IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10087号「建築板」事件
名称:「建築板」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10087号 判決日:平成30年5月14日
判決:請求棄却
特許法29条2項、
キーワード:進歩性、一致点、相違点、実施例
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/740/087740_hanrei.pdf
[概要]
判決では、相違点を認定するに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当であり、顔料の組合せは、ひとまとまりの相違点として判断するのが相当であるとした上で、審決とは異なる一致点と相違点を認定したが、結論としては進歩性を否定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5717955号の特許権者である。
本件特許について、被告が、請求項1~3に係る発明について特許無効審判請求(無効2016-800014号)をしたため、原告は、請求項3の削除を含む訂正請求を請求したところ、特許庁は訂正を認めたうえで、請求項1及び2に係る発明を無効とする旨の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]「\」は、原文の改行箇所を示す(以下同じ。)
【請求項1】イエロー顔料を含むインクによるイエロードットと、マゼンタ顔料を含むインクによるマゼンタドットと、シアン顔料を含むインクによるシアンドットとで模様付けされており、これらのインクから形成されるインクジェット層の表面には透明な被覆層が形成されている、建築板であって、\前記イエロー顔料はシー・アイ・ピグメントイエロー42またはシー・アイ・ピグメントイエロー184で、前記マゼンタ顔料はシー・アイ・ピグメントレッド101で、前記シアン顔料はシー・アイ・ピグメントブルー28であり、\シー・アイ・ピグメントイエロー42またはシー・アイ・ピグメントイエロー184である前記イエロー顔料を含むインクと、シー・アイ・ピグメントレッド101である前記マゼンタ顔料を含むインクと、シー・アイ・ピグメントブルー28である前記シアン顔料を含むインクとは、全て紫外線硬化型インクであり、\前記建築板は、さらに、ブラック顔料を含む紫外線硬化型インクによるブラックドットで模様付けされており、前記ブラック顔料はシー・アイ・ピグメントブラック7であり、\前記イエロードットと前記マゼンタドットと前記シアンドットと前記ブラックドットとで模様付けされた建築板のJTMG01:2000にしたがった下記の超促進耐候試験条件による促進耐候試験による変退色前後のCIE1976L*a*b*色空間における色差(ΔE*ab)について、イエロー成分とマゼンタ成分とシアン成分との各色間での前記促進耐候試験による試験時間600時間における変退色後の色差(ΔE*ab)が0.99以内であり、かつイエロー成分とマゼンタ成分とシアン成分とブラック成分との各色間での前記促進耐候試験による試験時間600時間における変退色後の色差(ΔE*ab)が1.44以内であることを特徴とする建築板。
<超促進耐候試験条件>\光源:水冷式メタルハライドランプ\照度:90mW/cm2\波長:295~450nm\温度:60℃(照射)、30℃(結露)\湿度:50%(照射)、90%(結露)\サイクル:照射5時間、結露5時間\シャワー:結露前後10秒
[取消事由]
取消事由1:本件発明1の進歩性に係る判断の誤り
(1)一致点・相違点の認定の誤り
本件審決は、本件発明1と引用発明との対比において、シアン顔料のみを抜き出して一致点とし、イエロー顔料及びマゼンタ顔料に関する相違点1、ブラック顔料に関する相違点2、インクに関する相違点3という三つの相違点に分けてそれぞれ別個に検討し、進歩性の判断を行った。
しかし、本件発明1は、紫外線硬化型インクにおいて、特定の4色の顔料を組み合わせたことに技術的意義を有するものである。したがって、本件発明1の進歩性を判断するに際しては、紫外線硬化型インク及び4色の顔料のそれぞれについて別個に検討されるべきものではなく、紫外線硬化型インク及び4色の顔料の組合せを一つの構成として、又は、少なくとも4色の顔料の組合せを一つの構成として、引用発明と対比して検討されるべきである。したがって、本件審決における一致点及び相違点1ないし3の認定は、誤りである。
(2)相違点の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
3取消事由1(本件発明1の進歩性に係る判断の誤り)について
『(1)一致点・相違点の認定
・・・(略)・・・
イ相違点の認定について
発明の進歩性が認められるかどうかは、特許請求の範囲に基づいて本件発明を認定した上で、主引用発明と対比し、一致する点及び相違する点を認定し、相違する点が存する場合には、当業者が、出願時の技術水準に基づいて、当該相違点に対応する本件発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。このような進歩性の判断に際し、本件発明と対比すべき主引用発明は、当業者が、出願時の技術水準に基づいて本件発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべき具体的な技術的思想でなければならない。そして、本件発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり、主引用発明に副引用発明を適用することにより本件発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には、主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本件発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。
そうすると、本件発明と主引用発明との間の相違点を認定するに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当である。かかる観点を考慮することなく、相違点をことさらに細かく分けて認定し、各相違点の容易想到性を個々に判断することは、本来であれば進歩性が肯定されるべき発明に対しても、正当に判断されることなく、進歩性が否定される結果を生じることがあり得るものであり、適切でない。
ウ原告の主張①について
前記1.のとおり、本件発明1の課題は、好適な変退色を実現可能な建築板を提供することである。そして、本件明細書において、本件発明1が上記課題を解決できるものであることは、本件発明1に係る実施例と比較例とを対比することで説明されているところ、前記1.のとおり、実施例と比較例とで実質的に相違するのは、顔料(具体的には、ブラック顔料を除くシアン、イエロー及びマゼンタの3色の顔料のいずれか一つ)であり、紫外線硬化型インクを用いることは、実施例及び比較例の全てにおいて変わりがない。
したがって、実施例と比較例との対比からは、顔料の選択が本件発明1の課題解決に寄与することは認められるものの、紫外線硬化型インクを用いることが上記課題の解決に寄与するもの(少なくとも、課題を解決するものとして効果が実証されたもの)とは認められない。・・・(略)・・・
よって、本件発明1において、顔料の組合せと、紫外線硬化型インクを用いることとは、技術的意義が同一であるとはいえない。また、一般に、インクを構成する顔料は、インクの種類(紫外線硬化型インク、水性インク等)に合わせて選択しなければならないわけではないから(甲6、8、9、11、48)、顔料の組合せと紫外線硬化型インクを用いることとが、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成であるということはできない。
以上のとおり、顔料の選択とインクの選択とは、別の相違点として検討されてしかるべきものである。
・・・(略)・・・
よって、本件発明1と引用発明との相違点は、相違点3及び4のほか、「インクに関し、本件発明1では、イエロー顔料、マゼンタ顔料、ブルー顔料及びブラック顔料として、それぞれ、シー・アイ・ピグメントイエロー42又はシー・アイ・ピグメントイエロー184、シー・アイ・ピグメントレッド101、シー・アイ・ピグメントブルー28及びシー・アイ・ピグメントブラック7の4色の顔料の組合せを用いているのに対し、引用発明では、イエロー顔料、マゼンタ顔料、ブルー顔料及びブラック顔料として、それぞれ、黄色酸化鉄、赤色酸化鉄、Co-Al系ブルー及びCu-Fe-Mn系ブラック又はCo-Fe-Cr系ブラックの4色の顔料の組合せを用いている点。」、すなわち、相違点Bであると認められる。
(2)相違点の判断
・・・(略)・・・、当業者であれば、引用発明の「黄色酸化鉄」及び「赤色酸化鉄」を、上記の通常の意味に従って、合成品、すなわち「シー・アイ・ピグメントイエロー42」及び「シー・アイ・ピグメントレッド101」と解すると認められる。
また、「Co-Al系ブルー顔料」は、「シー・アイ・ピグメントブルー28」と同義のものであると認められる(当事者間に争いがない。)。
さらに、引用例には、引用例記載の発明に用いるブラックインクとして、引用発明に係るCu-Fe-Mn系ブラック及びCo-Fe-Cr系ブラックに並んで、カーボンブラックを用いることが好適である旨記載されている(【0018】)。・・・(略)・・・
そうすると、黄色酸化鉄、赤色酸化鉄、Co-Al系ブルー及びカーボンブラックの4色の組合せは、引用例において十分に想定される組合せであるといえる。したがって、引用発明において、イエロー顔料、マゼンタ顔料、ブルー顔料及びブラック顔料として、黄色酸化鉄、赤色酸化鉄、Co-Al系ブルー及びCu-FeMn系ブラック又はCo-Fe-Cr系ブラックの4色を用いているものを、シー・アイ・ピグメントイエロー42、シー・アイ・ピグメントレッド101、シー・アイ・ピグメントブルー28及びシー・アイ・ピグメントブラック7の4色に置換することは、当業者にとって十分な動機付けが存在するといえる。
・・・(略)・・・
イ相違点3
(ア)本件特許の出願当時、インクジェット用のインクとして、水性インク及び紫外線硬化型インクは、いずれも周知のものであり(甲8~11)、建材分野においても、本件特許の出願当時、無機顔料からなるインクジェット用インクとして、水性インク及び紫外線硬化型インクは選択的に用いることができることが知られていたものであるから(甲6、7)、建材分野におけるインクジェット用インクとして水性インクと紫外線硬化型インクのどちらを用いるかは、当業者において適宜選択し得たものといえる。また、紫外線硬化型インクは、インク受理層を必要としないこと、基材との密着性に優れること、耐候性に優れていること等のメリットがあることが知られていたものである(甲6、7)。
そうすると、前記2.イのとおり、引用発明は、耐退色性を高く得ることができる化粧建築板を提供することを解決課題とするものであるから、引用発明に、水性インクと選択的に用いることが可能であり、耐候性に優れている等の点で引用発明における課題の解決に資するものである、周知の紫外線硬化型インクを採用する動機付けは存在するといえる。
・・・(略)・・・
しかし、前記2.のとおり、引用発明は、耐退色性を高く得ることができる化粧建築板を提供することを目的とし、インクジェット層を形成するためのインクの顔料として、有機顔料を含有しない特定の無機顔料を採用した点に技術的意義を有するものであり、水性インク及びインク受理層を採用することは、引用発明の課題を解決するための必須の構成であるとは認められない。なお、引用例の請求項1にはインク受理層が記載されているが、引用例には、インク受理層により鮮明な模様を得ることができることは従来の建築化粧板と同様であると記載されており(【0034】)、かかる鮮明な模様を長期間持続できる要因は、有機顔料を含有しない特
定の無機顔料を選択したことにあると認められるから、引用例の請求項1にインク受理層が記載されていることをもって、引用発明においてインク受理層及び水性インクが必須の構成であるとはいい難い。
・・・(略)・・・
ウ相違点4
(ア)相違点4に係る本件発明1の構成の技術的意義
相違点4に係る「JTMG01:2000にしたがった下記の超促進耐候試験条件による促進耐候試験」(以下「本件耐候試験」という。)は、JTMG01:2000が日本試験機工業会による公知の規格であり、試験条件も一般的な耐候試験と特段の差異はないことからすれば(甲35)、本件耐候試験を採用したこと自体には、格別の技術的意義は認められない。』
[コメント]
本判決では、相違点の認定に当たって、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当であるとしている点が興味深い。そして、本判決では、相違点をことさらに細かく分けて認定し、各相違点の容易想到性を個々に判断することは、本来であれば進歩性が肯定されるべき発明に対しても、正当に判断されることなく、進歩性が否定される結果を生じることがあり得る、との指摘をして、審決での相違点の認定を否定している。しかし、事案によっては、相違点を細かく分けて認定することで進歩性が肯定される場合もありえるであろう。代理人としては、一致点、相違点の認定に係る主張、反論に際しては、事案に応じて、進歩性が肯定されやすいような有利な認定を検討することが肝要である。
また相違点3(水性インクと紫外線硬化型インク)に関して、引用例の請求項1に記載の発明特定事項(水性インク、インク受理層)についても、引用発明の課題を解決するための必須の構成であるとは認められないことから、阻害要因にはならないとされている。また、本件特許の実施例と比較例においていずれも紫外線硬化型インクを用いていることからも相違点3の構成は必須の要件でないと指摘されている。補正または訂正により引用発明の相違点を生じさせて、進歩性を主張するに際しては、当該技術分野における技術常識、明細書中の実施例と比較例との対比が課題との関係で表わされているか否か等を考慮することの重要性が窺える。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
平成29年(行ケ)第10087号「建築板」事件
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