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平成30年(行ケ)第10098号「神経変性疾患治療薬」事件

名称:「神経変性疾患治療薬」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10098号 判決日:平成31年3月25日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、技術常識、用途発明
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/552/088552_hanrei.pdf
[概要]
引用例の示唆等からは本件医薬発明が特定疾患の治療に関連する生理作用を有する可能性があることは否定できないとしながらも、その作用のみでは特定疾患の治療効果を奏する可能性は低いとする技術常識を認定して、疾患治療に適用する動機付けがないと判断した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第3364481号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800120号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。
[審決]
審決では、相違点1を「医薬について、本件特許発明1では『神経変性疾患』を治療対象とするのに対して、甲1発明では『てんかん』を治療対象としている点」と認定した。そして以下の①~③から、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易になし得たとは認められないと判断した。
①甲1(学術論文)には治療対象を「神経変性疾患」とすることについて記載も示唆もない。
②他の証拠を参酌しても「線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより必ず神経変性疾患を治療することができるといえる技術常識もない」。
③甲1及び乙6にはゾニザミドがパーキンソン病様の副作用をもたらすことが記載されており、本件発明の投与量では副作用が生じる可能性があった(いわゆる阻害要因)。
[取消事由]
1.本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明2ないし6の進歩性判断の誤り(取消事由2)
※取消事由1についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
『(3) 引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けの有無
ア 引用例における示唆
・・・(略)・・・
そうすると、引用例は、ゾニサミド20~50mg/kgを短期投与すると、線条体ドパミン量が増加すること、MAO-B活性の阻害によりドパミン分解が阻害されることを示唆するものではあるが((1)カ)、その示唆は、あくまでも、健常動物を用いた実験に基づくものということができる。
イ 甲3文献
・・・(略)・・・
(イ) 甲3文献における示唆
前記(ア)によれば、甲3文献は、ゾニサミド20又は50mg/kg/日を投与すると、線条体ドパミン量が増加すること、ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50が660μMであることを示すものであるが、これらの実験結果は、あくまでも、健常動物を用いた実験に基づくものということができる。
ウ 技術常識
(ア) 健常動物と疾患モデル動物の相違
・・・(略)・・・
そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は、パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。
(イ) 線条体ドパミン量の増加とパーキンソン病治療薬の関係
・・・(略)・・・
d ゾニサミドが有する線条体ドパミン量の増加作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から、本件優先日当時、抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が、健常動物以外であっても、線条体ドパミン量を僅かでも増加させる可能性があることまでは否定できない。また、当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたものである。
しかし、当業者は、本件優先日当時、具体的な作用機序の差異を意識することなく、線条体ドパミン量を増加させる薬物には、パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること、線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬との関係は不明であること、を認識していたというべきである。
そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物以外において線条体ドパミン量を増加させる可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても、線条体ドパミン量の増加作用の観点からは、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
(ウ) MAO-B活性の阻害とパーキンソン病治療薬の関係
・・・(略)・・・
d ゾニサミドが有するMAO-B阻害作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から、本件優先日当時、抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が、健常動物以外であっても、MAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。また、当業者は、本件優先日当時、パーキンソン病の治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたものである。
しかし、当業者は、本件優先日当時、抗てんかん薬であって、MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても、MAO-B阻害作用を有することから、直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないこと、当業者は、ゾニサミドが、MAO-B阻害作用の観点から、他のパーキンソン病治療薬と同程度の効果を奏する可能性が低いこと、を認識していたというべきである。
そうすると、当業者は、本件優先日当時、健常動物以外において、MAO-B阻害作用を有する可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても、MAO-B阻害作用の観点からは、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
エ 引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付け
(ア) 引用例及び甲3文献は、いずれも、ゾニサミドが、健常動物において、線条体ドパミン量の増加作用を有すること、MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして、前記ウ(ア)のとおり、本件優先日当時の当業者は、健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が、パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると、当業者は、引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても、そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において、ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり、ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから、ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。
(イ) また、引用例及び甲3文献における前記示唆から、健常動物以外であっても、ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし、前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり、本件優先日当時の当業者は、抗てんかん薬であるゾニサミドについて、線条体ドパミン量の増加作用の観点からも、MAO-B阻害作用の観点からも、パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると、このような技術常識を有する当業者は、引用例及び甲3文献から、ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。
(ウ) よって、当業者は、引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。
・・・(略)・・・
カ 小括
以上によれば、引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、というべきである。』
[コメント]
裁判所は、引用例および甲3が「ゾニザミドが健常動物における線条体ドパミン量の増加作用を有すること、MAO-B阻害作用を有することを示唆する」と判断した。さらに裁判所は、疾病モデル動物が健常動物と相違する点を考慮してもなお、「ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない」と審決に比べて慎重に判断をしている。そして、引用例にこれらの作用の示唆があったとしても、パーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないという技術常識を、本件発明と類似の機能を有する複数の公知薬剤の記載から論証し、パーキンソン病への適用の動機付けがないという結論を導いている。公知文献から示唆される薬理作用を分類したうえで、個々の薬理作用と疾患治療用途の関係性を立証した本判決の論理構成は、実務上参考になる。
また、本判決において動機付けを否定した技術常識の認定に用いられた証拠の多くは、原告側が提出したものであった。技術常識の認定のために複数の証拠が必要であるが、その中に自らに不利となる記載がないかは、証拠提出前に十分に確認しておくことが重要である。
以上
(担当弁理士:小林 隆嗣)

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