IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成30年(ワ)第38504号等「止痒剤」事件
名称:「止痒剤」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成30年(ワ)第38504号、38508号 判決日:令和3年3月30日
判決:請求棄却
条文:特許法70条1項、100条1項2項、民法709条
キーワード:技術的範囲、均等論
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/391/090391_hanrei.pdf
[事案の概要]
「有効成分」とは製剤として組成される原薬(化合物)のことをいい、当該化合物の塩酸塩である被告製品は当該構成要件を充たさず、さらに、均等侵害の第5要件における均等なものといえない特段の事情があるとして、被告製品の生産等の差止め、損害賠償請求が認められなかった事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第特許第3531170号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め、損害賠償等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
下記一般式(I)
[式中、・・・(略)・・・]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
[主な取消事由]
1.被告ら製剤は本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)を「有効成分」とするものか
2.被告ら製剤は本件発明に記載された構成と均等なものか
[裁判所の判断]
1.争点(1)被告ら製剤は本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)を「有効成分」とするものか
『(3)これらの記述によれば、医薬品の分野において、製剤は、主に単一成分の結晶であるフリー体又は複合成分の結晶である水和物及び塩の形態をとっている原薬を有効成分として、これに、色素、香料、甘味剤、充塡剤、矯味薬、賦形剤などの添加剤を加えて組成されたものをいうと認められる。
そうすると、「止痒剤」という製剤を組成する「有効成分」に関する発明である本件明細書の記載に接した当業者としては、通常、この構成要件Aの「有効成分」とは、添加剤を加えて製剤として組成される基となる原薬のことをいうものと理解するといえ、同「有効成分」との文言については、同様の意義を有するものと解するのが相当である。
これを被告ら製剤についてみると、証拠(甲A1、甲B1)によれば、被告ら製剤はいずれもナルフラフィン塩酸塩を原薬として、これに添加剤としてアスパルテーム(L-フェニルアラニン化合物)、結晶セルロース、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース及びL-ロイシンを加えて組成されたものであると認められるから、被告ら製剤において構成要件Aの「有効成分」に当たるものは、本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)ではなく、その酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩であるというべきである。
(4)これに対し、原告は、構成要件Aの「有効成分」とは、体内で吸収されて薬理作用を奏する部分を意味し、被告ら製剤においては、ナルフラフィン(フリー体)がこれに当たる旨主張し、その添付文書にも「ナルフラフィン塩酸塩2.5㎍(ナルフラフィンとして2.32㎍)」というようにフリー体が併記されていることを指摘し、上記主張に沿う説明や用例が記載された文献(甲74、75、77ないし88)を提出している。
しかしながら、上記説示のように、当業者は、通常、構成要件Aの「有効成分」とは、添加剤を加えて製剤として組成される基となる原薬のことをいうものと理解するのであって、構成要件Aの「有効成分」との文言は、同様の意義を有するものと解されるところ、被告ら製剤において、投与前の医薬品に含まれているのがナルフラフィン塩酸塩であると認められる以上、被告ら製剤において、ナルフラフィン(フリー体)が構成要件Aの「有効成分」に当たるとはいえない。また、添付文書の上記括弧書き中の記載(「ナルフラフィン塩酸塩2.5㎍(ナルフラフィンとして2.32㎍)」という記載)に接した当業者においては、構成要件Aの「有効成分」について上記の理解に基づいて当該記載を見るのであるから、被告ら製剤において同「有効成分」に当たるものは、ナルフラフィン塩酸塩であると理解するというべきである。さらに、原告の主張に沿う上記の説明や用例は、製剤に関するものとはいえない(甲74、75、77、78)か、製剤に関するものといえるとしても、製剤の組成について述べたものとはいえない(甲79ないし88)から、前記(3)の判断を左右するものではない。
(5)したがって、被告ら製剤は、本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)を「有効成分」とするものとは認められず、構成要件Aを充足しないこととなる。』
2.争点(2)被告ら製剤は本件発明に記載された構成と均等なものか
『(3)これらの記載によれば、本件発明の目的は、各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療のために止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬を有効成分とする止痒剤を提供することにあるところ、本件明細書には、まさしくその有効成分となるオピオイドκ受容体作動薬として、本件発明に記載された本件化合物のほかに、その薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられることが、「オピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩」というように明記されているほか、同化合物に対する薬理学的に好ましい酸付加塩の具体的態様(塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等)も明示的に記載されている。
そうすると、出願人たる原告は、本件明細書の記載に照らし、本件特許出願時に、その有効成分となるオピオイドκ受容体作動薬として、本件化合物を有効成分とする構成のほかに、その薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成につき容易に想到することができたものと認められ、それにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというべきである。そして、本件発明につき、出願人たる原告の主観的意図いかんにかかわらず、第三者たる当業者の立場から客観的にその内容を把握できる徴表である本件明細書においては、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩という構成は、まさしく、各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療のために止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬を有効成分とする止痒剤を提供するという本件発明の目的を達成する構成として、当該目的と関連する文脈において、特許請求の範囲に記載された本件化合物と並んで、明示的、具体的に記載されているものである。
これらによれば、出願人たる原告は、本件特許出願時に、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったものであるといえ、しかも、客観的、外形的にみて、上記構成が本件発明に記載された構成(本件化合物を有効成分とする構成)を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるものというべきである。
そうすると、本件発明については、本件化合物の酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする被告ら製剤が、本件特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの、被告ら製剤と本件発明に記載された構成(本件化合物を有効成分とする構成)とが均等なものといえない特段の事情が存するというべきである。
(4)したがって、被告ら製剤は、本件発明に記載された構成と均等なものとして、本件発明の技術的範囲に属するということはできない。』
[コメント]
本判決では、マキサカルシトール最高裁判決で示された均等侵害の第5要件における「特段の事情」の存在を肯定した事例である。明細書作成にあたり実施形態のバリエーション等を充実させることは通常望ましいが、本事件のように、明細書の記載から容易に想到し得る代替構成であるにも関わらず特許クレームには含まれていない場合、当該代替構成への均等論の適用は事実上不可能となることに改めて留意しておくべきである。
また、有効成分の解釈について、本件特許の存続期間延長登録に関する判決(判決日:令和3年3月25日、令和2年(行ケ)第10063号)では本判決とは異なる判断がなされており、本事件の控訴審判決に注目したい。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)
平成30年(ワ)第38504号等「止痒剤」事件
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