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平成28年(行ケ)第10141号「苦味マスキング食材、及び苦味マスキング方法」事件

名称:「苦味マスキング食材、及び苦味マスキング方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10141号 判決日:平成29年6月22日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号、29条1項
キーワード:新規性、明確性、不可能・非実際的事情
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/871/086871_hanrei.pdf
[概要]
引用発明との対比において、本願発明1との相違点が実質的に相違点とならないため、新規性がないと判断された事例。
プロダクトバイプロセスクレームである本願発明11は、不可能・非実際的事情が存在しないため、明確性がないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2011-185374号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-5021号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
可食物の苦味をマスキングする作用を有する無塩可溶性可食凝集剤を有効成分とすることを特徴とし、及び、さらに、前記可食凝集剤は、凝集作用のないナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物は無効であり、凝集奇特作用を有する水酸化カルシウムを主成分とすることを特徴とする、pH測定の為に何度も水に溶解が不可欠で、かつ非常に変動しやすいpHの調節限定など非常に不安定で手間がかかる面倒な工程をなんら必要とせずに、単に混ぜるだけで有効な、苦い可食物の苦味を奇特強力にマスキングするものであることを特徴とする、苦味マスキング剤。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の苦味マスキング剤を使うことを特徴とする苦味マスキング方法。 【請求項11】
請求項5乃至請求項10のいずれか1項の方法を用いて製造されたことを特徴とする可食物。
[審決]
甲6記載の引用発明「ポリフェノールを含有する食品に添加してポリフェノールの渋味、苦味または収斂味を軽減する水酸化カルシウム。」と対比すると、本願発明1は、「凝集作用のないナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物は無効であり」との特定、「凝集奇特作用を有する」との特定、「pH測定の為に何度も水に溶解が不可欠で、かつ非常に変動しやすいpHの調節限定など非常に不安定で手間がかかる面倒な工程をなんら必要とせずに、単に混ぜるだけで有効な」との特定、及びマスキングの態様について「奇特強力に」との特定がされているが、これらは実質的な相違点ではない。
請求項11にはその物の製造方法が記載されているといえる。しかしながら、本願明細書等において不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、意見書においても主張及び証拠の提出はされなかったため、明確でない。
[取消事由]
(1) 取消事由1(新規性判断の誤り)
(2) 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『3 取消事由1(新規性判断の誤り)について
・・・(略)・・・引用発明は、前記第2の3(2)アのとおり(以下に再掲)であると認められる。
「ポリフェノールを含有する食品に添加してポリフェノールの渋味、苦味または収斂味を軽減する水酸化カルシウム。」
・・・(略)・・・本願発明1と引用発明とを対比すると、前記第2の3(2)イの点(以下に再掲)で一致し、同ウの相違点1~4の点(以下に再掲)において一応相違するものと認められる。・・・(略)・・・
(相違点1) 本願発明1は、「凝集作用のないナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物は無効であり」と特定されているのに対し、引用発明は、このような特定がない点。
(相違点2) 水酸化カルシウムについて、本願発明1は、「凝集奇特作用を有する」と特定されているのに対し、引用発明は、このような特定がない点。
(相違点3) 本願発明1は、「pH測定の為に何度も水に溶解が不可欠で、かつ非常に変動しやすいpHの調節限定など非常に不安定で手間がかかる面倒な工程をなんら必要とせずに、単に混ぜるだけで有効な」と特定されているのに対し、引用発明は、このような特定がない点。
(相違点4) 本願発明1は、マスキングの態様について「奇特強力に」と特定されているのに対し、引用発明は、このような特定がない点。
・・・(略)・・・
(5) まず、相違点1について、検討する。・・・(略)・・・
本願発明1は、ナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物は存在してもいなくてもかまわないとするのであるから、引用発明がナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物を含むか否かによって、本願発明1と引用発明とが実質的に相違するということはできない。したがって、相違点1は、実質的な相違点ということはできない。・・・(略)・・・
(6) 次に、相違点2について、検討する。・・・(略)・・・
本願明細書を参酌しても、水酸化カルシウムの中に、凝集奇特作用を有するものと凝集奇特作用を有しないものとがあることや、水酸化カルシウムのうち凝集奇特作用を有するものの製造方法や入手方法は特に記載されていないから、「凝集奇特作用を有する」という記載は、これに続く「水酸化カルシウム」という物質の特性を指すものであって、「水酸化カルシウム」の範囲を限定するものではないと認められる。・・・(略)・・・
そうすると、「水酸化カルシウム」の特性である「凝集奇特作用を有する」か否かによって、本願発明1と引用発明とが実質的に相違するということはできないから、相違点2は、実質的な相違点ということはできない。
(7) 次に、相違点3について、検討する。・・・(略)・・・
後記のとおり、相違点4に係る本願発明1の構成である「苦味を奇特強力にマスキングする」の意義が極めて抽象的なものであることからすると、相違点3に係る本願発明1の構成である「pH測定の為に何度も水に溶解が不可欠で、かつ非常に変動しやすいpHの調節限定など非常に不安定で手間がかかる面倒な工程をなんら必要とせずに、単に混ぜるだけで有効な」とは、pH調節等を行わず、単に混ぜるだけで、苦味をマスキングする効果が得られることをいうものと認められる。そうすると、引用発明も、pH調節等を行わず、単に混ぜるだけであっても、そのpHに応じてポリフェノールのカルシウム塩が一定程度生成され、その生成の程度に応じた渋味等の軽減効果が得られるから、「pH測定の為に何度も水に溶解が不可欠で、かつ非常に変動しやすいpHの調節限定など非常に不安定で手間がかかる面倒な工程をなんら必要とせずに、単に混ぜるだけで有効な」といえるか否かによって、本願発明1と引用発明とが実質的に相違するということはできない。したがって、相違点3は、実質的な相違点ということはできない。
(8) 次に、相違点4について、検討する。・・・(略)・・・
本願の特許請求の範囲の請求項1には、「奇特強力に」と記載されているのみであり、苦味の軽減効果がどの程度に至った状態を「奇特強力に」というのか、定量的な指標は何ら示されておらず、その意義については、極めて抽象的にしか記載されていないというほかない。
そうすると、本願発明1の「苦味を奇特強力にマスキングする」の意義は、極めて抽象的なものであるから、引用発明の「ポリフェノールの渋味、苦味または収斂味を軽減する」程度が「奇特強力に」といえるか否かによって、本願発明1と引用発明とが実質的に相違するということはできない。なお、原告は、前記第3の2(4)のとおり、「奇特」とは、水酸化カルシウムが水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム等の物質に比べて、特に優れた作用があったことを意味していると主張しており、このような原告の主張を前提とすると、引用発明は、水酸化カルシウムによって「ポリフェノールの渋味、苦味または収斂味を軽減する」ものであるから、その程度は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム等の物質に比べて、特に優れた作用があるという意味において、「苦味を奇特強力にマスキングする」ものといえるから、やはり本願発明1と引用発明が相違点4によって相違するということはできない。したがって、相違点4は、実質的な相違点ということはできない。
(9) 以上によると、本願発明1と引用発明との相違点1~4は、いずれも実質的な相違点ということはできないから、本願発明1は、引用発明である。
・・・(略)・・・
4 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について
(1) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(不可能・非実際的事情)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照。)。
・・・(略)・・・
本願明細書(甲5)には、不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであることを認めるに足りる証拠もない。
この点について、原告は、「『不可能・非実際的事情』が存在することの主張・立証をする。出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であり、かつ、およそ実際的でないという事情である。つまり、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが、当方にとって、全く不可能であり、かつ、当方にとって、全く実際的でないという事情である。また、本願明細書[0008]に『新しいマスキング方法を提供する』と、明記してある。」と主張する。本願明細書(甲5)の【0008】には、「新しい苦味マスキング剤及び方法を提供する事を目的とする。」と記載されているが、この記載が、不可能・非実際的事情を直ちに基礎付けるものでないことは明らかであり、原告の上記主張によっても、不可能・非実際的事情が存在するとは認められない。
また、原告は、水酸化カルシウムによる苦味マスキングの機序が、動植物体内の連続反応の様々なlocus(loci)に係っていると推測され、これを解明することができないことが、不可能・非実際的事情に当たる旨主張するが、水酸化カルシウムによる苦味マスキングの機序を特定することが困難であるとしても、請求項11の「可食物」をその構造又は特性により直接特定するに当たり、このような機序を記載しなければならないものとは認められないから、原告主張の機序の特定が困難であるという事情は、不可能・非実際的事情を基礎付けるものとはいえない。
そうすると、特許請求の範囲の記載のうち、請求項11の記載は、特許法36条6項2号所定の「発明が明確であること」を充足しないから、本願は、全体として特許を受けることができない。』
[コメント]
1.新規性について
本判決では、引用発明との対比において、本願発明1との相違点が実質的に相違点となるか否かについて争われた。
相違点1については、本願発明1の文言からすると、「ナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物」が任意成分であることを規定しているだけであったため、実質的な相違点とは認定されなかった。仮に、本願発明1において、「ナトリウムやカリウムやマグネシウム等の水酸化物」を積極的に除外するよう規定したとしても、引用文献からは、ポリフェノールに水酸化ナトリウムに代えて水酸化カルシウムを添加した場合にも、ポリフェノールがポリフェノールのカルシウム塩となることにより、渋味等の軽減効果が得られるという技術的思想を理解することができるため、選択発明のような考え方により相違点を見出すことも難しいものと考えられる。原告は、引用文献に水酸化カルシウムの実施例の記載がないことも主張しているが、裁判所は、引用文献からは上記の技術的思想が理解されることを理由に主張を退けている。
相違点2については、「凝集奇特作用を有する」という記載は、「水酸化カルシウム」という物質の特性を指すものであるため、水酸化カルシウムを更に限定する構成にはならない。水酸化カルシウムに係る発明特定事項を限定する場合は、その濃度や添加時間を規定することが有効であった可能性がある。
相違点4については、本願発明1において、「苦味を奇特強力にマスキングする」と抽象的に規定している点が問題となった。仮に数値的に苦味の軽減効果を規定することができれば、相違点として認定される可能性がある。その他、本願発明1は、凝集塊を形成させ、苦味成分を覆ったり、表面構造を変えることで、味蕾に結合しにくくなる効果もあるため、形成される凝集塊の構造やサイズ等により、引用発明との相違点を示すことができた可能性もある。
なお、本願発明の技術に近い先行文献は、出願前に調査を行うことにより抽出し、新規性や進歩性を克服するための落としどころを十分に検討しておくことが有用である。
2.明確性(不可能・非実際的事情)について
いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する、特許庁における審査の取扱いについては、特許庁HPにおいて各種情報やガイドラインが掲載されている(以下URL参照)。https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C150706.htm
本願発明11の規定形式は、上記ガイドラインの類型(1-3):製造方法の発明を引用する場合に類似し、一般的には当該拒絶理由を克服することは難しいと考えられる。
不可能・非実際的事情を主張する場合であっても、機序の特定自体が困難であることの主張は有効ではない。例えば、苦味がマスキングされた可食物において、マスキングされている状態は表面構造だけからでは十分に解析できず、他の多数の指標を同時に解析するには膨大な時間とコストがかかる場合などの事情を主張する必要がある。上記URLでは、不可能・非実際的事情の主張・立証の参考例も開示されており、更に審査書類情報照会を利用して、不可能・非実際的事情の主張を行うことにより拒絶理由が解消した事例を検索することも有用である。  以上
(担当弁理士:春名 真徳)

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