IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)第10184号「ローソク」事件
名称:「ローソク」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10184号 判決日:平成28年9月29日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、36条6項1号、36条6項2号、29条2項
キーワード:実施可能要件、サポート要件、明確性要件、PBPクレーム
[概要]
審査段階において、実施例の記載に基づいて請求項に追加した発明特定事項について、種々の解釈は可能であるが、当業者の理解、技術常識から記載不備(実施可能要件、サポート要件、明確性要件の違反)には該当しないと判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4968605号の特許権者である。
原告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2012-800197号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めて審決取消訴訟(平成26年(行ケ)第10145号)を提起した。知財高裁は、訂正の判断に誤りがある(誤記の対象がない)として、審決を取り消した(確定)。
その後、被告は、再度、訂正を請求したところ、特許庁が請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
A:ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって、
B:該燃焼芯にワックスが被覆され、
C:かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを、該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し、ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより
D:前記燃焼芯を露出させるとともに、
E:該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とする
F:ローソク。
[審決]
①特許法36条4項1号の実施可能要件、同条6項1号のサポート要件又は同項2号の明確性要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。
②特許法29条2項の規定に違反するものではない。
[取消事由]
1.取消事由1(記載不備に関する判断の誤り)について
(1)構成要件Cの「ワックスの残存率」に関する実施可能要件及び明確性要件の違反。
(2)燃焼芯の芯糸の太さ、重さ、種類に関する実施可能要件及び明確性要件の違反。
(3)構成要件Eの「燃焼芯の先端部に3秒以内で点火される」に関する実施可能要件及びサポート要件の違反。
(4)ローソクの製法が明細書に記載されている製造方法に限定されていないことに関するサポート要件の違反。
(5)「ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより」、「こそぎ落とし又は溶融除去することにより」が、経時的な要素を記載するプロダクト・バイ・プロセス・クレームであることに関する明確性要件の違反。
2.取消事由2(進歩性に関する判断の誤り)について
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3) 特許法36条4項1号の実施可能要件、同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件の各充足性について
ア 「ワックス残存率」(構成要件C)について
・・・(略)・・・燃焼芯の先端部のワックスの被覆総量と先端部以外の部分のワックスの被覆総量のように先端部の長さや先端部以外の部分の長さに左右されるものの割合ではなく、燃焼芯の先端部の単位長さ当たりのワックスの被覆総量と先端部以外の部分の単位長さ当たりのワックスの被覆総量との割合をいうものであることは、当業者が当然に理解するところである。なお、これを計算式でいえば、[ワックス除去処理後の先端部のワックスの単位長さあたりの被覆量]/[ワックス除去処理後の先端部以外の部分のワックスの単位長さあたりの被覆量]をいうものであると理解することができる。
・・・(略)・・・
イ 「3秒以内で点火される」(構成要件E)について
・・・(略)・・・本件発明の技術的特徴は、ワックスで被覆された燃焼芯を有するローソクの点火時間を短縮するための解決手段を提示するものであり、また、「3秒以内で点火される」との構成は、本件発明を構成する要件であるから、「3秒以内で点火」ができないローソクは、本件発明から除外されていることは明らかである。』
『(4) 原告らの主張に対する判断
ア 原告らは、「ワックスの残存率」を「ワックス除去処理後の先端部のワックス被覆量」/「ワックス除去処理後の先端部以外の部分のワックス被覆量」と解すべきであり、このように解したとしても、本件訂正明細書の記載とは矛盾しない旨主張する。しかしながら、原告らの主張のように解すると、先端部や先端部以外の長さによって「ワックスの残存率」の数値が変動することになり、当該数値が点火時間との関係で技術的意義を有しないものとなる。
・・・(略)・・・
イ 原告らは、ローソクの燃焼芯の太さや重さによって「ワックスの残存率」が変動するにもかかわらず、本件特許請求の範囲及び本件訂正明細書には、燃焼芯の太さや重さが記載されていないのであるから、「ワックスの残存率」を「19%~33%」とするには当業者にとって過度の試行錯誤を要するものであって、実施可能要件及びサポート要件を充足しない旨主張する。しかしながら、・・・(略)・・・本件特許請求の範囲及び本件訂正明細書に燃焼芯の芯糸の太さ等が記載されていないとしても、単位長さあたりのワックスの被覆量によって「ワックスの残存率」を測定することに困難な事情があるということはできず、当業者の過度の試行錯誤を要するとまではいえない。
・・・(略)・・・
ウ 原告らは、本件特許請求の範囲が「3秒以内で点火される」と特定されているのに対し、本件訂正明細書には平均値しか記載されていないから、本件発明のローソクは、特定の値である「3秒以内で点火」することができないものを含むことになり、また、特定の値である「3秒以内」が点火時間の平均値であることは、当業者において特許請求の範囲の記載から認識できないと主張する。しかしながら、・・・(略)・・・「3秒以内で点火」ができないローソクは、本件発明から除外されていることは明らかである。
・・・(略)・・・
エ 原告らは、本件訂正明細書に記載されている製造方法は先端部に被覆されたワックスをこそぎ落とした燃焼芯を、あらかじめ成形したローソク本体に設けられた貫通孔に挿入したもののみに限定するのに対し、本件特許請求の範囲は、当該製造方法に限定するものではないとして、本件特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号のサポート要件に違反する旨主張する。しかしながら、本件訂正明細書によれば、・・・(略)・・・当業者が本件訂正明細書において本件発明の課題を解決することができると認識できるローソクは、先端部のワックスを除去した燃焼芯をローソク本体の挿入孔に挿入する方法による実施例(【0025】)に限られるものではないことは明らかである。したがって、原告らの上記主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。
オ 原告らは、本件発明の「こそぎ落とし又は溶融除去することにより」との記載は、物の製造方法が記載されているプロダクト・バイ・プロセス・クレームであるから、明確性要件に適合しないなどと主張する。
しかし、・・・(略)・・・原告らの上記主張は、本件の特許無効審判において無効理由として主張されたものではなく、当該審判の審理判断の対象とはされていないものと認められるから、もとより本件訴訟の審理判断の対象となるものではなく(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)、失当というほかない。 なお、この点につき付言するに、PBP最高裁判決は、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が存在するときに限り、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう明確性要件に適合する旨判示するものである。このように、PBP最高裁判決が上記事情の主張立証を要するとしたのは、同判決の判旨によれば、物の発明の特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には、製造方法の記載が物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができないことによると解される。そうすると、特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、当該製造方法の記載が物の構造又は特性を明確に表しているときは、当該発明の内容をもとより明確に理解することができるのであるから、このような特段の事情がある場合には不可能・非実際的事情の主張立証を要しないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、・・・(略)・・・経時的要素の記載があるとはいえるものの、ローソクの燃焼芯の先端部の構造につき、ワックスがこそぎ落とされて又は溶融除去されてワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものにすぎず、仮に上記記載が物の製造方法の記載であると解したとしても、本件発明のローソクの構造又は特性を明確に表しているといえるから、このような特段の事情がある場合には、PBP最高裁判決にいう不可能・非実際的事情の主張立証を要しないというべきである。』
[コメント]
「ワックスの残存率」の文言については、実施例の評価項目として記載されていたが具体的な算出方法についての記載はなく、請求項の記載からは原告が主張のように解釈することもできる。また、「3秒以内で点火される」の文言については、実施例において効果を示す項目として記載されていたが、具体的な点火手段についての記載はなく、また、原告が主張するように平均値のため、今回の取消事由としては主張されていなかった明確性要件について問題となりうる懸念がある。
本判決(審決)では、技術常識が参酌されて記載不備を有しないと判断されたが、本件発明のように、実施例の評価等から発明特定事項を補正することで拒絶理由を回避した場合には、一方で、評価基準をしっかりと記載しておかなければ記載不備が指摘されるおそれがある。明細書の作成にあったっては、将来的に発明特定事項になり得る評価項目等については、所謂、パラメータに関する発明特定事項と同様に、一義的に内容(測定値)を決定できるような記載をしておくことを心掛けたい。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
平成27年(行ケ)第10184号「ローソク」事件
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