IP case studies判例研究

平成28年(ワ)第14131号「医薬組成物」事件

名称:「医薬組成物」事件
特許権侵害行為差止請求事件
東京地方裁判所:平成28年(ワ)第14131号 判決日:平成29年9月28日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/118/087118_hanrei.pdf
[概要]
引用文献に、タカルシトールおよびベタメタゾンの混合物を用いた1日2回局所適用による乾癬処置が開示されており、別の引用文献に、マキサカルシトールを用いた乾癬治療が開示されていることを根拠として、マキサカルシトールおよびベタメタゾンを含む、ヒト乾癬処置用の1日1回局所適用の医薬組成物(本件発明)の進歩性を否定し、無効の抗弁を認めた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5886999号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
ヒトまたは他の哺乳動物において乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって、マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A、およびベタメタゾンまたは薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B、ならびに少なくとも1つの薬学的に受容可能なキャリア、溶媒または希釈剤を含む、医薬組成物。
【請求項11】
ヒトの乾癬を処置するための、請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
医学的有効量で1日1回局所適用される、請求項11に記載の組成物。
[争点]
無効理由2(特許法29条2項違反)の有無
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3)相違点1に係る容易想到性について
・・・(略)・・・
(ウ) 構成の容易想到性
a 前記のとおり、乙15発明は、「ヒトにおいて乾癬を処置するために皮膚に塗布するための混合物であって、1α、24-dihydroxycholecalciferol(タカルシトール)、およびBMV(ベタメタゾン吉草酸エステル)、ならびにワセリンとを含有する非水性混合物であり、皮膚に1日2回塗布するもの」というものである。
そして、乙16及び17に開示されているように、本件優先日において、乾癬治療剤としてのマキサカルシトールの軟膏が既に知られていたのであるから、当業者であれば、乾癬を処置するための混合物である乙15発明において、ビタミンD3の類似体からなるタカルシトールに代えて、同じくビタミンD3の類似体からなるマキサカルシトールを使用する程度のことは、容易に想到できることというべきである。
b これに対し、原告は、「乙15において、D3+BMV混合物の適用が、ビタミンD又はベタメタゾン単体の適用に比べて優れた乾癬治療効果を発揮したとは読み取れないのであるから、当業者には、ビタミンDとしてタカルシトールを用いるか、マキサカルシトールを用いるかを問わず、ビタミンD及びベタメタゾンの双方を含む製剤を開発する動機づけは存在しなかった」と主張する。
しかしながら、そもそも、既に乙15において、乾癬を処置するためのD3+BMV混合物が開示されている以上、当業者であれば、乾癬を処置するためのD3+BMV混合物からなる製剤の開発を試みることは容易に行い得ることというべきである。
また、・・・(略)・・・これらの記載によれば、乙15には、1日2回塗布の場合において、D3+BMV混合物が乾癬治療効果を有し、TV-02軟膏やBMV軟膏の単独適用に対してD3+BMV混合物適用がメリットを有することが開示されている。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
c また、原告は、「乙15のD3+BMV混合物は、マキサカルシトールを含んでいなかったばかりか、乙15にマキサカルシトールについての言及は何らなく、乙15に接した当業者が、マキサカルシトールとベタメタゾンの双方を含む医薬組成物の発明に想到する動機づけは認められない」と主張する。しかしながら、上記のとおり、乙16及び17には「乾癬治療剤としてのビタミンD3の類似体であるマキサカルシトールの軟膏」が開示されているのであるから、そうであれば、乙15に接した当業者が、乙15発明におけるタカルシトールに代えて、同じくビタミンD3の類似体からなるマキサカルシトールを使用する動機付けはあるというべきであるから、原告の上記主張も採用できない。
d さらに、原告は、「乙15は、臨床医によるビタミンD及びベタメタゾンの併用治療を記載しているのみであり、医薬品の開発に関するものではないところ、本件明細書記載のとおり、本件優先日当時、ビタミンD及びベタメタゾンを安定的に配合することが困難であるという当業者の技術常識があったのだから、ビタミンD及びベタメタゾンを1つの処方物中に配合することによる格別顕著な効果を認識していない当業者は、これらを配合して医薬組成物を得る動機づけを持たなかった」と主張する。しかしながら、そもそも、本件発明12(本件発明1)は、「医薬組成物」(構成要件H)と規定する以上に、特に安定性に係る構成は含まれていないところ、上記のとおり、乙15発明は、ビタミンD及びベタメタゾンを1つの処方物中に配合した医薬組成物であるから、当業者であれば、そのような医薬組成物を得る動機付けを当然に有したはずであって、原告の上記主張も採用できない。
・・・(略)・・・
(イ) 顕著な効果の開示の有無について
しかしながら、これらに記載されている効果は、以下に個別に検討するとおり、当業者が予測し得ない格別顕著な効果とは認められない。
a 治療効果について
本件明細書には、「1つのみの活性化合物で治療した患者よりもより早い治癒開始およびより有効な斑治癒が得られる」ことが記載されている(【0028】)ところ、「より早い治癒開始」については、乙15には、「TV-02軟膏とステロイド軟膏との等量混合による治療は・・・TV-02軟膏単独塗布の遅効性も混合することによって改善することができた。」(434~435頁)との記載があるので、実質的に開示されている。
乙15には、これらの考察として、「BMV・ワセリン塗布部での皮疹の改善程度がTV-02・BMV塗布部より若干低い傾向がうかがわれた」との記載がある(433頁)。よって、乙15には、D3+BMV混合物の治療効果が、ベタメタゾン単独適用(BMV+Petrol)よりも高いことが示されているということができる(なお、症例24~26は、本件明細書の実施例とは比較の方法が異なる。)。
ところで、乙15では、D3+BMV混合物適用とTV-02軟膏の単独適用との比較はなされていない。しかしながら、「TV-02軟膏はステロイド軟膏に較べると効果発現までに少し長い時間がかかるが、しかし、少なくとも4週間塗布の場合その皮疹の改善程度はステロイド軟膏のそれと比較して差はみられなかった。」といった記載がある(434頁)。この記載から、TV-02軟膏の乾癬治療効果は、BMV軟膏とせいぜい同程度と解されるところ、上記のとおり、D3+BMV混合物の治療効果はBMV軟膏(ステロイド軟膏)よりも高いといえるから、TV-02軟膏よりも治療効果が高いことが予測可能である。
したがって、乙15に開示されている治療効果は、本件明細書に開示された本件発明12における有効な斑治癒の効果と実質的に変わらないというべきである。
なお、原告は、本件発明12の治療効果に関して、甲10及び甲11を提出するが、これらが頒布されたのは本件優先日以降であるから、本件明細書に開示された範囲を超えてこれらに基づく効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。
・・・(略)・・・
ウ 小括
以上のとおり、相違点1に係る構成は当業者にとって容易に想到できるものというべきである。
(4) 相違点3に係る容易想到性について
・・・(略)・・・
ア 相違点3に係る動機付けについて
・・・(略)・・・
(イ) 前記のとおり、乙15発明は、「ヒトにおいて乾癬を処置するために皮膚に塗布するための混合物であって、1α、24-dihydroxycholecalciferol(タカルシトール)、およびBMV(ベタメタゾン吉草酸エステル)、ならびにワセリンとを含有する非水性混合物であり、皮膚に1日2回塗布するもの」というものである。そして、乙24及び25に開示されているように、本件優先日において、タカルシトール軟膏が1日1回の用法で乾癬処置に使用されることも既に知られていたのであるし、そもそも塗布方式(1日1回か、2回か)の検討は、治療効果の向上や、副作用の低減等の観点から、当業者が適宜行うことにすぎないことであるから、当業者であれば、乙15発明において、塗布の回数を1日1回とする程度のことは、容易に想到できることというべきである。
(ウ) これに対し、原告は、乙15は、D3+BMV混合物を1日2回適用した結果、タカルシトール又はベタメタゾン単剤を1日2回適用した結果と比較して、何ら優れた乾癬治療効果が見られなかったことを示しているから、この知見に触れた当業者が、適用回数をあえて1日1回に減らして、ビタミンD及びベタメタゾンを含む乾癬治療用の製剤を得る動機づけは全く存しない旨主張する。
しかし、前記のとおり、乙15には、1日2回塗布の場合において、D3+BMV混合物が乾癬治療効果を有し、TV-02軟膏やBMV軟膏の単独適用に対してD3+BMV混合物適用がメリットを有することが開示されているから、原告の上記主張は前提を欠き採用できない。なお、乙15の塗布試験において採用されているのは、確かに、1日2回塗布であるが、そこで使用されているTV-02軟膏は、タカルシトールが2μg/g濃度、4μg/g濃度のものであるところ、4μg/g濃度のタカルシトール軟膏は、乙24及び乙25にも開示があり、そこでは乾癬治療のため、これらを1日1回塗布することも記載されているから、乙15に開示されているのが1日2回塗布であったとしても、当業者は、少なくとも4μg/g濃度のTV-02軟膏については1日1回塗布とすることも考慮し、その場合についても、BMV軟膏を加えることによって、乙15に記載されたような効果の改善を予測するものというべきである。
イ 相違点3に係る顕著な作用効果について
原告は、「ビタミンD及びベタメタゾンを含む医薬組成物を1日1回適用することにより、ビタミンDを含む製剤及びベタメタゾンを含む製剤を交互に1日2回適用する場合に比べても優れた乾癬治療効果が得られる上、適用回数を1日1回とすることで、処置指示はさらに単純で、患者の適用遵守はより期待されるのであるから、1日1回適用することによる乾癬治療効果の顕著性は大きく、このような効果は、乙15ないし17の記載からは当業者といえども予測し得たものとはいえない」旨主張するので、以下、検討する。
・・・(略)・・・少なくとも、原告が主張するような効果、すなわち、混合物を適用する場合、1日の適用回数を減らしても優れた効果が得られることを、本件明細書の記載から読み取ることはできないから、そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において考慮することはできない(まして、原告が指摘する甲11に示されるようなサイトカイン分泌の相乗的抑制効果については、かかるメカニズムは本件明細書には一切記載されていないから、そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。)。
ウ 小括
以上のとおり、相違点3に係る構成は当業者にとって容易に想到できるものというべきである。
(5) まとめ
以上のとおり、本件発明12は、本件優先日における公知文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。そして、原告の請求原因は、本件発明1ないし4、11及び12に基づくところ、本件発明12は、他のいずれの発明に対しても従属しているから、他のいずれの発明も、同様に、当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明1ないし4、11及び12に係る本件特許には、特許法29条2項違反の無効理由があるから、原告は、上記各発明に係る本件特許権を行使することができない。』
[コメント]
引用文献において、乾癬を処置するためのある種類のD3類似体+BMV混合物が開示されている以上、当業者であれば、乾癬を処置するための別のD3類似体+BMV混合物からなる製剤の開発を試みることは容易に行い得ると判断された点、および、審査段階で出された治療効果に関するデータが記載された文献について、優先日より後に頒布されたものであるから、明細書に開示された範囲を超えてこれらに基づく効果を本件発明の進歩性の判断において参酌することは許されないとしている点は、近年の特許庁の進歩性の判断と比較して、厳しい判断に見受けられる。
一方で、本件明細書の実施例では、マキサカルシトールを用いた実験結果の開示はなく、カルシボトリオールとベタメタゾンの組み合わせの試験等のみが開示されている。明細書の開示において、マキサカルシトールとベタメタゾンの組み合わせの開示が充実していれば、判断が変わっていた可能性がある。
以上
(担当弁理士:高山 周子)

平成28年(ワ)第14131号「医薬組成物」事件

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