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平成30年(行ケ)第10064号「核酸分解処理装置」事件

名称:「核酸分解処理装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10064号 判決日:平成31年2月28日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、限定解釈
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/451/088451_hanrei.pdf
[概要]
本件特許発明に係る庫内差圧検出手段の検出の対象となる庫内差圧は、庫内の圧力と暴露空間外の圧力との差圧であればよく、陰圧に限定されるものでもないとして、明細書の記載を参酌して庫内差圧検出手段を陰圧を検出するものに限定解釈して本件特許発明の進歩性を認めた審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5463378号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800004号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[訂正発明2](請求項1は訂正により削除)
【請求項2】
メタノールタンクから供給されたメタノールを霧状に噴射するノズルを備え、該ノズルを介して噴射されたメタノールを気化してメタノールガスを発生させるメタノールガス発生部と、上記メタノールガス発生部の上方に位置して、熱反射可能な多孔質金属材料で互いに隔てられた上部と下部とからなり、該上部には空気を供給する空気供給部が連結されており、該メタノールガス発生部から発生したメタノールガスを自然対流により上方に移行させる流路となるとともに、上記メタノールガスに該空気供給部から供給された空気を所定の割合で混合させる筒体部と、上記筒体部の上方に位置し、該筒体部において上記所定の割合で空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化する触媒部とを有し、上記触媒部は、金属薄板をハニカム構造に成形してなるラジカル反応触媒より構成され、該ラジカル反応触媒を複数積層してなり、空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化して少なくともメタノールに由来する活性種を含み生成される複合ガス(以下「バイオガス」という)を発生するバイオガス発生部と、
上記バイオガス発生部における生成ガス量を供給空気量とメタノール量で制御する生成ガス量制御手段と、
上記バイオガス発生部により発生したバイオガスが供給される暴露部と、
上記暴露部の暴露空間内の温度を制御する温度制御手段と、
上記暴露部の暴露空間内の湿度を制御する湿度制御手段と、
上記暴露部に供給されたバイオガスを排気する排気処理部と、
上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段と、
上記暴露部におけるバイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度を測定するホルムアルデヒド成分濃度測定手段と、
臭いを検出又は測定する手段を備え、
上記ホルムアルデヒド成分濃度測定手段による測定結果として得られるガス濃度情報が上記生成ガス量制御手段に帰還され、上記バイオガス発生部において、一定の触媒の自己反応温度と濃度のバイオガスとなるように、上記生成ガス量制御手段により上記バイオガス発生部における生成ガス量が供給空気量とメタノール量で制御されるとともに、上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより、上記暴露部の庫内ガス濃度を一定にし、
上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え、
上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され、上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより、上記暴露部の庫内差圧を一定にすることを特徴とする核酸分解処理装置。
[取消事由]
1.甲1を主引用例とする進歩性の判断の誤り(取消事由1)
2.サポート要件の判断の誤り(取消事由2)
3.実施可能要件の判断の誤り(取消事由3)
4.明確性要件の判断の誤り(取消事由4)
[被告の主張]
取消事由1
(ア)訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の意義等について
訂正発明2は、「核酸分解処理装置」という機械(装置)の分野に属する発明であり、かつ、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」という語は、一般通念としてはもとより、技術概念として定着しているものではない。したがって、本件審決が、本件明細書の発明の詳細な説明を参酌して、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は、「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段であって、滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出するものである」と解釈したことに誤りはない。
一方、甲2記載の微差圧検出器は、滅菌タンク内がタンク外よりも陽圧に維持されていることを検出するものであり、訂正発明2の庫内差圧検出手段と甲2記載の微差圧検出器とは、圧力差の制御手法が正反対のものであるから、甲2記載の微差圧検出器は、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」に相当するものとはいえない。
(イ)甲2の開示事項について
本件審決が認定するように、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載によれば、訂正発明2は、庫内ガス濃度情報及び庫内差圧情報という2つの情報を基に、生成ガス量及び排気量を調整し、庫内ガス濃度と庫内差圧の両者を一定にするという制御を行うものである。
これに対し甲2に記載された発明では、MRガスの濃度の制御はホルムアルデヒドガス供給排出装置4側の制御器24で、処理室内外の気圧差の制御は室圧調整装置6側のコントロールユニット58で、別の装置で、別々に制御が行われているから、庫内ガス濃度と庫内差圧の両者を同時に一定の値にするという制御を行う訂正発明2と構成が異なるものである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由1(甲1を主引用例とする訂正発明2の進歩性の判断の誤り)について
相違点2の容易想到性について
訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の意義等について
『(ア) 訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載によれば、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は、「・・・(略)・・・バイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出」する検出手段であり、訂正発明2においては、「上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され、上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより、上記暴露部の庫内差圧を一定にする」ことを理解できる。
また、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)中の「上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段」との文言によれば、訂正発明2の「排気量制御手段」は、「上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御」する制御手段であることを理解できる。
そして、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載によれば、訂正発明2の核酸分解処理装置は、・・・(略)・・・「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に、「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し、「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行うものであることを理解できる。
しかるところ、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)には、「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」の具体的な構造や装置構成について規定した記載はなく、また、「暴露部」の「庫内差圧」をいかなる数値又は数値範囲で一定にするのかについて規定した記載もない。
(イ)次に、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明」の実施形態として、・・・(略)・・・が記載されている・・・(略)・・・。これらの記載は、制御部150により暴露部120の庫内差圧を陰圧の数値範囲に制御することを開示するものと認められる。
他方で、本件明細書の「・・・(略)・・・なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能であることは言うまでもない。」(【0026】)との記載に照らすと、本件明細書には、「本発明の要旨を逸脱しない範囲」であれば、「本発明」の実施形態が上記実施形態に限定されるものではないことの開示がある。
しかるところ、本件明細書には、「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」を特定の構造や装置構成のものに限定する記載はないし、また、「暴露部」の「庫内差圧を一定にする」にいう「一定」の数値範囲を定義した記載もない。
また、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載から、訂正発明2の核酸分解処理装置は、「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に、「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し、「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行うものであることを理解できること(前記(ア))、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明」は、訂正発明2の構成を採用したことにより、フィードバック制御により暴露部の暴露空間内における温度、湿度、濃度の定量的制御を行うことができ、検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるという効果を奏すること(【0021】、【0196】)の開示があること(前記(1)イ(イ))を総合すると、訂正発明2は、フィードバック制御により暴露部の暴露空間内の温度、湿度、「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の定量的制御を行うことにより、検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるようにしたことに技術的意義があることが認められる。
そして、訂正発明2の上記技術的意義に照らすと、「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御する必然性は見いだし難い。また、本件明細書全体をみても、「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御することによって、陽圧の数値範囲に制御することと比して有利な効果を生じるなどの技術的意義があることについての記載も示唆もない。
(ウ) 以上の訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の検出の対象となる「庫内差圧」は、「庫内」(暴露部の暴露空間内)の圧力と暴露空間外の圧力との差圧であれば、特定の数値範囲のものに限定されるものではなく、陰圧の数値範囲のものに限定されるものでもないと解すべきである。』
甲2の開示事項について
『このように、甲2における「本発明」の第2の実施の形態は、ホルムアルデヒドガスの給排気状況に依存して生じる被殺菌空間の室内と室外との圧力差を検出する微差圧検出器56を備え、微差圧検出器56により検出された検出値がコントロールユニット58に帰還(フィードバック)され、コントロールユニット58により被殺菌空間内の室内から室外に排気される空気に含まれるホルムアルデヒドガス等の排気量及び室内に給気する空気の給気量を制御することにより、被殺菌空間の室内の圧力を一定にするという構成を備えるものである。
そうすると、甲2における「本発明」の第2の実施の形態の「微差圧検出器56」、「コントロールユニット58」及び「排気量調整電磁弁74及び送風機82」は、それぞれ、訂正発明2における「庫内差圧検出手段」、「上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が…帰還され」る「上記排気量制御手段」及び「上記排気量制御手段により制御される排気処理手段」に相当するものと認められる。・・・(略)・・・
(イ) これに対し被告は、①訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は、「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段であって、・・・(略)・・・甲2記載の微差圧検出器とは、圧力差の制御手法が正反対のものであるから、甲2記載の微差圧検出器56は、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」に相当するものとはいえない、②訂正発明2は、庫内ガス濃度情報及び庫内差圧情報という2つの情報を基に、生成ガス量及び排気量を調整し、庫内ガス濃度と庫内差圧の両者を一定にするという制御を行うものであるのに対し、甲2に記載された発明では、・・・(略)・・・それぞれ別の装置で、別々に制御が行われており、庫内ガス濃度と庫内差圧の両者を同時に一定の値にする制御を行う訂正発明2の「排気量制御手段」と構成が異なるものであるから、甲2には、相違点2に係る訂正発明2の開示はない旨主張する。
しかしながら、上記①の点については、前記ア(ウ)のとおり、・・・(略)・・・陽圧の値のものも含むと解すべきであるから、甲2記載の微差圧検出器56は、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」に相当するものと認められる。
次に、上記②の点については、訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)には、訂正発明2の「排気量制御手段」の具体的な構造や装置構成について規定した記載はなく(前記ア(ア))、本件明細書の発明の詳細な説明にも、「排気量制御手段」を特定の構造や装置構成のものに限定する記載はないこと(前記ア(イ))に鑑みると、訂正発明2は、「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に、「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し、「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行う構成のもの(前記ア(イ))であれば、庫内ガス濃度の制御と庫内差圧の制御を同じ装置で行うものに限られるものではない。また、甲2に記載された第2の実施の形態に係るホルムアルデヒドガス殺菌装置は、「所定時間、室内の温度、湿度、ホルムアルデヒドガスの濃度がそれぞれ温度20~40℃の範囲、湿度50~90%(相対湿度)の範囲、ホルムアルデヒドガス濃度160ppm以上を維持している間」、室圧調整装置6のコントロールユニット58により室内の圧力を陽圧力に維持しているから(前記(3)イ(イ))、甲2には、庫内ガス濃度と庫内差圧の両者を同時に制御することが開示されていると認められる。
したがって、被告の上記主張は、その前提において、採用することができない。』
[コメント]
訂正発明2に記載されている「庫内差圧検出手段」について、審決では明細書の記載を参酌して「「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御する手段」と解釈した。このように限定解釈した理由は審決では触れられていないが、被告が主張したような「庫内差圧検出手段」という語が技術概念として定着しているものではないということが「発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情」に該当すると判断されたのかもしれない。
一方、本判決では、明細書の「本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能であることは言うまでもない。」の記載や、「庫内差圧」を陰圧に制御する必然性の有無を考慮した上で、「庫内差圧検出手段」の検出の対象となる「庫内差圧」は陰圧の数値範囲のものに限定されないと認定した。
特許権者側は、本判決後の無効審判における訂正によって「庫内差圧検出手段」の検出の対象となる「庫内差圧」を陰圧の数値範囲のものに限定することが考えられるが、本判決で「「庫内差圧」を陰圧に制御する必然性は見だし難い」等と判断されたことを考慮するとその訂正後の相違点も容易想到と判断される可能性が高いのではないか。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

平成30年(行ケ)第10064号「核酸分解処理装置」事件

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