IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10026号「グラウト注入方法及び装置」事件
名称:「グラウト注入方法及び装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10026号 判決日:平成28年12月26日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:周知技術の認定、相違点の判断
[概要]
相違点2のうち一部の構成は周知技術であり、その他の構成は引用文献に開示されているという理由により、審決における相違点2の判断が誤りだとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5137153号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効014-800036号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求項1に係る発明について請求不成立(特許維持)の審決(なお、請求項2に係る発明についての特許は無効)をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明](下線は、訂正箇所)
【請求項1】
少なくとも地盤中に設置された複数の注入孔を介してグラウトを同時に注入するグラウト注入方法において、
注入ポンプによりグラウトが第1注入ホースを介して圧送されてくる分液盤内の吐出口の入口に至るまでの第1区分と、上記分液盤内において分液されてそれぞれ同一断面積の吐出口を通過した上記グラウトを第2注入ホースを介して上記複数の注入孔から地盤中に当該グラウトを注入するまでの第2区分とを形成し、
上記複数の吐出口の総断面積よりも、上記注入孔の総断面積を大きく設定し、
予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、上記第1区分中を流れるグラウトがその測定した地盤抵抗圧力よりも高い強制圧力となるように負荷することにより、上記分液盤における複数の吐出口から当該グラウトを均等に分液し、
上記第2区分を流れるグラウトを上記注入孔を介して地盤抵抗圧力に基づいて注入すること
を特徴とするグラウト注入方法。」
[審決]
原告らが提示した各文献には、本件発明1の「予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定する」ことは記載されておらず、また、当該文献から当業者が容易に想起し得ることでもないことから、相違点2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たこととすることはできない。
[取消事由]
相違点2の認定判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由(相違点2の認定判断の誤り)について
(1) 甲1発明の認定について
『前記1(1)によれば、審決による甲1発明の認定自体に、誤りは認められない。
原告らは、甲1の【0074】【図26】には、本件発明1の「予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、」との構成が記載されていると主張するところ、この構成の意義が、本工事の現場において、薬液を用いて地盤抵抗圧力を測定するものであることは、当事者間に争いのあるところではない。
そこで、検討するに、相違点1(筆者注:正しくは相違点2)に係る本件発明1の構成は、次のとおりである(分説は、本判決による。以下同じ。)。
(a) 予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、
(b1) 上記第1区分中を流れるグラウトがその測定した地盤抵抗圧力よりも高い強制圧力となるように負荷することにより、上記分液盤における複数の吐出口から当該グラウトを均等に分液し、
(b2) 上記第2区分を流れるグラウトを上記注入孔を介して地盤抵抗圧力に基づいて注入すること
・・・(略)・・・
本件発明1の「地盤抵抗圧力」とは、「注入圧力」のことであり(本件訂正明細書【0018】)、「流量」とは、単位時間当たりの流量(注入量)を意味するものと認められる(本件訂正明細書【0057】、審判事件答弁書〔甲13〕の4枚目、口頭審理陳述要領書〔甲17〕の3枚目参照)。上記記載によると、甲1発明も、注入圧力Pを設定するために、限界注入圧力Prfを用いている。しかしながら、上記記載によっても、限界注入圧力Prfとは、地盤破壊防止等のための上限値であって(甲5の281頁、甲7の35頁、甲10の27頁参照)、甲1発明は、地盤抵抗圧力(注入力圧力)を限界注入圧力Prfの限界内で設定するものにすぎず、本件発明1のように、地盤抵抗圧力(注入圧力)を、あらかじめ流量を決めて測定したものとは認められない。
したがって、甲1に、本件発明1の(a)の構成が記載されているとは認められない。』
(2) 周知技術の認定について
『事案にかんがみて、周知技術の認定について、まず、検討する。
・・・(略)・・・
上記各記載のとおり、地盤注入の施工前に地盤抵抗圧力(注入圧力)を測定することは、通常のことであり、その地盤抵抗圧が工事現場のものでなければならないのは当然であるから、その測定は、注入対象範囲内そのものであるかはともかくとして、工事現場と認められる範囲で行われているといえる(本件発明1も、注入対象範囲内そのもので地盤抵抗圧力が測定される場合に限定されるものではない。)。
そして、前記(1)のとおり、本件発明1の「流量」は、単位時間当たりの注入量(注入速度)のことであるところ、建設省(国土交通省)の通達等である上記③に、施工計画時に「注入速度」を定めなければならないと記載されていることや、業界団体の指針である上記⑤にも、施工計画時に注入速度が定まっていることを前提とする記載があることからみて、「流量」(注入速度)は、工事現場の状況等によって変更される余地はあるとしても、注入施工の前にあらかじめ定まっているものと理解できる。そして、「流量」(注入速度)と地盤抵抗圧力とは関連しているから(甲1の【図26】、甲2【図2】【図3】参照))、地盤抵抗圧力を測定することは、所定の「流量」(注入速度)を前提にしたものである。
また、地盤抵抗圧の測定が、薬液を用いて行うことが通常であるか、あるいは、水を用いて行うことが通常であるかが上記各記載からは明確ではないにしても、上記各記載は、薬液を用いて地盤抵抗圧の測定を行うことを排除はしていない。かえって、上記②には、「薬液のかわりに水を用いた注入試験における注入圧と注入速度の関係から注入形態を予測する簡便な方法が近年提案されている。」との記載があり、この記載の当然の前提として、従来から、薬液を用いた注入試験が広く行われていたことがうかがわれる。
以上からすると、本件発明1の「(a)予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、」との構成、すなわち、注入施工に先立ち、同じ注入材(グラウト)を用いて現場試験注入を行い、あらかじ流量を決めて注入圧力(地盤抵抗圧力)を測定することは、本件特許の出願時点において、測定方法の一つとして当業者に広く知られていた周知の事項であったと認められる。』
(3) 容易想到性について
『本件発明1は、前記(1)のとおり、(a)(b1)(b2)の構成を有しているところ、試験注入において、地盤抵抗圧力をどのように測定するかという点と、本施工において、測定された地盤抵抗圧力をどのように用いてグラウト注入を行うかという点は、それぞれ独立の技術的事項であるから、少なくとも、地盤抵抗圧力をどのように測定するかという(a)の構成と、本施工において、測定された地盤抵抗圧をどのように用いるかという(b1)(b2)の構成とは、その容易想到性を別々に考慮してよいものである。そうすると、上記(2)イのとおり、本件発明1の(a)の構成は、周知技術であるから、地盤抵抗圧力(注入圧力)を限界注入圧力Prfの限界内で設定する甲1発明において、その注入圧力の決定について、周知技術である相違点2に係る本件発明1の(a)の構成を採用することは、当業者が適宜なし得ることである。
また、前記(1)のとおり、甲1には、審決が甲1発明を構成するものとして認定する(A1)(B1)の構成のほか、(A2)(A3)(B2)の構成が開示されている。本件発明1の「地盤抵抗圧力」に相当する甲1発明の分岐圧力計P11の圧力値は、2kgf/cm2であり、本件発明1の「地盤抵抗圧力よりも高い強制圧力」に相当する甲1発明の送液圧力計P0の圧力値は、30kgf/cm2であるから、甲1発明においては、地盤抵抗圧力よりも高い強制圧力となるようにグラウトが負荷されている。そうすると、甲1の(A1)~(A3)(B1)(B2)の構成は、本件発明1の(b1)(b2)の構成を開示しているものといえる(審決も、本件発明2に係る無効理由の判断中で、甲1発明の(A1)(B1)に相当する構成が、本件発明1の(b1)(b2)に相当する本件発明2の構成に相当すると判断している。)。
以上によれば、本件発明1の(b1)(b2)の構成が、甲1の記載に基づいて、当業者において容易に想到できるものであることも、明らかであり、審決の相違点2の判断には、誤りがある。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、取消事由には、理由がある。』
[コメント]
相違点2の「予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、」との構成が、審決では周知技術ではないと認定されたのに対し、判決では周知技術であると認定された。
また、判決では、「予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、」との構成は、相違点2のその他の構成(測定された地盤抵抗圧をどのように用いるかという構成)とは、その容易想到性を別々に考慮してよい独立の技術的事項である、と判断された。その結果、上記のように「予め流量を決め地盤抵抗圧力を測定し、」との構成は周知技術であり、その他の構成は甲1に開示されているため、相違点2の構成は容易に想到できると判断された。
複数の技術的事項が作用効果等の観点から互いに関連していれば、まとめて一つの相違点として容易想到性を判断すべきであるが、本件では、施工前の試験注入において、地盤抵抗圧力をどのように測定するかという点と、本施工において、測定された地盤抵抗圧力をどのように用いてグラウト注入を行うかという点は、それぞれ独立した技術的事項と言えるため、判決は妥当であろう。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
平成28年(行ケ)第10026号「グラウト注入方法及び装置」事件
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