IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10144号「保湿剤」事件
名称:「保湿剤」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10144号 判決日:平成30年9月20日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、化合物の構造類似性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/001/088001_hanrei.pdf
[概要]
甲1炭化水素成分は、公知の保湿剤成分と類似の構造及び性質を有するから、甲1炭化水素成分を含む化粧品について保湿剤の機能を想到するのは容易であると認定された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2011-174242号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-3571号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】(a)藻類ボトリオコッカスブラウニー RaceBから抽出される炭化水素成分、及び/又は(b)前記(a)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含む保湿剤。
[取消事由]
相違点2についての判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由(相違点2についての判断の誤り)について
『(3) 以上のとおり、本件出願時、炭化水素の中には皮膚に疎水性皮膜を形成できるものがあること、化粧品に配合される常温で液体の炭化水素の多くについて、皮膚に疎水性皮膜を形成して皮膚からの水分の蒸散を防止すること(閉塞性)によるエモリエント性(保湿効果の一種)が認められることは、化粧品の分野の当業者の技術常識だった(上記(2)ア~ウ)ものである。また、甲1炭化水素が常温で液体の炭化水素であり、その化学構造が炭化水素であるスクワレンに類似していること、スクワレンとスクワランは疎水性を有する炭化水素であること、スクワランが化粧品の保湿剤として慣用の成分であり、スクワレンが化粧品に配合される成分でありスクワランと同等の閉塞性を有することも、同様に当業者の技術常識であった(上記(2)エ及びオ)。
そうすると、本件出願時の化粧品の分野の当業者が、常温で液体の炭化水素である甲1炭化水素成分を含む化粧品について、上記の技術常識を用いて、保湿剤の機能を想到するのは容易であったというべきである。』
2.原告らの主張について
『ウ 原告らは、スクワレンは皮膚刺激をもたらす成分であり、保湿剤として慣用の成分ではないと主張する。
化粧品製品において、スクワレンが配合成分として記載されている件数はスクワランが配合成分として記載されている件数に比して非常に少ないといえ・・・(略)・・・、また、スクワレンは多不飽和化合物であるから不安定で空気にさらすと酸敗しやすく(上記(2)オ(イ))、皮膚の刺激源となって皮膚障害を起こし得るから化粧品原料としてふさわしくないという趣旨の記載がされた文献もあるから・・・(略)・・・、スクワレンが化粧品として慣用の成分であるとまではいい難く、この点の本件審決の認定には誤りがある。
もっとも、・・・(略)・・・スクワレンは、複数の文献において保湿効果(閉塞性ないしエモリエント性)を有する化粧品原料としてスクワランと並んで挙げられると共に、スクワランと同等の閉塞性を有することが確認され、複数の化粧品製品において原料として表記されていたのであるから、・・・(略)・・・スクワレンは、本件出願時、スクワランと同等の閉塞性があるものとして化粧品として配合されることのある成分であったというべきである。
そして、スクワレンが化粧品として慣用の成分ではないとしても、スクワランと同等の保湿効果があるものとして化粧品として配合されることのある成分であることなどからすれば、当業者が相違点2に係る構成を容易に想到することができたといえるのは、上記(3)に説示したとおりであり、本件審決の認定の誤りは、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。更にいえば、ボトリオコッカスブラウニー RaceBから抽出される炭化水素は、スクワレンに類似するとはいえ、それとは異なる物質なのであるから、後者に皮膚刺激があるからといって、前者にも必ず皮膚刺激があることになるわけではない。他方、引用発明は化粧品に関する発明なのであるから、それに接した当業者は、引用発明に含有される物質は、一般的には安全なもの(すなわち、特段の皮膚刺激はないもの)であると期待し、保湿剤としての利用を想到し得るものということができる。したがって、この点からしても、原告らの主張は失当である。』
『エ 原告らは、①ボトリオコッカスブラウニー RaceBから抽出される炭化水素とスクワレンの分子構造が類似しているとしても、両者の官能基の位置が異なることからすれば相反する生理作用を引き起こすことがあり得るので、前者に保湿効果があるか否かは実際に確かめてみなければ分からないこと・・・(略)・・・を主張する。
しかし、①について、炭化水素の化粧品原料の多くが疎水性皮膜を形成することによるエモリエント性を有することや甲1炭化水素と疎水性のある炭化水素であるスクワレンの化学構造が類似していることなどの技術常識によれば、引用発明について保湿剤の機能を容易に想到することができたというべきであり、官能基の位置が異なる場合に相反する生理作用を引き起こすことがあり得ることは、この判断を左右するには足りない。』
[コメント]
引用例に甲1炭化水素の「化粧品」としての用途が記載されているのに加え、(化粧品の配合成分としての件数が少ないとはいえ)保湿剤として公知のスクワレンの構造と甲1炭化水素の構造とが類似することに鑑みると、甲1炭化水素の「保湿剤」としての機能を期待することは容易とする結論については、概ね首肯し得るところである。
ただ各論では、例えば、甲1炭化水素と化粧品の配合成分であるスクワレンとの構造類似性から甲1炭化水素の保湿剤としての機能を推認しているにもかかわらず、その一方で、両者が異なる物質であるということで後者に皮膚刺激があるからといって、前者にも必ず皮膚刺激があることになるわけではないと断じて作用(機能)の共通性を否定するという齟齬が生じている部分もある。当事者の納得性の点からも丁寧に論理構成を行った説示が求められよう。
原告としては、「甲1炭化水素≒スクワレン≒スクワラン」との認定における化合物間の関連性の連鎖をより明確な形で断ち切ることができなかったであろうか(例えば、明細書の開示との兼ね合いもあるものの、化商品と保湿剤との安全性ないし用途の相違を説きつつ、皮膚刺激性のあるスクワレンとの構造類似性から甲1炭化水素も皮膚刺激性が懸念されたが、予想に反して安全性が高かったという趣旨の主張等。)。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)
平成29年(行ケ)第10144号「保湿剤」事件
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