IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10029号「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物ペレット群」事件

名称:「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物ペレット群」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10029号 判決日:平成29年12月26日
判決:審決取消
条文:特許法36条4項1号、36条6項1号、29条2項
キーワード:実施可能要件、委任省令違反、サポート要件、進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/367/087367_hanrei.pdf
[事案の概要]
本願発明における課題が従来技術における課題と区別できないとして、実施可能要件、サポート要件、進歩性等の要件充足性を認めた審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4580627号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800013号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項1】
32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微紛の含有量が0.1重量%以下であることを特徴とするエチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物ペレット群。
[審決](筆者にて適宜抜粋)
『(1)委任省令違反の有無について
「エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物(以下、EVOHと略記する)のペレット群及びそれを用いた積層体」(本件明細書【0001】)の技術分野において、「各種積層体に適用したときには押出機へのフィードの不安定性等によりEVOH層の界面での乱れに起因するゲル等が発生する恐れがある」(本件明細書【0005】)との未解決の課題があり、それを「32メッシュ(目開き500μ)篩を通過する微粉の含有量が0.1重量%以下」(【請求項1】)として解決したことが発明の詳細な説明中に記載されているから(本件明細書【0006】、【0007】、【0015】及び【0036】~【0045】)、本件発明がどのような技術上の意義を有するかを理解できる。』
『(6)甲1発明を主引用例とする本件発明1の進歩性について
・・・(略)・・・
本件発明の課題は、「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル等が発生する」ことを抑制することにある(本件明細書【0005】、【0006】)。
・・・(略)・・・「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」とは別個の従前の課題である「ロングラン性や外観性が低下すること」(以下「従前の課題」という。)が認定できる。
そして、本件発明は、新たな課題である「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」を解決するために、「32メッシュ(目開き500μ)」という数値を選択して、「32メッシュ(目開き500μ)」の篩と特定したものである。』
[主な取消事由]
1.委任省令違反、実施可能要件についてり(取消事由3)
2.サポート要件について(取消事由4)
3.進歩性について(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2.取消事由3について
・・・(略)・・・
(1)委任省令違反について
・・・(略)・・・
エ 前記アのとおり、本件明細書には、「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は、ロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生するゲルであると記載されているものの、本件明細書には、「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」が、乙15における「ゲル状ブツ」の原因となるゲルと、その形状、構造等がどのように異なるのかを明らかにする記載は見当たらない。
また、本件明細書においては、前記イのとおり、「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は、目視観察できるものであるとされ、乙15における「ゲル状ブツ」は、前記ウのとおり、肉眼で見ることができるものとされているところ、本件明細書には、「目視観察」の定義は見当たらず、後者は肉眼で見分けられ、前者は肉眼で見分けられないものを含む旨の特段の記載はないから、本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」と背景技術(乙15)における「ゲル」を、観察方法において区別することができるとは、理解できない。このように、本件明細書には、本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」は、本件特許出願前の技術により抑制することができるとされているロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生する旨の記載があるものの、その記載のみでは、ロングラン成形により発生するゲルと区別できるかどうかは、明らかでないというほかない。
この点について、被告は、「不完全溶融EVOH」が発生する機序について主張し、これは、従来から知られていた「熱架橋ゲル」とは異なる旨主張する。しかし、本件明細書には、被告が本訴において主張するようなことは何ら記載されておらず、被告が本訴において主張するような技術常識が存したとも認められないから、本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」が被告が本訴において主張するようなものと認めることはできない。
そうすると、本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」の意義は明らかでないというほかなく、本件特許出願時の技術常識を考慮しても、「成形物に溶融成形したときにEVOH層の界面での乱れに起因するゲルの発生がなく、良好な成形物が得られ」るという本件発明の課題は、理解できないというほかない。
オ したがって、本件明細書の記載には、本件発明の課題について、当業者が理解できるように記載されていないから、「特許法第三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と定める特許法施行規則24条の2の規定に適合するものではない。』
『3.取消事由4について
・・・(略)・・・
(2)判断
前記2(1)オのとおり、本件明細書には、本件発明の課題について、当業者が理解できるように記載されていないから、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであると認めることはできないし、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるとも認められない。
この点について、被告は、「本件発明は、粒径500μm(0.5mm)未満の微粉の含有量を0.1重量%以下に制御すること(新規な解決手段)により、『不完全溶融EVOH』に起因する界面での乱れによるゲル(点状に分布する透明な粒状の不完全溶融ゲルであり、EVOHの一部が極端な場合には他の樹脂層に突出するような形態)の発生(斬新な課題)を抑制することができる(新規課題解決効果の奏効)という特別な効果を得る」ものであると主張するが、前記2(1)のとおり、この課題は、本件明細書及び技術常識から理解することができない。』
『6 取消事由2について
・・・(略)・・・
イ 前記1(5)によると、本件発明1の効果は、EVOHペレット群を「成形物に溶融成形したときにEVOH層界面での乱れに起因するゲルの発生がなく、良好な成形物が得られ、多層フィルムとして有用」であることである(【0007】)ところ、前記2のとおり、「EVOH層の界面での乱れに起因するゲルの発生」の意義について被告が主張するように理解することはできないから、この点についての本件発明1の効果は、「成形物に溶融成形したときに」、「良好な成形物が得られ、多層フィルムとして有用」という程度のことしか理解できない。表面に乱れがない単層フィルムは、その外観が良好になるはずであり、EVOH層を含む多層フィルムは、単層の表面の乱れがそのまま多層との界面に残存するといえるから、他の条件が全く同じであれば、EVOH層の表面に乱れがなければ、EVOH層の表面に乱れがある場合よりも、全体としてその外観が良好になるはずである。
また、本件明細書において、EVOH層の乱れによるゲルの発生(目視観察)に関し、実施例1~4(微粉の割合0.02~0.08質量%)は、比較例1(微粉の割合0.2質量%)よりもゲルの発生が少ないことが記載されているが(本件明細書【0042】~【0044】)、上記で述べたとおり、「EVOH層の乱れによるゲルの発生」の意義を理解することができないうえでの目視観察であるから、本件発明1の効果を検討するに際し、これを参酌することができない。
したがって、前記の本件発明1の効果は、当業者が予測可能なものであり、格別のものであるとはいえない。』
[コメント]
本事件では、本件特許発明の課題の認定について特許庁と裁判所で判断が相違している。特許庁(審判)は、本件特許発明の課題について、“EVOH層の界面での乱れに起因するゲル等が発生の抑制”を従前の課題とは異なる新規の課題であると認定していたが、裁判所は、本件発明の上記“新規の”課題について、当業者が理解できるように記載されていないから上記課題は認定できず、その結果、記載要件も進歩性要件も具備しないと認定している。
近時の裁判実務では、進歩性判断において課題重視の傾向があるが、記載要件においても(特に化学・バイオ系では)課題や技術思想により踏み込んで実質的に要件充足性を判断する傾向が窺われる。特許権者側は本件特許発明の“新規の”課題のメカニズム等についても主張立証していたが、裁判所は、明細書の記載および技術常識に基づかないものとして受け入れなかった。また、本件特許明細書中の実施例における試験系の記載も、“新規の”課題の存在を認めるには不十分としている。仮に、課題についてのより踏み込んだ説明記載、もしくは、課題(およびその裏返しとしての効果)の存在が認識しうる程度とされるより丁寧な実施例の記載があれば、結論が相違したかもしれない。実際には出願時には時間的等種々の制約もあり全てを十分に完備することがし難い場合もあるが、課題重視の現行実務において警鐘となる事件である。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)

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