IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和元年(行ケ)第10075号「ポリオレフィン系延伸フィルムの製造方法」事件
名称:「ポリオレフィン系延伸フィルムの製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10075号 判決日:令和2年5月28日
判決:審決一部取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/507/089507_hanrei.pdf
[概要]
製法発明については、審決及び判決で進歩性が認められたが、物の発明については、審決では進歩性が認められたものの、判決では主引例の従来技術として引用した文献の内容も考慮した上で、進歩性なしと判断して、無効不成立審決が一部取消された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5934355号の特許権者である。
原告は、本件特許の請求項6~8に係る発明について無効審判を請求した。特許庁は、訂正請求を認めた上で、請求項6~8について本件審判の請求は、成り立たないとの審決をした。このため、原告はその取り消しを求めた。
[本件発明](下線は、訂正箇所)
【請求項6(訂正後)】
第1のスキン層と、コア層、及び第2のスキン層とを含むポリオレフィンフィルムを押出成形する第1の押出ステップと、
前記押出成形されてなるフィルムを冷却させる第1の冷却ステップと、
前記第1の冷却ステップを経たフィルムを縦延伸する縦延伸ステップと、
前記縦延伸されたフィルムの第1のスキン層上に熱封着樹脂層が形成されるように押出成形する第2の押出ステップと、
前記熱封着樹脂層が形成されたフィルムを冷却させる第2の冷却ステップ、及び
前記第2の冷却ステップを経たフィルムを横延伸する横延伸ステップと、
を含み、
前記第2の冷却ステップは、表面に凹凸構造を有する冷却ロールを用いて樹脂層に空気チャンネルを形成させることであり、
前記冷却ロールに形成された凹凸構造は、5μm~30μmの深さを有することを特徴とする、ポリオレフィン系延伸フィルムの製造方法。
【請求項7】
第1のスキン外層、コア層および第2のスキン内層からなるポリオレフィンフィルムの第1のスキン外層上に熱封着樹脂層がさらに形成されたポリオレフィン延伸フィルムであって、
第1のスキン外層、コア層および第2のスキン内層はともに縦延伸されたものであり、
第1のスキン外層、コア層、第2のスキン内層および熱封着樹脂層はともに横延伸されたものであり、前記熱封着樹脂層は縦延伸されていないことを特徴とする、熱ラミネート用ポリオレフィン延伸フィルム。
[審決]
本件発明6~7と引用発明2との相違点を下記にように認定した上で、本件発明6~8は進歩性があると判断した。なお、記載要件についても、全て満たしていると判断した。
・本件発明6について
(相違点2-1)
「ポリオレフィンフィルム」に関して、本件発明6においては、「第1のスキン層と、コア層、及び第2のスキン層とを含むポリオレフィンフィルム」であるのに対して、引用発明2Aにおいては、「メルトフローレート(MFR)0.8、融点164℃のホモポリプロピレン70重量%、融点134℃の高密度ポリエチレン12重量%及び平均粒径1.5μmの重質炭酸カルシウム18重量%を配合(A)し、270℃に設定した押出機にて混練した後、シート状に押し出し」た一層のものである点。
(相違点2-2)
「熱封着樹脂層が形成されたフィルムを冷却させる第2の冷却ステップ」に関して、本件発明6においては、「第2の冷却ステップは、表面に凹凸構造を有する冷却ロールを用いて樹脂層に空気チャンネルを形成させることであり、/前記冷却ロールに形成された凹凸構造は、5μm~30μmの深さを有する」と特定されているのに対し、引用発明2Aにおいては、「これを金属ロールとゴムロールよりなるエンボスロールに通して、該積層構造フィルムのC層側に、0.3mm間隔(80線)、谷部の深さ30μmのドットを有する逆グラビア型のパターンをエンボス加工し」と特定されている点。
・本件発明7について
(相違点2-3)は、上記(相違点2-1)と同様。
(相違点2-4)
用途に関して、本件発明7においては、「熱ラミネート用」であるのに対し、引用発明2Bにおいては、特定されていない点。
[取消事由]
1.本件発明6ないし8に係る引用例1に基づく新規性及び進歩性判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明6ないし8に係る引用例2に基づく進歩性判断の誤り(取消事由2)
3.本件発明7、8に係る引用例3に基づくダブルパテントの判断の誤り(取消事由3)
4.実施可能要件、サポート要件、明確性要件の判断の誤り(取消事由4~6)
※以下、取消事由2についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.本件各発明について
『本件各発明の態様によれば、多層構造のポリオレフィン系延伸フィルムの製造の際に、樹脂層を含む各層を連続的な押出工程を通じて積層することにより、製造工程が簡潔で、且つ製造にかかる時間が短くなるため製品の生産コストを下げることができる。また、層間接着力、すなわち樹脂層と被着体との接着力のみならず、第1のスキン層と樹脂層との層間接着力にも優れるという効果を奏する。(【0019】、【0020】)』
2.取消事由2(本件発明6ないし8に係る引用例2に基づく進歩性判断の誤り)について
(1)引用発明について
『また、本件発明6と引用発明2Aとの一致点及び相違点、本件発明7と引用発明2Bとの一致点及び相違点は、本件審決が認定したとおり(前記第2の3(3)イ、ウ)であると認められる。』
(2)本件発明6の容易想到性について
ア 相違点2-1について
『(ア)引用例2には、A層について、「本発明の好ましい態様のインモールド用ラベルは、通常、基材層と接着層とから構成され、・・・(略)・・・できる。このような基材層は単層であっても、或いは、二層以上の積層された構造であっても良い」(3頁右下欄4~16行)との記載があり、基材層が2層以上の積層された構造であってもよいことが開示されている。
また、引用例2には、従来技術として、ラベル付きの樹脂成形容器を一体成形するには、金型内に予めブランク又はラベルをインサートし、次いで射出成形、中空成形、差圧成形、発泡成形などにより容器を成形して、容器に絵付けを行っていること(特開昭58−69015号公報、甲33)の記載があるところ、この従来技術には、中空成形、射出成形、圧空成形若しくは真空成形時に型内でラベルを成形品に貼着する方法に関する発明につき(1頁右下欄2~4行)、ラベルは、ポリプロピレンの延伸フィルムを紙状層とし、反対側の表面を構成するポリエチレンフィルムを裏面層とする少なくとも2層構造の複合フィルムよりなるラベルであり(2頁左下欄6~17行)、中間層に2軸配向のポリプロピレンフィルム層を含む3層以上であることが好ましく(3頁左下欄4~8行)、複合フィルムが3層以上の場合、例えば(A)ポリプロピレン、(B)ポリプロピレン、(C)ポリエチレンを、ダイ内で(B)よりなるフィルムが中間層となるように積層し、共押出で製造する(3頁左上欄10~20行)ことの開示がある。
そうすると、引用発明2Aの基材層は1層のものであるものの、引用例2自体に2層以上の積層構造であってもよいことが記載されていること、引用例2には、複合フィルムが、少なくとも2層構造の層数は中間層に2軸配向のポリプロピレンフィルム層を含む3層以上であることが好ましく、例えば(A)ポリプロピレン、(B)、ポリプロピレン、(C)ポリエチレンを、ダイ内で(B)よりなるフィルムが中間層となるように積層し、共押出で製造された構造が従来技術(甲33)として記載されていることからすれば、引用発明2Aの基材層として、中間層に2軸配向のポリプロピレンフィルム層を含む3層の共押出で製造された複合フィルムを使用する動機付けはあるといえる。
他方、阻害事由の主張はないから、相違点2-1に係る構成は、引用発明2Aに従来技術(甲33)に記載された技術を適用して、当業者が容易に想到することができたものである。』
イ 相違点2-2について
『したがって、引用発明2Aの逆グラビア型のパターンをエンボス加工する工程は、エンボスの凹部が独立した部屋構造となり、しかも、該凹部の部屋をラベル全面に分散して存在させることによりガスや空気を少量ずつこの凹部内に分散した形で封じ込めれば、これによって一部にガスや空気が集合した状態のラベルの浮き上がり(ブリスター)の発生を大幅に改良させるための加工であると理解することができる。
他方、本件明細書には、本件発明6の「第2の冷却ステップ」は「表面に凹凸構造を有する冷却ロールを用いて樹脂層に空気チャンネルを形成させる」が、形成される空気チャンネルは、フィルムの巻取品質を向上させるもので(【0049】)、空気流れ通路を提供することにより、巻取時のしわ寄りを効果的に防止するものである(【0050】)との記載があり、巻取時にフィルムとフィルムとの間に存在していた空気が空気チャンネルから外部に抜けることにより、しわが寄ることを効果的に防止するものであると理解することができる。
そうすると、引用発明2Aの逆グラビア型のパターンをエンボスする工程と、本件発明6の空気チャンネルを形成させる第2の冷却ステップとは、目的も異なる上、形成される構造も異なるのであって、両者は全く異なる工程であり、引用発明1Aの逆グラビア型のパターンをエンボスする工程を、本件発明6の空気チャンネルを形成させる第2の冷却ステップとすることの動機付けがあるとはいえない。
したがって、相違点2-2に係る構成は、当業者が容易に想到することができたものではないものではない。』
(3)本件発明7の容易想到性について
『ア 相違点2-3について
相違点2-3は、相違点2-1と同じであるから、当業者が容易に想到することができたものであることは、前記(2)アのとおりである。
イ 相違点2-4について
本件明細書には、「樹脂層40の原料は、低温接着性樹脂(低融点樹脂)であって、熱ラミネート(熱融着)が可能なものであれば制限されない」(【0043】)との記載があるところ、かかる記載によれば、本件発明7の「熱ラミネート」との用途は、「熱封着樹脂層」に基づくものである。
一方、引用例2の「接着層となる…エチレン・メタクリル酸共重合体の金属塩などの、融点が85~135℃のヒートシール性樹脂よりなるフィルム層」との記載によれば、引用発明2Bの「融点が90℃のエチレン・メタクリル酸共重合体(C)からなるC層」は、「ヒートシール性樹脂よりなるフィルム層」であり、熱封着樹脂層である。
そうすると、本件発明7の「熱封着樹脂層」と引用発明2Bの「融点が90℃のエチレン・メタクリル酸共重合体(C)からなるC層」とは、ともに熱封着樹脂層であるから、「熱ラミネート」用であるとの点において、相違はないものと認められる。
したがって、相違点2-4は、実質的な相違点ではない。』
(4)本件発明8の容易想到性について
『本件発明8は、本件発明7の「第1のスキン外層」をポリエチレン系樹脂、「コア層」をポリプロピレン系樹脂、「第2のスキン内層」をポリプロピレン樹脂及びポリエチレン系樹脂から選択された1種以上、「熱封着樹脂層」をエチレンビニルアセテート、エチレンメチルアセテート、エチレンメタクリル酸、エチレングリコール、エチレン酸ターポリマー、及びエチレン/プロピレン/ブタジエンターポリマーよりなる群から選択された1種以上に、それぞれ限定したものである。
引用発明2Bの「融点が90℃のエチレン・メタクリル酸共重合体(C)からなるC層」は、「ヒートシール性樹脂よりなるフィルム層」、すなわち、「熱封着樹脂層」であるから、「エチレンメタクリル酸」を原料とする「熱封着樹脂層」が開示されている。
また、引用発明2の基材層として、従来技術(甲33)に開示された構成を採用する動機付けがあることは、前記(2)アのとおりであるところ、甲33に開示された複合フィルムは、ポリプロピレン、ポリプロピレン、ポリエチレンからなるから、「第1のスキン外層」をポリエチレン系樹脂、「コア層」をポリプロピレン系樹脂、「第2のスキン内層」をポリプロピレン樹脂及びポリエチレン系樹脂から選択された1種以上にすることも容易に想到できる。』
(5)まとめ
『本件発明6は、引用例2に記載された発明から容易に発明できたものではないが、本件発明7、8は、いずれも、引用例2に記載された発明から容易に発明できたものであり、取消事由2は、本件発明7、8に係る部分に限り、理由がある。』
[コメント]
審判では、相違点2-1(相違点2-3も同じ)に想到困難性を認めたが、裁判所は、相違点2-1は想到容易であると判断したため、物の発明について進歩性の判断が分かれた。
審判では、「甲2(注:本件の引用例2)には、「二層以上」の内、三層の積層された構造を採用する動機付けとなる記載はない。」、「「合成紙において基材を3層延伸フィルムとすること」が技術常識であるとまではいえないし、ましてや、「インモールドラベルに用いる合成紙において基材を3層延伸フィルムとすること」が技術常識とはいえない。」と認定した。
これに対して裁判所は「引用発明2Aの基材層は1層のものであるものの、引用例2自体に2層以上の積層構造であってもよいことが記載されていること、引用例2には、複合フィルムが、少なくとも2層構造の層数は中間層に2軸配向のポリプロピレンフィルム層を含む3層以上であることが好ましく、例えば・・・(略)・・・構造が従来技術(甲33)として記載されていることからすれば、引用発明2Aの基材層として、中間層に2軸配向のポリプロピレンフィルム層を含む3層の共押出で製造された複合フィルムを使用する動機付けはあるといえる。」と認定した。
この認定では、主引例となる明細書の従来技術として記載された公知文献の引用部分だけでなく、当該公知文献の他の記載と、主引例との組合せに、動機付けがあると判断されており、進歩性を否定する立場の主張内容として、参考になる事例である。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)
令和元年(行ケ)第10075号「ポリオレフィン系延伸フィルムの製造方法」事件
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