IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和元年(行ケ)第10083号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
名称:「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10083号 判決日:令和2年2月18日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/241/089241_hanrei.pdf
[概要]
原告は、引用発明の含水粘性組成物に主剤として含有されている「ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウム」を、増粘剤として周知の本件発明の「アルギン酸ナトリウム」に置換することが容易であることを主張したが、引用発明の主材は造膜性を有するものであるが、「アルギン酸ナトリウム」は皮膜形成能を有する増粘剤として周知でないとして、進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4912492号の特許権者である。
原告は、本件特許について特許を無効とする無効審判(無効2018-800054号)を請求したところ、特許庁は、本件特許を維持する審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって、/1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、酸を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;/2)酸及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、炭酸塩を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;又は/3)炭酸塩と酸を含有する複合顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤と、アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ;/からなり、/含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、/含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。
[審決]
本願発明と引用発明との対比
一致点:医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって、/炭酸塩を含有する含水粘性組成物と、酸を含む剤の組み合わせからなり、/含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、/含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。
相違点1:炭酸塩及び酸をそれぞれ含む組成物の構成について、本件発明1では、炭酸塩がアルギン酸ナトリウムとともに含水粘性組成物に含有され、酸が「顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤」に含有されるのに対し、引用発明では、炭酸塩がポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムとともに含水粘性組成物に含有され、酸が含水粘性組成物に含有される点。
[取消事由]
取消事由1 本件発明1の進歩性判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)相違点1の容易想到性判断の誤り
ア アルギン酸ナトリウムに置換する動機付けについて
本件発明1は、医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物に関するものであり、引用発明は、水性粘稠液を主剤とし、その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に、皮膚表面の汚れを吸着して清浄する皮膚化粧料であるパック剤に関するものであるから、両者は、技術分野において共通する。
しかし、引用例1には、前記(1)ア(イ)のとおり、「パツク剤は、通常ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし、これに種々の添加成分を配合したもので、その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に、皮膚表面の汚れを吸着して清浄する皮膚化粧料の一つである。」との記載があり、前記(1)ア(ケ)のとおり、A剤(平均分子量40万のポリビニルアルコール16部、平均分子量5万のポリビニルアルコール4部、1,3-ブチレングリコール8部、エタノール6部、カルボキシメチルセルロースナトリウム3部、亜鉛華4部、炭酸水素ナトリウム5部、香料0.3部、色素を微量および水53.7部から、常法により製造したもの)及びB剤(平均分子量40万のポリビニルアルコール16部、平均分子量5万のポリビニルアルコール5部、1,3-ブチレングリコール8部、エタノール5部、コラーゲン2部、酸化チタン2部、酒石酸5部、香料0.3部、色素を微量および水56.8部から常法により製造して得たもの)を混合して得られたパック剤(製造例4)を腕の内側に塗布し、乾燥させると皮膚上に皮膜が形成されることが記載されている。かかる記載によれば、ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムは、パック剤の主剤である造膜性の粘稠液を形成するための成分であり、皮膜形成に寄与するものである。これに対し、アルギン酸ナトリウムは、粘性水性組成物を形成する増粘剤として周知であるとしても、皮膜形成能を有する増粘剤として周知であったことを認めるに足りる証拠はない。
また、引用例1には、パック剤に適宜配合することができる成分の例として、油性基剤、エモリエント剤、保湿剤、皮膜剤、ゲル化剤、増粘剤、アルコール及び精製水、界面活性剤、血行促進剤、消炎剤、ビタミン類、殺菌剤などの薬効剤、防腐剤、香料、色素が挙げられているが(前記(1)ア(カ))、アルギン酸ナトリウムを用いることは何ら記載されていない。
以上によれば、粘稠液が造膜性のものであることを前提とする引用発明において、ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換えることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
イ 酸を「顆粒(細粒、粉末)剤」に含ませる点について
引用発明は、その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に、皮膚表面の汚れを吸着して清浄するパック剤であって、短時間で優れた血行促進作用を示すものであるから(前記(1)ア(キ))、使用時の二酸化炭素の発生を遅延させ、持続性を持たせることの動機付けがあるとはいえない。そうすると、引用例1に接した当業者は、二酸化炭素を適切に発生させるための徐放化技術として、炭酸塩と酸を1つの固形物に含有させることを想到することもできないというべきである。
ウ 小括
よって、相違点1は、当業者が容易に想到できたものではない。
(3)原告の主張について
ア アルギン酸ナトリウムに置換する動機付けについて
(ア) 原告は、気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持するとの本件発明1の課題は、周知の課題であったところ、アルギン酸ナトリウムが起泡剤としても利用することができるもので、発生した気泡状の二酸化炭素を閉じ込める効果を有することは周知であり、粘性を高めることにより気泡の安定性が増すこと、界面活性剤が気泡の発生・保持に効果的に作用することも技術常識であったから、増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを選択することは容易である旨主張する。
しかし、気泡状の二酸化炭素の持続性が周知の課題であることの根拠として原告が挙げる文献のうち、特開平9-206001(甲5)には、「このゲル状食品は、製造時に、膠質水溶液と炭酸ガスとを混合した後に加熱する。この加熱によって炭酸ガスは激しく発泡すると同時に膠質水溶液から逃散してしまう」(【0002】)、「その目的とするところは、発泡成分の発泡によって生成した気泡が、ゼリー中に多数内包され、しかもこの気泡中の炭酸ガスが長時間保持され、喫食時に口中で強い発泡感が感じられる発泡性ゼリーを、家庭で簡単に手作りできる発泡性ゼリー用粉末およびこれを用いた発泡性ゼリーの製法を提供するにある」(【0004】)との記載があるものの、同文献に記載されているのは、ゲル状食品であって、引用発明のパック剤とは異なる技術分野に関するものである。
また、特開昭63-310807号公報(甲18)は、炭酸ガスのガス保留性について、・・・(略)・・・、それぞれ記載したものであるが、これらの文献のいずれにも、気泡状の二酸化炭素を保持することが周知の課題であると読み取れる記載はない。
したがって、本件優先日当時において、パック剤の技術分野において気泡状の二酸化炭素を保持するとの本件発明1の課題が周知であったとは認められず、引用発明の増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを適用する動機付けがあるとはいえないから、原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は、アルギン酸ナトリウムを含む水溶液が皮膜を形成するから、引用発明の増粘剤をアルギン酸ナトリウムに置換しても、皮膜形成作用を維持することはでき、引用発明におけるポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換えることは可能である旨主張する。特開平9-278926号公報(甲86)には、アルギン酸を含む水溶液は、皮膜を形成すること(【0011】、【0015】)、被コーティング物に塗布される皮膜は、アルギン酸の濃度で調整できること(【0016】)が、「機能性包装資材の開発技術の形成-機能性段ボール箱の開発-」と題する文献(1995年。甲87)には、アルギン酸ナトリウム(G-I)と天然多糖類プルラン(PI-20)を(1:1)で混合した5wt%溶液を、秤量220g/m2の段ボールライナー表面に塗工し、5wt%塩化カルシウム水溶液を噴霧し凝固させ、フィルムを形成させたことが、「機能性包装資材の開発技術の形成 -機能性無機粉体の開発-」と題する文献(1995年。甲88)には、アルギン酸ナトリウムとプルランを混合してフィルムを形成した場合、両者の混合比を変化させると酸素透過量と炭酸ガス透過量が変化することが、それぞれ記載されていることが認められる。
しかし、これらの文献に開示されているのは、内容物を保護する目的で使用される包装材料としてのフィルムやコーティング被膜をアルギン酸ナトリウムによって形成することであるところ、引用発明のパック剤の膜は、その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に、皮膚表面の汚れを吸着して清浄するものであって、造膜後には皮膚から剥がして除去されるものであって、その適用対象や、使用目的・作用効果が異なる。
したがって、甲86~88を考慮しても、引用発明におけるポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換え可能であるということはできず、原告の主張は採用できない。
イ 酸を「顆粒(細粒、粉末)剤」に含ませる点について
原告は、二酸化炭素を適切に発生させるための徐放化技術として、炭酸塩と酸を一つの固形物に含有させることは慣用技術であるところ、どのような剤型を選択するかは、化粧品についての一般的な課題であり、美容目的の化粧品については、当該化粧品の効能や作用機序等が異なっていても同一の剤型のものが存在していたのであるから、剤型の選択の局面においては、技術分野を狭く解することは誤りであり、慣用技術を適用できる旨主張する。
特開平6-179614号公報(甲6)には、アルギン酸水溶性塩類を含有するゲル状パーツからなる第一剤と、前記アルギン酸水溶性塩類と反応しうる二価以上の金属塩類および前記反応の遅延剤を含有する粉末パーツからなる第二剤との二剤からなることを特徴とする、剥がすタイプのパック剤が、化粧品製造製品届書(香椎化学工業株式会社、平成13年1月11日。甲7)に係る化粧品製造品目追加許可書(厚生大臣、平成3年11月12日。甲8)には、2剤を使用前に混合して肌に塗布し、膜が乾燥したら剥がすパック剤が、特開平7-53324号公報(甲9)には、美白や保湿を目的として、粉末あるいは顆粒状の組成物を、使用する直前に化粧水や乳液に分散せしめ、皮膚に塗布する用時混合タイプのものが、「化粧品成分ガイド」第5版(フレグランスジャーナル社、2009年2月25日。甲10)には、化粧品の剤形タイプとして、溶液タイプ、ジェルタイプ、乳化タイプ、固体タイプ、液体タイプ、ペーストタイプ、皮膜タイプ、エアゾールタイプがあることが、それぞれ記載されていることが認められる。
しかしながら、甲6ないし8に記載されているのは、剥がすタイプのパック剤、甲9に記載されているのは、化粧水や乳液など肌に塗布する化粧品であり、甲10には、剤型タイプの分類が記載されているにすぎず、これらの文献のいずれも、炭酸ガスを発生させ、発生する炭酸ガスによる血行促進作用により、皮膚の血流を良くし皮膚にしっとり感を与えるパック剤に関するものではないから、これらによって、引用発明の技術分野において炭酸塩と酸を一つの固形物に含有させることが慣用技術であったとは認められない。そして、化粧品の剤型は、その効能や使用目的に応じて個別に検討されるものであることは当然であり、分野の異なる技術を引用発明に適用できるとはいえないから、原告の主張は採用できない。
(4) 小括
よって、相違点1に係る構成は容易に想到できたものではないから、取消事由は理由がない。』
[コメント]
原告は、引用発明の主剤である「ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウム」を「アルギン酸ナトリウム」が増粘剤として知られていることから置換容易であることを主張したが、判決では、本件発明における課題(気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持)は周知ではなく、また、「アルギン酸ナトリウム」が増粘剤として周知であっても、引用発明の主剤として機能するような皮膜形成能を有する増粘剤として周知ではないとされて、進歩性を肯定した審決が維持された。審決、判決ともに妥当と思われる。通常は、引用発明の主剤に相違点がある場合に、その主剤を他の材料に置換すること自体に困難性があると思われる。進歩性の相違点に係る容易想到性の判断における周知の主張においても論理的な主張が必要であることが分かる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
令和元年(行ケ)第10083号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
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