IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10219号「フラーレン誘導体の混合物、および電子デバイスにおけるその使用」事件
名称:「フラーレン誘導体の混合物、および電子デバイスにおけるその使用」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10219号 判決日:平成29年11月14日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、技術常識
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/227/087227_hanrei.pdf
[概要]
引用発明において本件発明のフラーレン誘導体の構造は特定されておらず、また引用発明は本件発明のフラーレン誘導体の酸化物を含むものとはいえず、当該酸化物を特定の範囲で含むという本件発明の構成は引用発明及び技術常識に基づいて容易に想到できないとして、新規性及び進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5568300号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1-57に係る発明について特許を無効とする無効審判(無効2015-800178号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、当該審決のうち、請求項1に係る発明の取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明] (筆者にて適宜抜粋)
【請求項1】
(a)
(i)下記式Iaで表される化合物:
【化1】
(ii)下記式IIaで表される化合物:
【化2】
ここで/yは1であり;/Aはメタノ架橋を介して-C(X)(Y)-に結合するC60フラーレンであり;/A'はメタノ架橋を介して-C(X)(Y)-に結合するC70フラーレンであり;/Xは、アリール、アラルキル、またはチエニルであり;/Yは、未置換のまたは置換されたアルキルであり、該置換は、ハロゲン、ヒドロキシル、アルキル、アルコキシル、アルケニル、-N(R1)2、-C(O)R1、-OC(O)R1、-CO2R1または-N(R1)C(O)R1の1つ以上での置換であり、ここで、R1はそれぞれ独立してH、アルキル、アリール、またはアラルキルを表す、
(iii)0%から50%の累計範囲にあるC60およびC70、
(iv)0%から50%の累計範囲にある、yが2または3である式Iaの化合物、およびyが2または3である式IIaの化合物、
(v)・・・(略)・・・、
(vi)0.001%から5%の累計範囲にある、一つ以上のC60の酸化物、一つ以上のC70の酸化物、一つ以上のC60誘導体の酸化物、および一つ以上のC70誘導体の酸化物、ここで、該C60誘導体の酸化物は前記式Iaの化合物の酸化物であり、該C70誘導体の酸化物は前記式IIaの化合物の酸化物である、および
(vii)・・・(略)・・・、
を含む組成物;あるいは、・・・(略)・・・を含む組成物。
[審決の理由の要旨]
①本件発明は、特開2005-116617号公報(以下、「引用例」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるとはいえない。
②本件発明は、引用発明及び技術常識に基づいて容易に発明をすることができたものではない。
[審決が認定した本件発明と引用発明との相違点]
(ア)相違点1
C60フラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む組成物として、本件発明が「(a)(i)、(ii)、(vi)を含む組成物、あるいは、・・・(略)・・・を含む組成物。」であるのに対して、引用発明では誘導体の構造が特定されていない点。
(イ)相違点2
C60フラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む組成物において、本件発明では、「一つ以上のC60の酸化物、一つ以上のC70の酸化物、一つ以上のC60誘導体の酸化物、および一つ以上のC70誘導体の酸化物、ここで、該C60誘導体の酸化物は前記式Iaの化合物の酸化物であり、該C70誘導体の酸化物は前記式IIaの化合物の酸化物である」あるいは、・・・(略)・・・を「0.001%から5%の累計範囲」で含むのに対して、引用発明ではこれら酸化物をその累計範囲で含むかどうか明らかでない点。
[取消事由]
(1)新規性判断の誤り(取消事由1)
(2)進歩性判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
3 取消事由1(新規性判断の誤り)について
『(2)相違点1について
・・・(略)・・・
イ 引用例におけるフラーレン誘導体の構造
引用例には、フラーレン誘導体の構造について、「フラーレン変性物とは電荷輸送性を示し、フラーレンに種々の官能基を導入したものである。」と記載された上で(【0021】)、フラーレン変性物の具体例として、構造式、化合物名及び略称が記載され(【図3】【図4】)、また、官能基について具体的に記載されている(【0022】)。
しかし、フラーレンの[6,6]結合にメタノ架橋を持つフラーレン誘導体については、引用例に何ら記載されていないから、引用発明におけるフラーレン誘導体の構造が[6,6]であるということはできない。
・・・(略)・・・
このように、引用発明におけるフラーレン誘導体の構造が[6,6]であるということはできない。これに対し、本件発明において、フラーレン誘導体の構造は[6,6]に限定されることは当事者間に争いがないから、誘導体の構造に関する相違点1は、実質的相違点である。
(3)相違点2について
・・・(略)・・・
イ 引用例における酸化物に関する記載
引用例には、フラーレン誘導体の酸化物について、一切記載はない。
したがって、引用発明のフラーレン変性物に、C60のフラーレン誘導体の酸化物及びC70のフラーレン誘導体の酸化物が含まれるということはできない。
ウ 原告の主張について
(ア)原告は、「製造後のフラーレン誘導体に酸化物が存し、これを除去するために精製が行われること」は甲18及び26から技術常識であり、引用発明のフラーレン変性物であれば、酸化物が含まれると主張する。
(イ)甲18及び26における酸化物に関する記載
・・・(略)・・・
c 以上によれば、甲18及び26から認められる本件特許の優先日当時の技術常識は、「製造後の非修飾のフラーレン類に、C60酸化物及びC70酸化物が存し、これを除去するために精製が行われること」にとどまるものであり(以下、この技術常識を「本件技術常識」という。)、甲18及び26に、フラーレン誘導体の酸化物に関する記載はないというべきである。
(ウ)なお、本件明細書【0146】には、「フラーレンおよびフラーレン誘導体の「酸化物」の語は、フラーレンが空気および光に曝露される際に生成されることが本分野で公知である、フラーレンおよびフラーレン誘導体のエポキシドおよび光化学分解の他の生成物をいい、一付加基または多付加基生成物でありうる。これらの化合物の生成の最小化は、典型的には不活性雰囲気下(たとえばN2)での反応によって達成されるが、典型的にはどのようなフラーレン合成生成物にも若干量が存在する。」との記載がある。しかし、前記段落には、その後に「フラーレン酸化物はフラーレン反応物中に存在する可能性があり、そのため誘導体酸化物に繋がり、または酸化物がフラーレン合成の結果として生じうる。」と記載され、フラーレン誘導体の酸化物が存在する可能性が指摘されるにとどまっている。そうすると、前記段落の記載をもって、「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存することが技術常識であったということはできない。
・・・(略)・・・
そして、本件証拠上、他に「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存することが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
(エ)本件技術常識を参酌した引用発明
引用発明は、C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物であり、この変性物がC60とC70の混合体に種々の官能基を導入することにより得られるものであったとしても(本件明細書【0043】、引用例【0021】)、本件技術常識を参酌した引用発明は、C60の酸化物、C70の酸化物を含むものにとどまり、C60のフラーレン誘導体の酸化物やC70のフラーレン誘導体の酸化物を含むものとはいえない。
したがって、原告の前記主張は採用できず、引用発明が、フラーレン誘導体の酸化物を含むものということはできない。
エ 小括
このように、引用発明は、C60のフラーレン誘導体の酸化物やC70のフラーレン誘導体の酸化物を含むものとはいえないから、酸化物の含有及びその累計範囲に関する相違点2は、実質的相違点である。
(4)まとめ
以上によれば、本件発明と引用発明とは、相違点1及び2において実質的に相違するから、本件発明は引用発明であるということはできない。』
『4 取消事由2(進歩性判断の誤り)について
(1)相違点2の容易想到性について
本件審決は、引用発明において、フラーレン誘導体の酸化物を含めた複数の酸化物が特定の範囲に含まれているとはいえないことなどから、相違点2は容易に想到することはできないと判断した。
これに対し、原告は、原告主張の前記技術常識から、引用発明のフラーレン変性物には酸化物が含有され、その酸化物の累計範囲を「0.001%から5%」と設定して、相違点2に係る本件発明の構成を採用することは、容易に想到することができる旨主張する。
しかし、前記3(3)のとおり、引用発明は、C60のフラーレン誘導体の酸化物やC70のフラーレン誘導体の酸化物を含むものとはいえないところ、引用例には、フラーレン誘導体の酸化物に関する記載が一切なく、フラーレン誘導体の製造方法に関する記載もない。また、本件証拠上、「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存することが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、相違点2に係る本件発明の構成のうち、C60の酸化物、C70の酸化物に加え、C60のフラーレン誘導体の酸化物及びC70のフラーレン誘導体の酸化物も含む構成を備えるようにすることを、引用発明から容易に想到することができたということはできない。
したがって、これら酸化物を「0.001%から5%の累計範囲」で含むという相違点2に係る本件発明の構成を容易に想到できたものということはできない。
(2)小括
以上によれば、本件発明は、C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物としか特定されていない引用発明に基づいては、容易に発明をすることができたということはできない。』
[コメント]
本件明細書【0146】には、「フラーレンおよびフラーレン誘導体の「酸化物」の語は、フラーレンが空気および光に曝露される際に生成されることが本分野で公知である、フラーレンおよびフラーレン誘導体のエポキシドおよび光化学分解の他の生成物をいい、一付加基または多付加基生成物でありうる。これらの化合物の生成の最小化は、・・・(略)・・・典型的にはどのようなフラーレン合成生成物にも若干量が存在する。」と記載されており、当該記載からすると、引用発明のフラーレン変性物にも酸化物が含まれているとも考えられる。しかし、裁判所は、前記段落の後段に「フラーレン酸化物はフラーレン反応物中に存在する可能性があり、そのため誘導体酸化物に繋がり、または酸化物がフラーレン合成の結果として生じうる。」と記載されており、フラーレン誘導体の酸化物が存在する可能性が指摘されるにとどまっていることからすると、前記段落の前段の記載をもって、「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存することが技術常識であったということはできないと判断した。裁判所の上記判断にはやや疑義が残るが、「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存するとする他の証拠がなく、引用例には、フラーレン変性物の製造方法が一切記載されておらず、フラーレン変性物に酸化物が含まれているとする根拠が乏しかったことも結論に影響したと思われる。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成28年(行ケ)第10219号「フラーレン誘導体の混合物、および電子デバイスにおけるその使用」事件
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