IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和2年(行ケ)第10150号「エクオール含有抽出物及びその製造方法、エクオール抽出方法、並びにエクオールを含む食品」事件
名称:「エクオール含有抽出物及びその製造方法、エクオール抽出方法、並びにエクオールを含む食品」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10150号 判決日:令和3年12月16日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、特許法29条2項、特許法施行規則24条の2
キーワード:新規性、進歩性、委任省令要件、再現実験
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/780/090780_hanrei.pdf
[概要]
公知文献に具体的に開示されていない実験条件の違いによって再現実験の結果が異なることから、本件訂正発明は公知文献に開示されているとはいえない等として新規性及び進歩性等を肯定する審決を維持した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第6275313号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2019-800098号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が当該訂正を認めた上で、請求項1に係る発明について無効審判の請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明]
【請求項1】
ダイゼイン配糖体、ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること、及び、
前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む、オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって、
前記発酵処理により、前記発酵物の乾燥重量1g当たり、8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し、及び、
前記発酵物が食品素材として用いられるものである、
前記製造方法。
[取消事由]
1.取消事由2(甲1に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
2.取消事由3(甲6に基づく進歩性違反についての判断の誤り)
3.取消事由4(甲9に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
4.取消事由5(分割要件違反及び甲12に基づく進歩性違反についての判断の誤り)
5.取消事由6(委任省令要件違反についての判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由2(甲1に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
・・・(略)・・・
(2) 本件訂正発明と甲1発明の対比
前記第2の2(2)の本件訂正発明と前記(1)イの甲1発明を比較すると、本件訂正発明と甲1発明は、「ダイゼイン配糖体、ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む、エクオールを含有する発酵物の製造方法。」である点で一致し、次の点で相違すると認められる。・・・(略)・・・
(相違点A1)・・・(略)・・・甲1発明では微生物が「ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)」であることが特定されているものの、「オルニチン産生能力を有する」ことは特定されていない点
(相違点A2)・・・(略)・・・甲1発明では、発酵原料が豆乳、ダイゼイン含有基礎培地などであることが特定されているものの、ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点
(相違点A3)本件訂正発明では、オルニチンを含有する発酵物が生成することが特定されているのに対して、甲1発明ではこの点が特定されていない点
(相違点A4)本件訂正発明では、発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg以上のエクオール及び8mg以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して、甲1発明ではこの点が特定されていない点
(相違点A5)本件訂正発明は、製造される発酵物が粉末状であり、食品素材として用いられるものであることが特定されているのに対して、甲1発明ではこの点が特定されていない点
(3) 相違点A4について
・・・(略)・・・
ア 新規性について
・・・(略)・・・
しかしながら、甲1には発酵処理によりオルニチンが生成されることは記載されておらず、実施例1により生成されるオルニチンの量の記載はない。また、実施例1では豆乳100gが用いられているところ、・・・(略)・・・仮に豆乳に含まれるアルギニンがすべてオルニチンに変換されたとしても、豆乳1ml当たり0.1mgにも満たない量・・・(略)・・・のオルニチンが生成されるのみであるから、上記甲1の記載の通り、豆乳の大豆固形分含量が10%であることや発酵後に乾燥して粉末にすることを考慮しても、実施例1において、乾燥重量1gあたり8mg以上のオルニチンが生成されていると認めることはできない。』
『イ 進歩性について
そして、甲1のその余の記載を検討しても、ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036)を用いて、ダイゼイン配糖体、ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳、ダイゼイン含有基礎培地など)を発酵処理することにより、乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンを生成することを示唆する記載はない。
そもそも甲1には「オルニチン」に関する記載が全く存在しないから、甲1発明においてオルニチンの生成量を一定以上とするために、発酵原料の組成や培養条件等を設定しようとする動機付けがあったということもできない。』
『ウ 原告の主張について
(ア) 原告は、甲1の試験例1において産生されるオルニチンの量について、発酵物の乾燥重量1g当たり11.4mgと計算される旨主張する。
原告の主張は、本件明細書の【表3】においてアルギニンからオルニチンへと100%(変換率約159%)を優に超える変換がなされていることを前提とするものであるところ、本件明細書の【表3】は、粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに、ラクトコッカス20-92株(FERM BP-10036 号)を植菌し、嫌気条件下で、37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った結果を示したものであるのに対し(本件明細書の段落【0225】)、甲1の試験例では、ラクトコッカス20-92株(107-109/g)をBHIブロス(増殖用液体培地(基礎培地))5mL中で嫌気的条件下、37℃で24時間培養した後、基礎培地で希釈し、ダイゼイン含有基礎培地(BHIブロスにダイゼインを10μg/mLとなる量で添加したもの)、牛乳および豆乳の各5mLと混合して培養しており、発酵原料及び発酵条件が異なる。そして、発酵原料や培地中の固形成分の含有量により発酵物の乾燥重量が大きく変化し得るので、発酵原料が変わると乾燥重量1g当たりのオルニチンの量も変化するから、発酵原料として大豆胚軸溶液を用いた場合と豆乳を用いた場合で発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンの産生量は大きく変化し得る。また培養条件が異なるとアルギニンからオルニチンへの変換率も異なり得る。
そうすると、甲1の試験例におけるオルニチンの産生量を推定するに当たって、本件明細書の【表3】を前提とすることが相当であるということはできない。
(イ) また、原告は、甲1の図3(1)の再現実験(甲18の1)において、「ダイゼイン10mg/L」の場合、オルニチン産生量は、発酵物の乾燥重量1g当たり13.7mgであったから、甲1発明のオルニチン生産量は発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上である旨主張する。しかし、被告が行った再現実験(甲19)では、オルニチンの産生量は発酵物の乾燥重量1g当たり8mg未満であり、これについては、両実験における培養前の培地中のアルギニンとオルニチンの量が相違することによる影響も考えられ、これらの実験について、どちらか一方のみに信用性を疑わせる事情があるものではないところ、甲1の試験例では培地とするBHIブロスの組成が特定されていない以上、甲1発明においては、発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンが産生されるとは限らないというほかない。
そうすると、甲1発明は「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンを産生するもの」であるということはできない。』
『(エ)原告は、早晩公衆に利用可能となる物・方法については、実施する際の意図に違いがあったとしても、独占権を認めてまで創作のインセンティブを与える必要はないから、本件訂正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられる必要はなく、物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することが動機付けられれば十分であると主張する。
そこで検討するに、主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には、①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、②適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断するのが相当であるところ(知的財産高等裁判所平成30年4月13日判決〔平成28年(行ケ)第10182号・第10184号事件〕参照)、これは、引用発明に周知技術を適用して本願発明を容易に発明することができたかどうかを判断する場合にも妥当する。そして、進歩性の有無は、基準日時点での容易想到性により判断すべきであって、動機付けの有無を検討するに当たり、早晩公衆に利用可能となるか否かというような不確実かつ技術的内容には関係のない事情をもって、特許権を付与して保護を与えるか否かの判断に影響を与えるべきとはいえない。
また、仮に原告の主張を前提としても、本件においては、甲1にはそもそもオルニチンについての記載や示唆もないから、物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することの動機付けもないと言わざるを得ず、相違点A4について当業者が容易に想到できないとの判断を左右しない。』
『6 取消事由6(委任省令要件違反についての判断の誤り)
(1)委任省令要件について
特許法36条4項1号の委任する特許法施行規則24条の2は、発明の詳細な説明の記載について、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない」と規定するところ、原告は、本件明細書からはオルニチンを用いた本件訂正発明が、どのような課題をどのように解決したか明らかでないこと、「発酵物の乾燥重量1g当たり」「8mg以上のオルチニン」という数値限定に対応する課題も効果も、本件明細書に記載がなく、当業者において本件訂正発明の課題やその解決手段を認識することはできないから、上記委任省令要件違反である旨主張する。
(2)本件明細書の記載について
・・・(略)・・・
これらからすると、当業者は、本件訂正発明の技術上の意義は、ラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより、エクオールのみならず、オルニチンをも生成させ得ることを明らかにし、エクオール及びオルニチンを含有する発酵物(オルニチンの含有量は乾燥重量1g当たり8mg以上)の製造方法を提供したことにあること及び発酵処理によりこれを解決することが理解できるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載には、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているということができる。
(3)原告の主張について
原告は、本件明細書の【発明が解決しようとする課題】段落【0010】においてオルニチンに係る記載がないことを指摘するが、上記のとおり、特許法施行規則24条の2は、「発明の詳細な説明の記載」に係る規定であるから、本件明細書全体の記載から理解できれば足り、必ずしも、発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が「発明が解決しようとする課題」の項目に記載されている必要はない。』
[コメント]
主引用文献として挙げられている甲1、6、9にはオルニチンに関する直接的な記載がない。原告は、甲1に記載の試験例1の再現実験の結果や周知技術から、各主引用文献に記載されている製造方法によればオルニチンに関する直接的な記載がなくとも実際にはオルニチンが生成されるため、本件訂正発明は新規性がないこと等を主張した。
原告が行った再現実験の結果と、甲1に記載されていない実験条件が原告の再現実験と異なる被告による再現実験の結果が異なることから、裁判所は、必ずしもオルニチンが生成されるとは限らないとして原告の主張を退けた。
特許文献に開示されている実験条件はその特許文献に係る発明の効果を説明するためのものであり、その目的との関係性が低い実験条件の記載は省略されがちである。再現実験によって引用発明を認定することの難しさが分かる事例である。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)
令和2年(行ケ)第10150号「エクオール含有抽出物及びその製造方法、エクオール抽出方法、並びにエクオールを含む食品」事件
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