され、かつ、600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし、Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であり、
前記緑色蛍光体は、前記発光素子が放つ光によって励起されて、Eu2+又はCe3+で付活され、かつ、500nm以上560nm未満の波長領域に発光ピークを有する緑色蛍光体であり、
前記発光素子は、440nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する光を放つ青色発光素子であり、
前記蛍光体層に含まれる蛍光体はEu2+又はCe3+で付活された蛍光体のみを含み、
前記青色発光素子が放つ光励起下において前記赤色蛍光体は、内部量子効率が80%以上であり、
前記蛍光体層に含まれる蛍光体の励起スペクトルは、前記青色発光素子の放つ光の波長よりも短波長域に励起ピークを有し、
前記蛍光体層は、窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体以外の無機蛍光体を実質的に含まないことを特徴とする発光装置。
[審決]
本件訂正発明は、当業者が、本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲3(特開2003-206481号公報)に記載された発明、甲3に記載された事項及び甲13(特開2003-124527号公報)に記載された事項又は周知の技術事項に基づいて容易に発明をすることができたものである。
なお、審決において、本件訂正発明と、甲3発明との相違点1~6が認定されている。このうち、相違点5は以下のとおりである。
(相違点5)
本件訂正発明の「赤色蛍光体」は、「前記青色発光素子が放つ光励起下において」「内部量子効率が80%以上であ」るのに対し、甲3発明の「赤」に発光する「ニトリド含有顔料」がそのようなものか否か不明である点。
[取消事由]
1.甲3発明の認定の誤り、一致点の認定の誤り等
2.相違点の判断の誤り
3.手続違背
[原告の主張](取消事由2の「相違点5の判断の誤り」のみを抜粋して記載)
本件審決は、相違点5に関し、照明ユニットにおいて効率を高めることは一般的な課題であり、効率を高めるために、製造条件の最適化等により内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは、当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであるとして、内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは、目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して、当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎない旨判断した。
しかしながら、本件出願の優先日当時は、発光素子の発光ピーク近傍に励起スペクトルのピークがある蛍光体を選択し、発光ピークにおける励起スペクトルの強度を大きくすることで高い効率を得ようとしていたものであり、内部量子効率と励起波長との関係に着目し、その測定結果に基づいて蛍光体を選択しようとする試みはなく、また、紫外領域に励起ピークを有する窒化物蛍光体について、青色領域における内部量子効率を、紫外領域と同等の効率水準(80%以上の実用水準)にしようとすることは、誰も考えもしないことであった。
したがって、甲3発明において、高い効率を得るために、内部量子効率と励起波長との関係に着目し、赤色蛍光体の青色領域における内部量子効率を80%以上にしようとする構成(相違点5に係る本件訂正発明の構成)を採用する動機付けはないから、本件審決の上記判断は誤りである。
[被告の主張](取消事由2の「相違点5の判断の誤り」のみを抜粋して記載)
外部量子効率(発光効率)は、「内部量子効率×蛍光体による励起光の吸収率」によって求められるところ、乙5に「・・・(略)・・・」と記載されているように、内部量子効率が高いことが望ましく、その解決手段として「母体結晶と発光中心の組み合せによる最適な材料設計」があることが知られていたことは、明らかである。
このように内部量子効率が高いことが望ましいことは、本件出願の優先日前における技術常識であったから、内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは、当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことである。したがって、内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは、目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して、当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎず、当業者は、甲3発明において相違点5に係る本件訂正発明の構成を採用することを容易に想到することができたから、原告の上記主張は、理由がない。
[裁判所の判断](取消事由2の「相違点5の判断の誤り」のみを抜粋して記載)
『そこで検討するに、甲5の・・・(略)・・・との記載などに鑑みると、本件出願の優先日当時、照明ユニットにおいて発光効率を高めるために、不純物の除去等の製造条件の最適化等により、蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは、当業者の技術常識であったことが認められる。』
『しかしながら、他方で、不純物の除去等の製造条件の最適化等により、蛍光体の内部量子効率を高めることについても、自ずと限界があることは自明であり、出発点となる内部量子効率の数値が低ければ、上記の最適化等により内部量子効率を80%以上とすることは困難であり、内部量子効率を80%以上とすることができるかどうかは、出発点となる内部量子効率の数値にも大きく依存するものと考えられる。』
『しかるところ、甲3には、量子効率に関し、別紙2の表3に3種の化合物の「量子効率(QE)」が「29」%、「51」%、「30」%であること、段落【0067】に、「サイアロンSrSiAl2O3N2:Eu2+(4%)(試験番号TF31A/01)」について「量子効率QEは43%」であることの記載があるだけであり、これ以外には、量子効率、外部量子効率又は内部量子効率について述べた記載はないし、別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の内部量子効率についての記載もない。また、甲3には、「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率についての記載もない。』
『このほか、別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」、さらには「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率がどの程度であるのかをうかがわせる証拠はない。』
『以上によれば、甲3に接した当業者は、甲3発明において、Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で、さらに、青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成(相違点5に係る本件訂正発明の構成)を容易に想到することができたものと認めることはできない。したがって、本件審決における本件訂正発明と甲3発明の相違点5の容易想到性の判断には誤りがある。』
『これに対し被告は、・・・(略)・・・旨主張する。しかしながら、一般論として、本件出願の優先日前において、青色発光素子が放つ光励起下における「ニトリドシリケート系の窒化物蛍光体」(α-サイアロン蛍光体を含む。)の内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を技術常識に基づいて想定できたとしても、甲3に接した当業者が、甲3の記載事項を出発点として、甲3発明において、Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で、さらに、青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成に容易に想到することができたかどうかは別問題であり、被告の上記主張は、甲3の具体的な記載事項を踏まえたものではないから、採用することができない。』
[コメント]
「内部量子効率」は材料の物性によって決定される。しかし、本件のように、高い内部量子効率を示す材料を総括して表現することが困難であるため、「Eu2+で付活され、かつ、600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体」という記載と共に、「前記青色発光素子が放つ光励起下において前記赤色蛍光体は、内部量子効率が80%以上であり、」という表現をすることで、材料の限定を行っている。
特許庁の主張は、「内部量子効率が80%以上」という条件が、「目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して、当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎない」とするものである。しかし、内部量子効率は物性に大きく依存するものであるところ、上記化学式で規定される赤色蛍光体において、「80%以上」という数値を実現することは設計事項の範疇ではないと裁判所は判断した。
ある物質について新規な特性を見出した場合において、当該特性の値を規定することで物質そのものを限定する趣旨で作成された請求項に対する拒絶対応時に参考になる事例である。ただし、前提として、当該特性の値は、従来の物質であれば製法を工夫する程度では到底実現し得ないことを示すデータを出願時に開示しておくことが肝要であることは言うまでもない。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

平成27年(行ケ)10097号「発光装置」事件

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